二歩の留め 転職代行、使えば良かった。
肩の肉を食い込ませる鉤爪の持ち主と共に、線をなぞる指の腹が何かを呼び起こしながら恋の告白と信じてやまない綴りを追う。
拝啓、どうちゃら、こうちゃらと存じます。
この度は、えーっと――うん、読めねぇ!
齢五にして義務の基本である学園を卒業という名の途中退部で、親面が十八番の神が生んだ失敗作、そのヒトにより剣の鍛錬にのみ一点集中の英才教育を余儀なくした私にとって、文字の音読の一切に就つきましては多少の欠落が見られることは自明の理である故、
「ある程度わかってりゃ十、ぶん?」
お隣さんに同意を求めたところ、可動域が安定の深淵に有ります首の曲げを頂き、到底及ばぬ一筆の技量に瞳を再び驚かせていく。
ふむふむ。
何処ぞの片田舎から物資不足の催促だな。
にしちゃ随分と落ち着きがあるというか、非常に大人っぽく、王都の隠し持つ中抜きの蓄えを見事に突き止める慧眼を持ち合わせている。飼い主に似るとはこの事だったのか。
「お前にはまだ――立派な親がいるんだな。羨ましいよ」
「?」
疑問符から手紙への回帰を遂げ、
星歴66年2月3日
幼馴染より
目にした。
は?
んで。
わざわざ書くんだよ。
あっ。
海の馬が駆け抜けた、そんな瞬間だった。
そしてまた、不意に天を仰ぐ。
あの星空は、この光は君と見ていたのか。
追伸、道中の案内は彼女ことアレスに一切をお申し付け下さいますようお願い致します。
「メス、だったとはこりゃ失敬」
……。
働き手の遠ざかる三銃士を揃えた先代様様で、南全域に多大なる影響をお与えになり、不滅の腹一杯な酒と女と賭け事が許された。
でもねぇ、今更だけど、こっちからすれば、一丁前に、自由ってのを求めたいだけだよ。
ただ朝日に感謝をして、月夜と星空を存分に眺めたり、いつまでも不調に悩まれずに、そんで、色々やって、だから。ぁぁ。おれは。
気付けば、慣れ親しんだお気に入りの場所で一粒の血を含んだつぶさな雫が弾け散る。
「最近さ、寝る時だって一瞬でさ、気絶するみたいに朝が来てよ、夢も見れないんだぜ」
そんせいで過去の記憶が曖昧になっちまってあの子の背中が。すぐ側に振り返って――手ェ差し伸べてくれた。から、掴み取った。
のに、また…………剣を握りしめていた。
「だ、大。丈夫か」
「ゑ?」
突如、背後からの猫撫で声。その確認に一挙動を使えば、メリスが影から覗いていた。
「ぁぁ、居たんだなアレン」
「今! 偶然、通りかかってな」
「そっか」
「うん」
「……」
「……。先日の儀式で疲れただろ? 少し休んだらどうだ? まだ成ったばかりだしさ」
「ただ勇者の紋章を肩と胸に載せただけだ」
「いや、この国の未来を双肩に担ってるんだ。無理に大人ぶらなくても、俺にぐらい本音」
「俺は星を揺るがす四代目とは違って凡庸だからな。この世界遺産のレギュミア宮殿跡地でさえ移民政策が波及して廃墟になる有様」
過去何年の歴史を誇るもあっさり過去だ。
嫌な流れを、嫌いな間で流し、
「よく俺だって、わかったな」
逃げた。
「そりゃ代々使い古す宝具の槍老若男女に愛されるヒーローのオーラ背負って、刺々しいのに澄んだ川のせせらぎみたいな色の短髪」
すうぅ、噛まずに言えたが息継ぎを挟み、
「してる癖に
「お前だって心身共に一から全てを磨き上げ、最強の神を宿らせた剣一つを携えてる上に」
「『悪役能面の鮮血みたいに真っ赤な総髪で、保身重視の全身機械仕掛けの鎧で役立たず』」
「……」
「フッ、だろ?」
「おまえっ。もっ、しれないな」
「覚えてるか?」
徐に窓枠へ歩み寄り、不均衡な肩を並べて
「あぁ、見飽きたくらいだ」波長を揃えた。
一人の召使いが英雄に苦しめられる物語。
全知全能の神とまで謳われた神童であったがただ独り、なんかをきっかけに自身への救済を皮切りに間近に背中を見ていた存在に苦しめられていた召使いが漸く限界を超え、幸せになろうとする青年を手に掛けてしまう。
こんなあらすじだった気がす、る。
「劇がさ、影を巧く使った表現で演者の踊る姿がまるで操られてるみたいに見えたんだ」
「――あの人は今頃どうしてるんだろうな」
「きっと、どっかで野垂れ死んでんよ」
「どうかな。結構綺麗だったし、案外、所帯を持って落ち着いてる時期かも知れないぞ」
「だっっって。まだ生きてんじゃん。魔王」
「当然だ。四代目の魔王降臨は先日のこと。下手な討伐は必要以上の被害を出すだけだ」
「俺らフルメタルとセミゴールドの装備の一部を分け与えりゃ少しは豊かになるのかね」
「この世にどれだけ人がいると思ってるんだ。四代目の業はあれど、どちらにせよ、庶民は貧困から抜け出せない。叶わぬ夢物語だ」
「そんなにいんなら変わってほしいもんだね」
「……」
次第に、傍らから空気が張り詰めていく。
「俺も昔はこんなんじゃなかったんだけどな。なぁ、メリス」
「なんだクライン」
「っもう頃合いだと思うんだ」
「何故?」
「少し前にあっただろ。北と東の
「その責任はお前にあるだろ」
「そうそうそうやって下からも大層上からも板挟み。中間管理職って、
「その職に在りつけるだけ、有り難く思え」
「はいはい、負け犬負け犬。ワンワンワン! 聞き飽きたよその言葉。あーあ。どっかで流行ってる退職代行、使えば良かった」
「なんだと?」
「だから、俺はァ! 勇者辞めます。っつってんだよ」
この俺がしてやったのに彼女は翼を畳む。
「……その鳥は、アーススレイクだな?」
「だったらどうするよ?」
次の瞬間――焼けた肩には焦げた丸鳥が。
「参ったな。俺、殺しを手段の道具にしたくないんだけど。それにさ、生まれた時からこの身体のせいで人攫いに貴族に王族に、最終的には神に捕まったんだ。ま、巡り巡って運命共同体とも呼べる存在と出会えた訳だが」
徐に後ずさりつつ、空を切って刃を払う。
「物騒だけど頼りになる。そこら辺の人間の何倍も」
「皮肉だな、最期の言葉が同調の念だとは」
「まだ、わからないさ。やってみるまでは」
肉体魔力幽閉でフィジカル突飛の剣術と、
同様に妖精に力を借りた万能の攻守共に極。
内心、どっちが勝ってもおかしくないな。
思考回路が理解に到達すると同時、瞬時に死に物狂いで奴の懐へ立ち幅跳びを披露し、スタイルからかけ離れた独壇場へ持ち込む。
背を預けていた過去に引っ張られ、一歩引く甘さに準じて刃無き部分を地に突き立て、
綺麗な半回転に驚く暇もねぇずば抜けたリカバリーセンスをすかさず、見せつけてくる。
魔法攻撃に乗じた穿たんとする矛を流麗に籠手で受け流し、宙舞う破片を裏拳で弾く。
目を暗ませるのに成功。次の一手で手を抜かず、鎧の本領を発揮し、壁際に吹っ飛ばす。
剛腕で頸動脈を実質、がんじがらめにし、偶然、血走った怖ーいおめめと見つめ合う。
言葉無き
清らかな心から
だが、何だろうか。
思い通りに体が動かない。おかしいなぁ。
「言いつけ通りに、服用していたんだな」
「せこいぞ、それ」
「勝者こそ正義だ」
「だからいつまでも二番手止まりなんだよ」
いきなり、お顔が真っ赤に膨れ上がった。
どうやら図星だったみたい。
「――どうして血の色は皆、同じなのに……争い続けるんだろうな」
「目の前で偉そうに息をし、勝手に動いてるからだ」
「だよな」
最後のぶつかり合いは刃に込められ、互いの斬撃が眩く、囂々たる金属音が鳴り響く。
揺らぐ。
有利だった、形勢が。
「臆したか!」
「良かったな、俺が臆病者で」
でなきりゃ終わってるよ、この星も。
「だぁ、まっれェッッ‼︎」
衝撃が、また定位置に逆戻りさせ、再び。
良く聞く、矛盾勝負に発展してしまった。
あれの真相。
要は使い手と武器の強度によって決まる。やるまでも……勝負は。「付いていないっ‼︎」
「なぁ、そこまで頑張って何の意味がある」
「世界を」に、無理に被せ、「俺たちなんて世界のほんの小さな歯車に過ぎないんだよ」
そして、生じる。
間。
「でも、やらないといけないだろ」
珍しく、メリスの本音が見えた気がした。
「お前とも、もっと早くぶつかりたかったよ」
「あぁ」
その行方は言うまでもなく、歴戦の差。
未だ勢いの死なぬ意志の流れを感じ取り、本当の最後に拳を振り翳す。つもり、だった。
こっちも勢い余って鼻先思いっきり掠めちゃったけど、ちゃんとカッコよく寸止めを。
「なんで……」
「」
しょうがないだろ。
こっちの道の方が楽なんだから。
「俺は、もう。ね」
「なんだ」
「死ぬために生きるんじゃなくて生きる為に死にたいんだ」
「ハッ……馬鹿は休み休み言え、必ず貴様を投獄し、叛逆者として処刑台に送ってやる」
「鬼ごっこはお断り、後はお前に任せるよ」
「勇者に代わりはない。死ぬまで世界の奴隷として生き続けるか、魔王城で死ぬのみだ」
「それ以外にも、きっと道はある」
「……」
「じゃあな」
そして、やっと……第一歩を踏み出せた。
やっぱ、一緒にいると疲れる奴とはおさらばして正解だ。が、まだ邪魔なのが視界に。
いや、まだだ。
雨にも槍にも闇にも負けぬ月明かりの旗。
毎日毎日、好きでもないのに着せられてたっけなぁ。上から目線で風に靡きやがって。
燦々たる斬撃を振るい、燃やしてやった。
うん、火っていつ見ても落ち着くなぁ〜。
身体が熱いよ。あつい。あつい? 何で?
背筋の凍る原因を突き止めんとした矢先、指先からポタポタと緋色の液体が滴り落ちる。
開放感に身を任せたまま闇雲に突き進んだ道すがら、知らず知らずのうちに現場へと。
……。
「ハァ、これが最後だ」
血はいずれ、固まる。
から、ちゃんと堂々と街並みにお別れを告げ、厳かで仰々しく高密度の魔力が満ち満ちた門前で火の揺らす御苦労な兵士の側へ行く。
「どうだ」
「っ。ハッ、異常ありません!」
「そう、お疲れ様。あっ、丁度、良かった」
「何か?」
無機物までうるさいコキ使われる青年に、俺では手に余るピッタリな代物を贈呈した。
「これは」
「プレゼント」
「いぇ、頂けません」
建前に本音が淀む。
「どうせ捨てるんだから、貰ってよ」
「ですが」
「じゃ、頑張りな」
上からの無理な頼みに要らぬ戸惑いをする中で俺は最後の難関を突破させてもらった。
でも、まだ手は震えていた。
鳥籠から出たってのになんだこの気持ちは。
あ。
「そういや、これ。持ってきちゃった」
血生臭さとケモノ臭で噎せ返りそうな屍。
あれ程までに人々を魅了させた御尊顔は、遥か彼方に吹き飛び、足首を掴まれ、逆さにされた姿は食用鳥と然程、変わらなかった。
目も死んでるし、なるだけ遠ざけたままに。
明日にでも供養してやるか。
今はただ、この感動を味わいたい。
けど、さっきから俺のとは別の居座る刃から伝っていく、それに心が迷いを生んでいた。
色々役に立つからなどという言い訳が、果たして今の俺に通用するのだろうか。でも、剣のない俺に明日の陽は拝めるのだろうか。
その疑問は、降り注ぐ存在が掻き消した。
「っ」
影の落ちた世界に光が差す。
まっさらな人生に希望を見せて。
「……」
また、前に進ませてくれる。
「空、高いなぁ」
太陽に感謝しよう。
「ぁぁ」
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