勇者辞めます

緑川

第一歩 俺がいなくても世界は回る

 ぁぁ、あ。


「あ」


 彩りの死んだ真っ暗な周辺には5代目勇者60年余りまでの僅かな歴史の間に幾千万と続く戦で傷痕を残した鎖に繋がれる人と思えぬ野郎共が重労働を強いられる中、裏では女が雌にさせ、


 目先の利己を最優先に、大自然を呑み殺す、出荷寸前の非常に肥えた数匹の豚が不似合いな豪華絢爛を身に纏い、せせら笑っていた。


 おまけに


 星破壊をが余裕で通過させる宗教が悪魔と肩組んで破顔で承認し、望まねぇ形で継がぬ背を見て育っちまった者を前に、英雄という絶対的な象徴を振り翳して――。


「おれが、決めたんだよな.....」


 こんっな世界、終わってくんねぇかなぁ。


 視界侵入常習犯の骨と皮ばかりの汚れた身とは対照的な高みの見物権占有連中は無病息災も享受してんのに見てるだけって、もう。


 今度の13年は、誰も救われねぇ。


 だからこその昨今話題沸騰中、唯一の希望‼︎


 異世界移住の最大の壁のキーパーソン。聖職代表の魔術師様方は何処におるのやらぁ。いつまで経っても救世主が現れる気配はなく、


「さっさと動け!」


 現在進行形で執り行われる設計図紛失無計画の不安定に未完成な骨組みを日傘にする勇気だけは一人前の髄の群れが、中途半端な作業の合間、合間に愚痴を零しているようで、


「聞いたか」


「あぁ、敵国対策でお偉様が出払ってると」


「なんでも神気取りの奴を礎ぇ」


 偶然か、目が合った。


 痛々しい体罰恐れか見習いたい逃げ足を披露し、居ても意味ない作業に舞い戻るも、俺の頭の中心には朧げな疑念が浮かんでいた。


 日程調整、空き。あったよな。


 しかも、そこから先が無い。


 単なる杞憂だよな、きっと。


 端っこで物思いに耽てりゃ、遂に承知の上だった嵐の前の静けさが現場を包み込んだ。


 骨の叫び。それはもう轟音の中の轟音で、低予算の城は自然の一吹きで攻め落とされ、物理的に因果応報の名の下に降り掛かった。


 顔だけがはっきり見える俺の全身鎧でも、極めて危うい鉄骨雨。況してや無防備でもろにとなれば、絶対的な死は免れないだろう。


 それと同義語。


 使が背中を押し、瞬く間に眼前へと。


 同じ皮膚の色をした家族同然の憐れで消え入りそうな命に手を差し伸べんとした、が。


 勢い余って、効果がまだ発動していない。


 今、こんな重いのを掬って足でも挫けば、きっと二次被害で余計な犠牲が出るだろう。


 そもそも外套マントを背負ってないし、大体誰だよコイツ。つーか別に俺、望んでねぇもん。


 仕事なんか。


 革命の火を全てに燃え移らせなかったから

お前らは4代目の余波で立場変わってんだよ。


 尽き果てた数少ない原住民なんてもう、他が大半を占めてんだ。南大国の悪政策でな。


 庶民の味方が出来ることなんて、精々、悪者退治。それも安っぽい名誉勲章、恩典を下さる人間の面被った下衆に縋るような奴に。


「あの、これ違います」


「え?」

間違えてあれを出してたみたいだ。おかげで大して歳の変わらぬ綺麗な酒場のギルド嬢に面倒客を引き当てたと嫌な顔されちゃった。


「すみません」


「いえ、お預かりします」


 兄弟国と呼ばれし四大間で成し得る金儲けの礎となったクソ親父の身分証を握りしめ、

錆びた栄光を柔な掌越しに受け取り、走る。


 脳内に、何かが。


「あのっ、どうされました?」


「いや、なんでも」


 ない訳が無い。


 そう、旬野菜と肉の出汁が出た油を含む、湯気が器一杯立つのに味のしないスープから怪訝な形相の伝染した顔面が反射していた。


 背景に漂う、他愛もない会話を酒の肴に、心の何処かで自信の存在を当て嵌め、飲む。


 毎晩、飽きもせずに入り浸っては、敗北の先駆者が運んできた樽に腕ごと突っ込み、ずぶ濡れの器を搔っ食らっても酔えやしねぇ。


 緑色の小さな風呂キャンセル界隈のせいかな。


 それでも名残惜しい空虚な時間を、訴えを諦め始めた臓器を、今を、呑み干していく。


 只管に。


 希望観測者集のつまんねぇお喋りを肴に。


「4代目のせいで平和になっちまったからな」


「今じゃ、世界中でダンジョン開拓に伴う、ギルドや冒険者の正式な仕事としての認定」


「誠にめでたい!」


「では亡き先代に酒を捧げっ、カンパーイ‼︎」


「「アーバッハっ、ハハハッハッハッハ」」


「ちょっとあんまり酔い過ぎないでよ、運ぶの面倒なんだから」


 南は魔物関係でダンジョン流通が一番早く一見、栄えているが、同時に流れ者による治安悪化やら他宗教混在が暴力へしんこうか。


 彼等もまた、首飾りからも窺える神に祈る立場でありながら、殺しを正当化している。


「いいじゃんよぉ! 平和を味おうぜェ!」


「でもさ、神様の虹龍にだって裏で世界各国が牽引してちょっかい掛けてるって噂もあるのよ。もう四回もやったって云うじゃない」


「そりゃ一部だろ」


「いえ、四代目以降は四大国の意向により、討伐には漏れなく強制参加を命じる。次からは漏れなく討伐には強制参加との報告が。我々も気を付けなければ」


「僧侶博士は洒落が上手い!」


 四人パーティか。間柄自体は深そうだが、まだ経験自体はかなり浅いみたいだ。


 うん。


 二つの身分証をテーブルの下で、指で金属音を奏で重ね合わせ、心の中でそう唱えた。


「そんなつもりでは」


「いいの、いいの! あひっくぅっ、アッハッハっ!」


「そうそう、世界なんていずれ滅ぶんだしさ、今を楽しく生きようぜ! かんっぱぁいー!」


 出るか。


 酒の飲み過ぎかな、身体がふわっとする。


 騒々しさから一変。


 静寂に覆われた夜道、自国の民草がほぼほぼ納めた血税で人工的に照らされた光の下、誇らしげに賜る余所者らしいうっすい影で、余計な悪影響が一挙に襲ってきやがった。


 それは全部、俺がッ。いやっ、みんなか。もうどうでもいい。この非国民の分際でっ!


 ……。


 一住人としても非常に不愉快極まりない。でもこの身は一個人の立場に在らず。――か。


 ぁぁ、本当に。もう。ないてるよ、脳みそが。


 皺寄せを面喰らちまって、胃もたれした。


 空っぽな入れ物に不協和音が反発するばかりで心までもがぶっ壊される前に鎮ませまいと安全面自分の身を最大限に考慮した裏拳を繰り出す。


 今のうちに。


 残雪に見かける靴の殴り痕も然る事乍ら、知名度が低い矢印みてぇな籠手は例の衝撃以上の渾身の一打をあっという間に元通りに。


 反面、恩恵より授かる先代の風評被害で死ぬまで自分がモブだと気付かないちびっ子に悪くない酒豪の巨像をぶち壊されちまった。


 ちょっと待ってくれ、どんな顔して見りゃいいんだよ。ハハ、ハッハッハッハッハ! ウォォォイ‼︎ ァァ⁉︎ フッ、ハハハ。はぁ。


 これから未来を担ってく架け橋にしては礎の自己犠牲が足らんので現在進行形の私がぶち抜かせてもらうつもり。だったのですが、


 すり切りいっぱいに抑圧された感情をかろうじて割れ目で中の見えねぇ瓶に詰め、親の顔より見た大空へ、眉根の寄る目を向けた。


 危うく星がまた一つ、増えるところだった。


 大切な誓いを交わした場所だ。絶対志半ばで無様にくたばるガキ如きで穢したくない。


 ――。


 そんな細やかな意志に唾を吐くかのように昔は馬鹿みたいに売れてた我々勇者を崇め奉る、聖書と女神の首飾りを踏み躙る笑った時に必ず涎で糸引く良い歳した大人の闊歩も。


 立派のりの字もないな、こりゃあ。


 乱酒の後はやっぱり生首の串焼きだよな。

あぁ、そうだ。この天に立てた剣との決意。


 悪辣非道を極めし獣を排除し、刃を血に。


 ぁぁぁ! ぁ、あら? あれれ? えー?

なんの、約束だっけか。思いだらぁせない。


 誰か、確か誰かと。酸素も取り込めねぇ。


 今はもう此処にいない、ずっと側に居た、


 バサッ。


 そんな息も吸えぬ重苦しき沈黙を、空さえ羽撃きで切り裂く、一羽の鳥が舞い降りた。


 吉兆と名高い、アーススレイクだ。


 瑠璃色の眼光はいつ見ても惚れ惚れする。


 帰巣本能の申し子、渡り鳥で知られる猛禽類。猛々しい両の眼に横並びする真っ白な羽、加えて魔物でさえ貪り喰らう鋭い嘴に、逆さで木にぶら下がれる頑強な爪と足、足。


 足に、文が括り付けられていた。


 初対面の力強い接触に抵抗の意志を見せず、堂々と仁王立ちを決め込みの片隅、俺は内出血必至な結び目を解き、目当ての品を手に。


 そして表紙の宛名には、こう記されていた。


 オルス・クライスター・クライン。


 5代目様へ。


 と。


 思わず、一番輝く欠けた月を見た。


「俺がいなくても世界は回る」


 よな。

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