第36話 巡礼公務

「巡礼の規模を広げるだぁ?」

「あぁ、《神職教会》からの通達が来た。聖女さまの威光を示すには、王都のみで公務を行うのは不都合だと」


 リースから唐突に伝えられた出来事。

 聖女の行う三つの公務──《顔見せ》《治療行脚》《神儀》の巡礼の規模を広げ、王国の街や村を回るらしい。


「襲われたばっかだぞ!? わざわざ王都の外で公務なんて襲ってくださいって言ってるようなもんだろうが!」

「私も抗議したに決まっているだろう!! だがあのクソ野郎ども……【聖女】の取り扱いは《神職教会》に一任されている、と──おのれ取り扱いだとぉ……!? ルナ様をまるで物のように言いやがって!! 許せん!!」


 今すぐ叩き斬ってやる!! と言わんばかりに青髪を振り乱すリースに、却って俺は冷静になった。自分より焦ってるヤツがいるとスンッ、ってなるアレな。


 ……にしても《神職教会》か。


 聖女信仰を絶対とした国内最大規模の宗教団体。そもそも国教だしな……。


 【聖女】を絶対視し、【聖女】らしい振る舞いをルナに強制させることに関しては俺も思うところがあるけど。


「で、俺にそれを伝えたってことは、俺が直近で護衛するってことで良いのか? 多分お前やメイも一緒だろ?」


 すると途端に苦虫を噛み潰したような表情をした。


「……【黒騎士】は国防の要。私は帝国の奴らへの尋問が未だ終わる兆しが見えない……よって、ルナ様の護衛は【聖騎士】である貴様と《神職教会》の人員を派遣し、少人数で行うらしい」

「メイがいない……だと……」

「おい貴様私を無視しただろ」


 俺はショックでリースの言葉が何も聞こえていなかった。嘘だろ……メイが不在なんて……。

 実力的な面でも心配だし、折角俺が編み出した視姦戦闘法チャージテクニックが早速使用不可になることへの危惧。……あとは俺が単純にメイの揺れるっぱいを見たいという想いが!!!


「ってか少人数ってどうなん?」


 ただでさえ王都の外だと言うのに少人数はヤバくね? と疑問を呈する俺に、リースは小馬鹿にしたように笑う。


「はっ、《神職教会》とて馬鹿ではない。聖女さまが通ります、と言わんばかりに大仰な行進はしない。よって、今回の公務は秘密裏に行われる。事前に向かう街や村の責任者に聖女さまが来ることを通達し、ひっそりと《顔見せ》と《治療行脚》を行うわけだ」

「はぁ~ん。要は権力者のみの限定公務ってわけか」

「……その通りだ」


 再びリースは苦々しい顔をした。

 俺を馬鹿にするように話していたが、ちゃんと思うところはあったらしい。……まあ、市民の一部から不満が出るのもこういう権力者への贔屓が原因なわけだしな。


 ……というか権力者のみに固定すんならお前らが王都に来いよ……。


 不満が顔に出てしまうのも仕方ない。しかし、リースは珍しく優しげな表情で言った。


「ルナ様や貴様がいない間、私は私で帝国の内通者が王城にいないか探る役目がある。《神職教会》もそのためにルナ様を一時的に王城から遠ざける必要があると考えているようだ」

「なるほどな……それなら確かに危険な橋だが渡る必要性はあるか」


 とりあえず俺は納得した。

 今やる必要あんの? と言われたら首を傾げざるを得ないが、《神職教会》も考え無しじゃないことが分かれば一旦十分だ。


「で、公務はいつからなん?」


 準備しねぇとなぁ、と軽く問いかけると、リースは俺の肩をぽんっと叩いてニヤっと意地悪な笑みを浮かべて言った。


「明日だ」

「もっと早く言えよクソアマがぁぁあ!!!」


◇◆◇


「よっす」

「おはよう、アルス」


 ふにゃりと微笑む銀髪の美少女。

 聖女さまことルナは、相も変わらず美しいご尊顔で手を振って俺に挨拶を返した。

 

 ──ルナは目に見えて明るくなった。


 まあ、根本的な性格が控え目だから変化が著しいってわけでもないけど、信頼できる人の前では笑顔を見せてくれるようになった。


 要は俺とメイとリースの三人だな。

 俺の性癖は美女の笑顔なので、ルナの笑みは非常にちんちんに悪い。しかしながら笑ったら勃起する男なんて不名誉な称号を貰うわけにはいかないため、俺は必死に毎回我慢している。


「なぁルナ、聞いたか? 公務の話」

「うん……。ちょっと不安、だけど」


 影を落としたような表情で不安を露わにするルナ。

 そりゃ襲われたばかりで遠出するなんて不安になるに決まってるよな。アルス、動きます。


「誰が相手だろうと俺が守ってやる……って言いたいところだけど無理だった時は魔力強化全開にして逃げろよ!!」

「……そこは言い切ってくれても良いのに」


 ぶすっ、と頬を膨らませるルナに俺は苦笑する。

 俺だってカッコよくバシッと決めたいんだけどな。護衛の仕事は不測の事態を予想するスキルも必要不可欠だ。


 理想はどんな敵からも守り抜くことだが、イレギュラーな事態によって敵の包囲網がルナの身に危険を及ぼすかもしれない。


「あの特訓は戦うためじゃない。逃走手段だ」

「闘争したいのに……」

「それ絶対逃げる方じゃねぇよな? ……すっかり肉体派聖女さまになりやがって……」


 猫耳特訓は──俺の性癖と性欲を非常に満たして──げふんげふん、ルナの実力を大きく上げた。

 だがしかし、護衛対象に戦わせちまう護衛なんて本来は打首もんだ。だからこそ具体的な戦闘方法については教えねぇ。


 だって、教えたらが頭ん中に過っちゃうからな。逃げるが勝ちよ。


「でも……わたしが強くなったらアルスたちの仕事が楽になる……」

「そう思ってくれるのは嬉しいんだけどな? 逆に全力で逃げてくれた方が、俺たち護衛側もルナが逃げたことを確認して撤退できるから選択肢が増えるんだよ」

「そっか……」


 ルナは確かに、と納得するように頷いた。

 彼女の偉いところは力を手に入れて増長しているわけではなく、単純にその力を人のために使おうとしていることだ。


 ルナと俺自身とムスコを守ることで精一杯の俺とは違って偉いよなぁ。

 ちなみに優先順位はルナ→ムスコ→俺です。当たり前だよなぁ!!


「にしても……《神職教会》って戦える人員がいるイメージがねぇんだけど、本当にメイとリースはいなくて大丈夫なんかね」


 俺はふとそう思って呟く。

 【黒騎士】が国防の要である、というのも納得ではあるが今までも王都の外で長期任務を果たすことも珍しくなかったはずだ。リースも同様に。


 【黒騎士】がいなくなって崩れるような王国なのだとしたら、数多いる騎士団員は全員辞職しなきゃいけなくなる。何のための騎士団だよ。

 だからこそ《神職教会》の言い分が引っかかるっつーかなァ……うーん、きな臭い。


 まあ、【聖女】を信仰している奴らがルナを傷つけるとは思わねぇし、心配するだけ無駄か。


「じゃあ、明日からよろしくな、ルナ」

「うん。よろしく」


 一先ず俺は納得して前を向くことにした。

 不確定要素をウダウダ悩んでたって仕方ねぇしな。まずは目の前のことから片付けていこう。

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