第六章 旅立ち

■1■ 二人旅

 あの戦争から二週間後。吸い込まれそうなくらい青々とした晴天の日。中央広場、泉の前。


「ヘレナ・ランカスターに、少しは近づけたかな……」


 ルシアはヘレナ像を見上げる。その像は、今でも町を見守り続けていた。


「ルシアさん……どうしても、行かれるのですか?」


 シャルロッテが心配そうな顔をして尋ねる。


「うん。リムネッタに、よろしく言っておいてね」


 ルシアは黒いフード付きマントを身につけ、旅支度をしていた。


「リムネッタ将軍、とても悲しまれると思います」

「そうだろうね……」


 あれから、リムネッタは昏睡状態が続いていた。実家に戻り、自室でずっと眠りについている。いつ目を覚ますのか、誰にも分からなかった。


「でも、私はこの国を……この国の人達を、守りたいから」


 ルシアは正面からシャルロッテを見つめ、きちんと気持ちを伝える。


 シュネー国の侵攻を撃退したとはいえ、シュネー国が脅威であることに依然変わりはなかった。かねてより提案されていた対シュネー国包囲網を完成させるため、諸国を巡る使節を送り出すことが決定した。そして、ルシアがその使節に志願した。旅には危険も多いが、ヘンリエッタの推薦もあり、正式に任命された。同時に、第一騎士団の所属からは外れることになった。


「ご両親への挨拶は、もう?」

「うん、済ませてあるよ。少し心配そうにしてたけど、頑張ってきなさいって」


 騎士団を辞めた後は家の手伝いに戻るという約束だったが、反故にする形になってしまった。しかし、ルシアがきちんと決意を伝えると、両親は快く送り出してくれた。


「私も騎士団の皆さんも、寂しく思います……」

「シャルロッテはもう騎士団長なんだから、みんなを引っ張っていってね。これから忙しくなるし、寂しがってる暇なんてないよ?」

「……そうですね。ありがとうございます」


 丁寧に頭を下げるシャルロッテ。


 シャルロッテ率いる第一騎士団は、西の前線を最後まで守り通した。援軍を送ったことにより西も全滅する危険性があったが、三倍近い数の敵を相手に勝利した。ルシアやリムネッタ同様、シャルロッテの名前も広く知れ渡るようになり、ルシアの後任として騎士団長になるのは自然な流れだった。


「シャルロッテなら、きっと大丈夫」


 あの時、戦場でシャルロッテがしてくれたように、ルシアはそっとシャルロッテの胸に手を置く。


「はい、ありがとうございます」


 シャルロッテは静かに目を閉じ、大切なものを抱き寄せるようにその手を包み込んだ。


「……私、頑張ります」


 強い意志を込めて言うシャルロッテ。もう心配は必要なさそうだった。


「ところでその子、本当に連れていかれるのですか?」


 話題を振られて、一人の少女がルシアの陰に隠れる。その女の子は橙色のマントを身につけ、目が隠れるくらいに深々とフードを被っていた。


「……」


 ルシアの陰から、シャルロッテをじっと見つめる少女。


「うん。身寄りもないし、すっかり懐かれちゃっててね」


 苦笑しながら頬を掻くルシア。少女は無表情のままルシアの服の裾をクイクイと引っ張る。


「……」

「なんだい、ライラ?」

「……」


 口を動かすが、言葉は出ない。


「うーん……ちょっと分からないな」


 ルシアは困ったように言い、ライラの頭に手を置く。


「その子、まだ声が出ないんですね……」

「うん。長くかかるかもしれないって」


 ライラの両親は命を落としてしまい、リーゼの行方は分かっていない。襲撃された時、両親やリーゼと一緒にいたと思われるライラだったが、あの日以降ずっと話すことができないので、詳しい状況は分かっていなかった。


 ライラ自身は血こそ多く出ていたものの、致命的な傷は免れており、二週間で普通の生活には困らないほどに回復した。しかし代わりに、ライラは言葉を発することが出来なくなった。喉に傷を負ったわけでもなく、声だけが出ない。医者に診てもらったが、原因は分からなかった。


「諸国を回るついでに、ライラをいろんな国の医者に診てもらおうと思う」

「治療法、見つかるといいですね……」

「うん、世界は広いからね。きっと見つかるよ」


 ルシアはライラの頭を軽く撫でる。ライラは無表情で、じっとされるがままにしていた。


「それじゃあ行こうか、ライラ」


 ライラはこくりとうなずく。


「ヘンリエッタさんにもよろしくね」

「はい……」


 シャルロッテは微笑むが、その表情は少し寂しそうだった。


「行ってきます」

「……行ってらっしゃい、ルシアさん」


 ルシアとライラは二人並んで歩いて行く。シャルロッテはルシアが見えなくなるまで、ずっとその場で手を振っていた。




 こうして、ルシアとライラの二人旅が始まる──

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