■5■ ブルーメの奇跡

「早く……もっと早く……」


 早馬に乗るルシアの気が急く。一秒でも早く、リムネッタののいる場所へ向かいたかった。時間にしてほんの数分の距離だが、ルシアにとっては長い長い時間に感じる。


「リムネッタ……」


 彼女が、彼女の騎士団の人たちが、無事であるように祈りながら急ぐ。


「もっと速く!」


 数時間にも思える時間が過ぎて、ようやく北面の戦線に辿り着いた時、そこに広がっていたのは凄惨な光景だった。数えきれないほどの騎士団の死体が無造作に放置されている。第二騎士団の面々は八面六臂の活躍を見せていたが、それでも奇襲された上に敵の数が多すぎて、形勢不利は覆せるものではなかった。


「リムネッタ!」


 ルシアはリムネッタを見つけると馬から降り、走ってリムネッタのもとへと駆けつける。隣には救護兵もいた。


「ルシア将軍!?」

「ルシア……ど、どうしてここに……?」


 リムネッタが苦しそうに声を出す。腹部からは血が滲み出ており、手当を受けていた。


「援軍に来たんだよ」

「そっか……本当に、助けに来てくれたんだ……」


 リムネッタが小さく微笑む。


「そっちは……大丈夫、だったの?」


 途切れ途切れになりながらも声を絞り出すリムネッタ。


「うん。今はシャルロッテが頑張ってくれてる。彼女なら大丈夫……私以上に才能がある子だからね」

「そっか……それならよかった。こっちは、騎士団もわたしも、もう、ダメかも……」


 痛みが増したのか、リムネッタは目尻に涙を浮かべ、苦しそうな表情になる。


「リムネッタ、そんなこと言っちゃダメだよ!」


 ルシアはリムネッタの手をぎゅっと両手で包み込む。


「大丈夫……大丈夫だから。リムネッタは、死なせない。弱気は、ダメだよ……」

「ルシア……」


 ルシアの頬を流れる涙をそっと掬う。


「そうだね……ルシアが約束を守ってくれたんだもん。わたしも、まだ諦めちゃダメだよね」

「リムネッタ……」


 リムネッタはルシアをぎゅっと抱き寄せる。


「ありがとう、ルシア……うん、もう大丈夫」


 そう言うと、リムネッタは立ち上がる。


「り、リムネッタ将軍!」


 介抱する少女の制止を振り切り、リムネッタは一歩踏み出す。


「みんな必死で頑張ってる……わたしだけこんなところで、休んでいられないよ」


 リムネッタは目尻の涙を服で拭い、大きく深呼吸して前を見据える。激痛で一瞬顔を歪めたが、ぐっとこらえた。


「ルシア……ここも、絶対に守ろう」

「……うん」


 ルシアはその時、リムネッタの本当の強さを垣間見た気がした。


「いくよ」

「うん、リムネッタ」


 二人は小さく頷き合うと、戦闘の最前線へと飛び込んでいった。


 ルシアとリムネッタ──二人で一緒になって、敵兵を次々と倒していく。片方が敵を斬る瞬間に出来る隙を、もう片方がカバーする。時には互いに背を預けながら周囲の敵を一掃していく。ルシアとリムネッタ、二人一緒ならどんなに絶望的な状況でも必ず切り抜けられる──二人の心がシンクロし、重なっていく。


 そうしている間に増援が到着し、戦闘がさらに激化する。劣勢だったブルーメ国が、徐々に劣勢を挽回していく。皆必死だった。家族や恋人、友人──それぞれの守りたい人のために、全力を尽くした。永遠とも思える長い長い時間が過ぎていく。


 何人倒したのかも分からない。あと何人倒せばいいのかも分からない。永遠の時間を繰り返しているように感じられた。


「まだ……」


 ルシアはまた一人斬り伏せる。休まずに剣を振るう。ルシアもリムネッタも、意識が朦朧としてくる。生きるているのか死んでいるのか、境界が曖昧になっていく。もしかしたら、既に死んでいるのかもしれない……そんな考えがルシアの頭に浮かぶ。


 ルシアとリムネッタの気持ちは一つだった。持てる力を全部使い果たすまで、二人はただひたすらに戦い続けた──




……





 燃え続ける町の音だけが辺りに響く。


「……」


 ルシアが地面に剣を突き立てる。その場に立っていたのは、ルシアとリムネッタ、他数人のブルーメ国兵士だけだった。


「終わっ……た……」


 ルシアは剣に寄りかかるが、体重を支えきれずに倒れていく。ルシアはバランスを崩し、剣と一緒になってその場に倒れた。


「……」


 リムネッタもまた、何も言わずにルシアの隣に倒れる。その服には、少しずつ赤い血が広がっていった。




 後にブルーメの奇跡と呼ばれるこの戦は、こうして幕を閉じたのだった。

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