七章『魔石』~第二話 いざ北へ~

 翌日。朝食を済ませた五人は町の入り口に集合し、北にある町へと向かう。


「目的地はニールって町だ。大きな町じゃないが、そこも寒い地域だ。昨日言ったように、そこで準備してから更に北へ向かう。その先の寒さは本当に過酷だから、今までの旅とはわけが違う。気を引き締めていこう」


 いつものようにカルスが先導し、歩く。今回は完全に徒歩だ。今までと違ってベスティを連れているので、平坦な道を選んで進む。いざとなればイスパが抱えて運ぶこともできるが、ニールの町までは急ぐ必要もない。五人となった一行は、今はゆるりと旅を楽しむ。


「ねえ。ベスティはさ、こんなふうに旅をしたことってあるの?」


 のどかな陽気の下、イスパの横を歩きながらキヒトが話を振った。


「いえ、ない……と思います。その記憶もなくて」


 カルスたちにも話したが、ベスティには記憶がほとんどない。冒険に出たことがあるかもしれないし、ないかもしれない。


「そっかあ。大変だね、記憶がないって。でも、これからは俺たちと思い出が作れるね」

「え、あ……はい?」


 イスパとは問題なく話せるが、カルスたちとはまだ慣れない様子のベスティ。異性でかなり年上というのが壁になっているようだ。


「キヒト、やめなさい。ベスティさんが怖がっているでしょう。すみません、不躾な男で」

「あ、いえ……そんなことは……」


 口では否定しつつも、まだ上手く接することができない。バーゼルから受けた扱いのせいで、男性に苦手意識がついているのかもしれない。


「今は無理をなさらず、少しずつ慣れてくださればいいですよ。イスパさんのご友人なら、我々にとっても友人ですから」

「はい。ありがとうございます、クロトさん」


 クロトに優しく言われ、ベスティが柔らかく笑う。共に旅をする仲間。それすらもベスティにとっては初めての存在。バーゼルのところにいては得られなかったもの。戸惑いはあるが、痛い思いをするよりずっといい。


「いやー、いいなあ。ずっと男三人の暑苦しい旅だったのに、あっという間に女の子が二人も。華やかでいいね」


 キヒトはすっかり上機嫌になっている。女好きというほどでもないキヒトだが、やはり女の子がいるというだけで男は気分が上がるものらしい。


「お前、ベスティにまで手を出すつもりか? さすがに止めるぞ」


 先頭を歩くカルスが、肩越しに苦い顔を見せる。


「そんなわけないでしょ。それに、にまでってなんだよ。誰も手出してないよ」


 キヒトが不満げに反論する。確かに、女に手を出してはいない。

 盗賊だと名乗っている三人だが、あまり悪徳なことはしていない。買い物のための金をどう得ているのかイスパは知らないが、三人の暴力的な場面に出くわすこともない。キヒトに関してはそこまで悪いことができる人間に見えない。


「ベスティ、何か困ったことがあれば言うんだぞ。俺からきつく叱っておくからな」

「あ、そうやっていい人ぶろうとして。汚いなあ兄さんは」

「え、えっと……」


 男同士の言い合いに困惑するベスティ。まだまだこの輪には慣れそうにない。


「イスパは、カルスさんたちとどうやって知り合ったの……?」

「盗賊退治の依頼を受けた」

「え?」


 きっかけは盗賊退治。カルスたちは盗賊だから、倒してほしいと言われた。そこから色々あって今は一緒に旅をしている。


「そういや、きっかけはそれだったな。長い付き合いだ」


 時間にするとそこまで長くはないが、冒険者が見知らぬ誰かと手を組むという意味では長い。たいていは一時協力する程度だからだ。


「盗賊……そうだったんだ」


 それはベスティにとっては今知った情報。気のいい冒険者に見えるが、実は盗賊である。


「ちなみに、イスパも大概悪いことしてるからな」

「え? そ、そうなのイスパ?」

「必要だから」


 悪いこと、と言うと範囲は広い。世間的な意味ではイスパはだいぶ悪い。が、どれもイスパにとって必要なこと。何かを奪うことも、生きるために必要なのである。


「そ、そうなんだ……大変なことしてるんだね、イスパも」


 実際、大変ではある。簡単に生きていける世界ではない。どうあれイスパはたった一人で旅をしていたのだから。


「世界はなかなか厳しいからな。生きていくのに必死な奴もいる」


 楽に生きている者がいれば、辛い思いをしている者がいる。世界とはそういうものだ。


「なんかおじさん臭いこと言ってるね」

「実際、必死ではあるでしょう俺たちは」


 真っ当に働くでもなく、各地を巡り、盗賊として人から奪って生きる。必死といえば必死かもしれない。


「生きていく……」


 大げさな話ではある。しかし、定住せず旅を続けるというのは常に危険が伴う。


「ベスティもこれからはそうなっていくのかな? イスパと一緒なら」

「…………」


 ふいに今の状況を考え、ベスティが黙ってしまう。イスパについてきているものの、これからをどう生きていくのか。

 隣にいるイスパを見上げる。ぼーっと前を見る、何を考えているかわからない目。悪いこともしているとカルスは言った。これからは自分もそうなるかもしれない。正しいことも悪いこともやっていくことになる。

 今まで、自分は何をして生きていたのか。ベスティにはそれすらもわからない。記憶がない。痛い思いをした自分しか覚えていない。もしかしたら自分も、誰かをひどい目に遭わせているかもしれない。


「大丈夫」

「えっ?」


 急にイスパが口を開く。目線は前を向いたまま。


「ベスティは友達だから。私が守る」

「…………」


 友達。当然、ベスティにはそんなものはいなかった。いたとしても、記憶がない。実質、初めての友達になる。イスパがどうしてこう言ってくれるのかはわからない。自分を助けてくれて、何もわからないのを世話してくれる。


「……ありがとう」


 この上友達とまで言ってくれるのは、嬉しいという以外になかった。イスパが悪人かどうかは問題ではなかった。


「いいなあ。微笑ましいよ」

「俺はキヒトが気持ち悪いと思いますけどね」


 にこやかに二人のやり取りを見守るキヒトと、それにやたらと辛辣なクロト。イスパだけでなくベスティが増え、現を抜かしているキヒトに釘を刺しているのだろうか。


「ほれお前ら、前見て歩け。ベスティもいるんだからな」


 道の荒れ具合や動物をちゃんと警戒しないと、ベスティが危ない。イスパのような超人的な能力があるわけではないので、危険をとっさに回避できない。


「…………」


 守られている。そんな感覚があった。今までに感じたことのない、優しい空気。ベスティはその感覚を不思議に思いつつも噛みしめ、軽快になった足を前へと進める。


「ところでよ、イスパ。なんでまた北なんだ?」


 今更すぎる質問だが、カルスが問いかけた。


「バーゼルが死んで、自然保護団体が北へ向かった」

「ああ、言ってたなバーゼルが死んだって。自然保護団体ってあれか、ルーガハーツの近くで活動してる連中だな。神木を切るな、とか言って」


 カルスは何かと詳しい。自然保護団体のことも知っているようだ。


「あれがどうしたんだ? バーゼルと関わりがあるのか?」

「バーゼルが自然保護団体の裏で糸を引いてたって」


 バーゼルの死後、団体が動き出した。あるいはそれ以前から指示があったのか。そこまではウィセナも言っていなかったが、時を同じくして動いた。


「北、ですか……寒く厳しい大地ということくらいしか、俺たちも知りませんね。ですがそういった環境は、調査や開拓が進んでいない場所も多くあるはず。大樹に繋がる可能性もあるかもしれません」


 物は言いよう、何事も前向きに。世界の中心はルーガハーツ付近と見定められ、長年に渡って調査されている。冒険者もそちらに集まる。逆にそこから遠い地域は、全く調べられていない何かがあるかもしれない。


「でも、そんなところを俺たちで調べるの? 無理があると思うけど」

「そりゃそうだ。だから聞き込みするんだろ」


 今までと違い、全く情報のない場所に行く。現地で聞き取り調査をするしかない。北の大地では、大樹についてどういった言い伝えがあるのか。ブラウジーの町の湖のように、独自の話が聞けるかもしれない。


「魔法の大樹、かあ。ベスティもやっぱ興味ある?」

「……そうですね。気になっています」


 キヒトからの質問に、ベスティは静かに答えた。彼女の場合はイスパのような純粋な興味とは違うが、心に何かが引っかかっている。世界の中心、という言葉。


「ベスティも魔法使いだもんね。興味はあるか。見つけると何があるのかなあ、大樹って」

「…………」


 何があるのか。キヒトの何気ない言葉を受け、イスパはもう一度思考する。もしも、ルーガハーツ付近という話が全くの的外れだとしたら。そう伝えられているだけで何もない場所だったら。イスパたちのいるこの世界が、とても小さなものだとしたら?

 たらればを言い出せばきりがない。が、今まで見てきたものが世界の全てとは限らない。ルーガハーツ云々が全くの誤りだとすれば、大樹に関する今までの情報が全て覆りかねない。


「ねえ、イスパ。魔法の大樹って、やっぱり神木なのかな?」


 ベスティがイスパを見上げて言う。


「植物だとしたら、そうだと思う。でも、そうじゃないかもしれない」


 魔法の大樹に関する説はいくつかある。まだどれも確かめられていないが。


「見つけるしかないってことだね……」


 結局、自分の目で見つけるしかない。そのためにも、今は北へ。一行は次の町へ向け、街道を歩き続けた。

 



 

 リダの町から北上し、数日。イスパたちはニールの町へと到着した。肌寒いのでリダの町で買った服を着こみ、町の中を歩く。

 町の北側、遠くに山が見える。高所は特に雪で真っ白になっていて、大自然の美しさを感じる。あれを目指して歩いていくことになるが、雪のことも考えるとどれくらいの日数がかかるか。想像もつかない。野宿等の勝手も通常とは全く違う。火の魔法が使えれば少しは安心か。


「雪が降るかどうかも心配だな。この町で色々聞いてみよう。次の町がどこにあるのかもな。イスパは冒険者ギルドを探してみるか?」

「そうする」


 小さな町だ。ギルドがあるかどうかわからないが、イスパはひとまず探してみることにした。カルスたちと別れ、ベスティだけを連れて歩く。

 イスパも北の大地は初めて。寒さは特に気にならないが、雪は珍しいものに見える。この町には積もっていないが、北を見れば遠くに白い木々がある。あの場所まで行けば住む人も少ないだろうが、この町はまだ人口が多いように思える。

 冒険者ギルドはこの町にもあった。小さい建物だ。ウィセナが経営していたナマルの町のギルドほどではないので、ギルドとして最低限の建物ではありそうだが。

 ドアを開け、中へ。特に声掛けされることもなく、イスパは静かに掲示板へと向かう。


「これは……? ジョルジオさんのところにも、似たようなものがあったけど……」


 いくつもの紙が留められているのを見上げ、ベスティがぽつりとつぶやく。


「ギルドの情報掲示板。ここに来た冒険者が、自分の知っている情報を書いてここに貼る」

「じゃあ、魔法の大樹の情報も……」


 イスパが見慣れた物でも、ベスティにとっては初めて見る。紙に書かれた内容をひとつひとつ読んでいくと、その情報があった。


「魔法の大樹は極寒の大地に存在する。詳しい場所は不明。イスパ、これって……」

「ここには誰でも書き込める。本当かはわからない」


 大樹の新たな情報だ。噂話程度ではあるが、それも手がかりの内。北の大地。あまりにも範囲が広いが、情報は情報だ。この情報についてはともかく、北の大地に独自の言い伝えがあるということなら、可能性はある。

 それに、このギルドにも管理人がいる。この情報が撤去されていないということは、ある程度信用が置けるということだ。

 ルーガハーツで大樹を確認できたなら、この情報は眉唾だろう。が、未だ大樹の陰はなし。ならば北の大地に望みを持ってもいい。


「ねえ。魔法の大樹について聞きたいんだけど」


 いつの間にかイスパは掲示板から離れ、ギルドの管理人らしき男に声をかけていた。


「大樹を探しにいくのか? 気をつけなよ。寒さや突然の吹雪で力尽きる冒険者が後を絶たないからな」


 どうやら厳しい道のりになるらしい。極寒ともなると必然か。調査のしがいはあるだろうが、命がけになる。


「寒さにはどういう対策をすればいいんですか?」


 ベスティも話に加わる。彼女も少しずつ、冒険者というものに慣れてきた。


「あんたらの恰好なら、このあたりは大丈夫だろう。ここから更に北に行った場所に町がある。装備はそこで整えるといい。小さな町だが、防寒に必要なものがいくらでも揃ってる。だがその先は誰も住もうとしない地獄だ。大樹があるとすればそこだな。行くんなら覚悟しなよ」


 北の果て。そんな場所に住む者はいない。正しく未開の地となっている。情報を得ることに成功し、二人はギルドを出た。


「寒い土地って大変なんだね……大丈夫かな、あたしたち……」


 不安がよぎる。知らない土地な上に過酷な環境。一歩間違えれば全員で命を落とすことになりかねない。


「大丈夫。ベスティも火の魔法が使えるから」

「そうだといいけど……」


 強力な火の魔法なら寒さも怖くない。が、そもそも魔力がなければ魔法を使えない。極寒で体力を消耗してしまっては、魔法も満足に使えなくなる可能性はある。自然は甘くない。


「ここから更に北へ、か。次の町なら、詳しい情報が聞けるかな?」


 ベスティが北に目を向け、言う。極寒の大地に存在する、との情報がこの町にあるのなら、その極寒の地ではもっと詳しい話が聞けるはず。今度こそ大樹に辿り着けるか、これもただの噂なのか。

 バーゼルが関わっている。今のところそれが唯一の手がかり。せめてもう一つ、信憑性のある情報が欲しいところだ。


「カルスさんたちは町で聞き込みをしてるんだよね。あたしたちも歩いてみよっか」

「うん」


 どう見ても年下で体も小さいベスティが先導するのは奇妙な光景だが、イスパは特に何の抵抗もなく受け入れている。というより、そんなことを気にしてすらいない。

 ニールの町は静かだった。活気がないわけではないが、住人が物静かだ。よそからやってきたイスパたちのことを気にしている様子もない。あまり興味がないのか、訪れる者が少ないから気づいていないのか。冒険者ギルドの規模からして、外からここに来る者は少ない。大樹の情報から遠く、環境も厳しいためだろう。

 周囲に見られる家屋はレンガで建てられており、どの家にも煙突がついている。暖炉で火を起こし、中を温めるのだろう。武器を売っている店もあるが、どれも狩猟用の物。畑も多く見られ、自給自足の様相が見られる。北の大地はそういった文化なのだろうか。


「そうだ。イスパの家って、どんなところなの?」


 ベスティは記憶がないため話せないが、イスパには故郷がちゃんとある。もちろん、その記憶も。


「山の麓の村。何もないところだよ」


 イスパは名もない小さな村の生まれ。冒険者ギルドも何もない。冒険者が訪れることもない場所で育った。それゆえに、村の外の人間との関わり方を知らないまま大人になった。


「山の麓……そうなんだ。そこは寒いところじゃないの?」

「うん。寒くなかった」


 イスパの村は温暖な地域で農作をしていた。寒さとは無縁である。かといってイスパが寒さに弱いわけではないようだ。


「じゃあ、お父さんやお母さんはどんな人? 魔法使いだったの?」


 魔法使いの素質は遺伝するわけではない。指導することくらいはできるが、魔法使いの子が魔法使いになれるとは限らない。


「ううん。両親は何もない」


 イスパの両親も、魔法使いではない。村で魔法を使えたのはイスパだけだ。


「イスパは、どうやって魔法が使えるようになったの?」

「雷に打たれた」

「えっ……?」


 イスパが魔法使いになったきっかけ。いつものように神木を見上げていたあの日、雷に打たれた。神木が避雷針となったのか、イスパに直接落ちたのかはわからないが。


「イスパも、雷に……?」

「そう。だから雷の魔法が使える」


 魔法は自然の力。雷を浴びることが雷の魔法が使えるようになるらしい。実際にどうかは知らないが、イスパもベスティも使える。世界でも希少な存在。


「そうなんだ……あたしと一緒だね」

「うん」


 偶然にもベスティと同じ。雷に打たれたなどという、およそありえない共通点。


「そっか、イスパも……」


 自分と同じ。ベスティの境遇において、それはとても得難いものだった。記憶が定かでない上に、通常では考えられない仕打ちを受けてきた。自分と同じな人間などほとんどいない。イスパはそんな自分を助けてくれて、守ると言ってくれている。ベスティにとってこれほど嬉しいことはなかった。


「……ありがと、イスパ」

「? なんで?」

「ふふ……なんでもない」


 不思議な性格をしている。だが、イスパはこういう人物だ。数日を共に過ごし、イスパのことが少しわかったような気がした。ベスティは嬉しそうに笑う。


「おお、いたな二人とも。どうだった、ギルドは」


 カルスたちがやってきた。彼らも町で情報収集をしていたが、成果はあったのだろうか。


「極寒の大地に魔法の大樹がある」


 掲示板に貼られていた単純な情報。これが唯一の手がかりだ。


「やっぱりそっちもか。町の人も、何人かその話を出した。ルーガハーツがって人もいたけどな」


 ここでもルーガハーツの名は出る。その説がやはり強いようだ。実際は何もないが。


「調べてみる価値はあるかもな。けど、ここから北はもっと寒い。北にある町で対策できるらしいが、寒さやその対策に関しては俺もわからん。慎重に準備しないとだな」


 各地を巡り地図を描いているカルスでも、この先は未知の領域。全員が初めての土地だ。どれくらい寒いか、どんな地形か、どんな動物がいるか、どんな危険があるか。何もわからない。


「とにかく、その町まで行くか。今日はゆっくり休んで、明日出発しよう」

「宿は取ってあるよ。町の入り口のところにあった建物ね」


 もう日が暮れる。イスパたちは宿で休むことにした。

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大樹と世界の中心(サイコパス) ジズさん @king-hiyoko

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