七章『魔石』~第一話 魔石の魔力~

 リダの町を出てしばらく移動し、神木のある場所へと到着。周囲から少し高くなった丘の上。周囲は緑が多いが、目を凝らせば遠くにリダの町が見える。さほど時間はかかっていないが、それはイスパの飛行能力あってのこと。普通に歩けば半日はかかるだろう。

 近くに整備された街道はなく、森が広がる。普通に旅をしていればこんな場所に来る者はいないだろう。森は危険が多い。

 神木は丘の上にぽつんと一本。群生はあまりしない。それゆえに見つけにくく、価値も高い。ただ魔法使い一人に必要なのは杖になる一部だけなので、神木の消費はさほど多くはない。むしろ神木を切り倒して売りさばく人間の手に渡っている。無駄に。


「これが、神木……」


 ベスティが神木を見上げてつぶやく。葉がついておらず、花が咲くこともない。神木はいつも飾り気がない。幹もさして目立つような色でもない。魔法使いには魔力の気配で違いがわかる。その気配がわからず、間違った知識で偽物を売る人間もいる。


「イスパ、これをどうするの?」

「神木に雷の魔法を撃つ」


 ウェルナに聞いた話では、神木が燃えて微量の魔石が採取できた。ならば、強力な雷の魔法ではどうか。


「えっ!? ど、どうしてそんなことを?」

「神木が燃えると魔石が取れる。それを試す」


 イスパには一切の迷いがない。ウェルナの研究が正しいかを確かめる。


「い、いいのかな……神木って、大事なものなんでしょ?」

「でも、誰のものでもない」


 神木はただの植物。野生だ。イスパの目の前にあるこの神木の所有権を主張することは誰にもできない。


「ベスティがやることに意味がある。やってみて」

「……わ、わかった。イスパがそう言うなら」


 イスパに催促され、ベスティも心を決める。神木の前に立ち、目を閉じる……


「待って」


 イスパが今度はベスティを止めた。


「ベスティ、杖は使わないの?」


 魔法使いは神木を杖として持ち、魔法を使う。だがベスティは手ぶら。それでも魔法は使えるが、自身の魔力を消費する。端的に言うと、疲れる。手ぶらでの魔法の使用はあまりおすすめできない。


「使ったことがないから……このままやるね。ちょっと下がって」


 珍しいケースだが、ありえない話でもない。ベスティは無理矢理魔法を習得させられた。杖を使う習慣がないのもうなずける。バーゼルは持たせてくれなかったのか。

 ベスティが再び目を閉じ、神木に向けて手を差し出す。真昼間に青い雷撃が走り、神木に直撃する。強烈な一撃に、神木が裂ける。縦に割れた神木から、何かが零れ落ちた。イスパがすかさず手を伸ばし、空中で掴み取る。


「魔石だ……」


 本当に出た。指でつまめる小石のような魔石。ウェルナは魔石をかき集めて種にしたらしいが、これはこの一個でも種くらいにはなりそうな大きさだ。だが当然、ブラウジーの湖で見つけたものとは比べ物にならない。


「魔石って、どうやって生まれるんだろう」


 神木の魔力の強さに比例するのか、刺激を与える者の魔力に比例するのか。確かウェルナは、神木に火を放った者がいると言っていた。魔法でなく人力で起こした火だから、魔石が微量しか採取できなかったのだろうか。


「これを人間の体に……?」


 魔石を握って、ベスティがやったことの真似をしてみたが、何も起こらない。何か特殊な方法があるのだろうか。


「神木……なんか、かわいそうだね……」


 破壊されてしまった神木に、ベスティがそっと手を触れる。自分でやったとはいえ、そこに生えていただけの木をただ死なせてしまった。


「…………」


 それを見て、イスパはあることを思いつく。杖を手に持ち、傷ついた神木に向ける。杖が光を放ち、神木を包む。治癒の魔法。人間の軽い傷を治す効果がある。


「あっ……神木が……!」


 ベスティの雷魔法によって傷ついた神木が元通りに綺麗な状態に戻った。


「治るんだね、神木も」


 イスパもこれは知らなかった。神木を治そうなんて思ったことがない。傷ついた神木を見ることもあまりない。木なら年月をかければ元通りになるものだと思っていた。


「すごい……! イスパって、そんなこともできるんだね!」


 ベスティの声が嬉しさに弾む。出会ってからイスパに見せたことのない、嬉しさが溢れる笑顔。


「ベスティは、治癒の魔法は使えるの?」

「使えないんじゃないかな。やったことないし……」


 治癒の魔法は魔法使いの中でも使い手が限定される。治癒というのは風や水のように自然に触れるものではないため、特別な技術や才能が必要になる。


「治せるなら、何度でも魔石を取れるかな」

「だ、駄目だよイスパ。神木がかわいそうだって。それに、そんなちょっとしか取れないんだからさ」


 確かに効率は悪い。魔力の無駄遣いだ。神木を壊すための魔力と治癒のための魔力を消耗し続けることになる。この神木の枝を折って杖の代わりにすることもできるが、魔石があの小ささではやはり時間がかかりすぎてしまう。


「ふーん……」


 手に入れた魔石を改めて眺める。イスパの小指にすら乗ってしまう、ぱっと見ではただの綺麗な石。じっくりと全体を見ても、特に何もない。小さくても魔力の気配は感じるが、これがベスティのあの力を引き起こすとは到底思えない。


「治したときには、魔石は採れない……」


 刺激といっても、治癒魔法では駄目らしい。神木を破損させないといけないのだろうか。


「でも、この魔石ってさ。要は神木と同じなんじゃないの? 魔力があるんでしょ?」


 魔石が神木から採取できることは確認できた。魔力がこもっている。ベスティの言うように、それはイスパも使っている杖と同じ。神木を切ってできている杖は、魔力がある。魔石にも魔力がある。形が違うだけで、同じものと言える。


「それだと、神木も同じように人間に植えられることになる。おかしい」

「あ、そっか……」


 が、疑問が一つ。魔石はこの形状だからこそ、ウェルナは種子として使った。それで神木が生えた。だが神木の枝を種子にしようとは思わない。仮にできるとして、神木を丸々一本体に取り込んでしまった人間はどうなるのか。


「あたしも見ていい? 魔石」

「いいよ」


 ベスティが差し出した手に魔石を乗せる。小さな魔石を落とさないよう、ベスティはそっと手を顔に近づけた。


「……これ、魔力が濃縮されてるね」

「どういうこと?」


 そんな小さな魔石から、ベスティは何かを感じ取った様子。


「小さいけれど、魔力の密度が高い。神木をこれと同じ大きさに切っても、含まれる魔力は魔石の方が強いね」


 神木にも魔力はある。魔石はそれをぎゅっと詰め込んだもの。ベスティの言う通りだとすれば、小さいのも納得できる。同時に、ベスティが取り込んだあれは相当な魔力があったということ。


「魔石を使って、強い魔力を人間の体に取り込む? それで何が起こるんだろ」


 魔力は魔法を使うために必要な要素。人間が運動するための体力のようなものだ。取り込んだ人間が強い魔力を持つとしても間違いとは言えない。そんなことで魔法使いが強くなれるのなら、危険な存在となるが。


「何が、というより……あたしみたいになっちゃう人が増えると危ないね」


 魔石を取り込んで発狂し、建物を破壊。確かに、そんなことがそこらじゅうで起こっては危険だ。魔石の存在が知られ、使い方まで広まったらどうなるか。更に、魔法使いが自力で簡単にできてしまったら。


「ウィセナさんが調べてくれるんだよね? やっぱり、それを待ってみようよ」

「わかった」


 ウィセナであれば、何か見つけられるかもしれない。イスパはベスティに同意し、リダの町へと戻った。

 



 

 その知らせが来たのは、ベスティを連れ帰って数日が経った後だった。すっかり常連となったジョルジオのギルドにて、イスパがベスティとのんびりしていた頃。ウィセナがドアを開けて入ってきた。


「イスパさん。バーゼルがいなくなったことで、ブルームの町の町長をしている男から話が聞けました。バーゼルが裏で糸を引いていた組織があります」


 イスパの側まで歩きながら、ウィセナが話を始める。


「表向き、自然保護団体と呼ばれる組織です。主な活動内容は、神木の保護。神木を伐採するなと主張しています。彼らの本当の狙いが何かはわかっていませんが、ここ最近、動きがあったようです」


 自然保護団体。イスパは久々にその名前を聞いた。ルーガハーツ付近で一戦交えた団体。オルグたちルーガハーツのギルドの話から、自然保護において少々強い思想を持つ団体という印象だった。


「彼らの拠点となっていたのはルーガハーツ。バーゼルがいた町ですね。今、団体はルーガハーツから北に移動しているようです」

「北? どうして?」


 魔法の大樹があるという世界の中心は、ルーガハーツ付近だと言われている。現在も盛んに調査が行われている。が、神木を守ろうという団体はその北に向かっているという。


「そこまではまだわかりません。ただ、どうやらかなりの大移動のようです。ルーガハーツの北、どころではなくもっと遠くへ。北の果てまで進む勢いだそうで」

「北の果て……?」


 果てというと、山だろうか。この世界は山に囲まれているという説に則るとそうなる。


「魔石は神木から採取できる。バーゼルが魔石のことを知っていて、なおかつ欲しがっていたことから、団体の行動は神木や魔石に関わっていると考えられるのではないでしょうか」


 バーゼルがどこで魔石のことを知ったのかはともかく。神木から魔石が取れることを知っているのなら、保護するという名目で神木を見張り、魔石を手に入れることもできる。


「団体は今、北へ向かっている。バーゼルの死と関係があるのかはわかりませんが、彼らの目的は神木のはず。神木に関する何かが北にあるのでしょう。もしかすると、大樹のことも……」


 世界の中心からはかなり離れる。が、そもそも中心というのがルーガハーツだと決まったわけではない。あくまでも、山に囲まれた世界の中心に近いと言われているだけ。実際は違うかもしれないし、そもそも世界の中心という考え方から違うかもしれない。


「わかった。北へ行ってみる」


 大樹のことは定かではないが、バーゼルが関わっていた組織の行動は興味深い。何より、これは新しい情報だ。ほかに有力な情報もないし、これを追うのが一番の近道になるだろう。


「イスパ様。北の大地は寒冷で厳しい環境と聞きます。お気をつけて」

「うん。ありがとう」


 ウィセナとジョルジオに見送られながら、イスパはギルドを出た。カルスたちを探し、町を歩く。


「北の大地……イスパは行ったことある?」

「ない」


 寒冷な地域というのがどの程度かわからないが、さすがにいつものように飛んでいくわけにはいかない。不可能ではないが、体力や魔力を余計に消耗する。現実的ではない。しかもベスティを抱えてとなると、無茶な話。歩いていくしかない。となれば、あてになるのはカルスたちの案内。男手としても欲しい。


「カルス」


 ギルドの近くで何か話している三人を見つけ、イスパが声をかける。


「ルーガハーツの北に行く」


 用件だけを端的に告げる。イスパとのやり取りにもすっかり慣れたのか、カルスは唐突な話にも表情を変えない。


「そっちは俺も行ったことがないな。どのあたりまで行くつもりなんだ?」

「果てまで」


 自然保護団体がどこまで行くつもりかは知らないが、彼らの目的が神木や魔石なら、行く先に何かしら手がかりがあるかもしれない。


「北の果て……山までか? あっちはかなり寒いと聞く。ルーガハーツで十分に準備しないとな」


 行ったことはなくても、カルスは地理には通じている。さすが自力で地図を書き込むだけはある。


「北の果てかあ……大冒険になりそうだね」

「実際、そうなるでしょう。俺たちにとって未踏の地ですから」


 キヒトやクロトも、知らぬ土地に行くのは慣れている。北の果てと言われても抵抗なく受け入れた。


「あ、あの……」


 皆が乗り気になっているところだが、ベスティが小さく声を上げた。


「あ、あたしもイスパも、ルーガハーツでちょっと……行ったら、警備隊に捕まるんじゃないかと……」


 いくつかの建物を破壊した。イスパがいたからあっさり離脱できたものの、警備隊に捕まる一歩手前だった。間違いなく指名手配されているだろう。あの町で旅の準備ができるとは思えない。


「そうか。なら、別の道で行くか。遠いが、ここから北へ行けば町がある。北の大地にも近い場所だから、防寒具もそろえられるはずだ。どうだ、イスパ?」

「それでいい」


 目的は北の大地。どこから行こうが問題はない。自然保護団体の動きを追うならルーガハーツからだろうが、ベスティの言う通り少々都合が悪い。安全な道があるのならそちらを選ぶべきだ。


「じゃあ、明日の朝に出発するか。次の町まではそう大変でもないと思うが、その先は寒い地域だ。雪もよく降る。雪については俺もよく知らないから、町の人に聞いて対策していかないとだな。ここでもしっかり準備していこう。イスパ、必要なものがあれば買っておきな」

「わかった」


 自然は厳しい。わずかな天候の変化と判断の遅れが命に関わる。それでもイスパならば魔法でどうにかしてしまうだろうが、他の四人はそうはいかない。特にベスティは、魔法が使えるとはいえまだ体の小さい少女。特に過酷な環境になる。


「ベスティ、行こう。服を買う」

「う、うん。わかった」


 まずは冒険者としての動きやすい服装から。イスパはベスティを連れて準備を進めた。

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