六章『断絶』~第五話 イスパとベスティ~

 往路よりも更に早く、イスパはリダの町に戻ってきた。人一人を運んでいるなどお構いなしで高速移動。しかし当然、負担は大きい。それは移動しているイスパだけではない。


「はあ……つ、疲れた……」


 高空を飛んでいるという感覚と上下運動により、ベスティにも相当な疲労がある。あるいはイスパよりも疲れるかもしれない。自分の意志で動けないので。


「イスパ、ここは……?」

「リダの町だよ」


 結局、すぐに帰ってきた。しかし成果としては十分である。ベスティを連れてくることができた。魔石はベスティの中にある、と思われる。


「イスパ? 戻ってきたのか? 忘れ物……じゃなさそうだな」


 町の入口のところにちょうどカルスがいた。


「ルーガハーツに行ってきた」

「ルーガハーツって……もう往復したのか? 早すぎるだろ……」


 つい数日前に出ていったはずのイスパがもう帰ってきている。ルーガハーツはここからそんな気軽に行ける距離ではないのだが。


「で、その子は?」

「ベスティ」


 初対面のカルスに戸惑うベスティに代わり、イスパが名前を告げる。


「ああ、その子がね。ここまで連れてきたのか」

「うん」

「へえ~。かわいい子だね」


 カルスたちはベスティと身長差が大きく、ベスティを見下ろす形になる。それを怖がってか、ベスティがイスパの後ろにそっと隠れた。


「初めまして、だな。俺はカルス。こっちはクロトと、キヒトだ。よろしくな」

「あ、はい……よ、よろしく」


 クロトは礼儀正しく頭を下げ、キヒトはにこやかに手を振る。それにおずおずと返事をするベスティ。カルスはふっと笑いかけ、イスパへと向き直った。


「イスパ、その子のことはどうすんだ?」

「ギルドで話してくる」


 それも含め、知らせに行かなければいけない場所がある。イスパはベスティを伴い、リダの冒険者ギルドへ向かった。扉を開けると、カウンターの奥にジョルジオが。そしてカウンターに座っている女が一人。椅子ではなく、テーブルの方に。


「――うわっ!? い、イスパさん!? お、お早いお帰りで……」


 ウィセナが飛び跳ねるようにテーブルから下り、イスパの前に立つ。お行儀は悪いが、イスパはそんなことは気にしない。


「おや、そちらの方は……ひょっとして、ベスティさんですか?」

「そう。バーゼルのことで話がある」

「まさかと思いますが、もうルーガハーツまで行って戻ってこられたので……?」

「うん」


 驚異的な速さである。一般的な人間には不可能。一般的な魔法使いでも不可能。


「なんと。素晴らしい運動能力ですね」


 運動能力とかいう問題ではないが、ジョルジオは素直に感心している。


「ウィセナ。バーゼルが死んだ」

「えっ? バーゼルがですか? 本当に?」

「多分」


 バーゼルはあの衝撃波で消えた。跡形もなく消し飛んだものと思われる。ただ、死亡を確認したわけではない。


「それはまた唐突ですね……何があったのですか?」


 イスパは自分が見たことを話す。魔石のこと、ベスティのこと、あの場所で何があったのかを。見ていないと信じがたい話だが、実際にルーガハーツの一部が崩壊している。見にいけばイスパの話が嘘でないとわかるだろう。


「魔石を人間に植える……? 度し難いですが……ベスティさんがそれをやった、と?」

「はい……そのようです」


 何度聞いてもおかしな話である。ベスティ自身、本当にそうなったのかわかっていない。バーゼルに言われた通りにした結果、魔石が消え、ベスティが強い力を放った。


「それで、ベスティさん。何か変わったことは? お体は大丈夫なのですか?」


 ウィセナに言われ、ベスティは自分の胸にそっと手を当てた。


「……はい、大丈夫です。むしろ、強い魔力を感じます……」


 魔石を土に植えると、神木が生える。ならば魔石を人間の体に入れるとどうなるのか。バーゼルはそこまでは言っていなかった。その説明をする前に消えた。


「ふむ……魔石の力を人間に埋め込んだのでしょうか。しかし、激痛を伴うとなると……あまりいい使い方とは思えませんね」


 激痛に苦しみ、強大な力で周囲を吹き飛ばす。人体にとっても世界にとっても、いいことではない。


「魔石は、神木に刺激を与えると生まれるんでしたね。であれば、意図的に生成することも可能でしょうか」

「でも、普通の神木から採れるのはほんの少しだって」


 ウェルナがそう言っていた。一本の神木からかき集めて、小さな神木を三本生やしたのみ。


「もしかすると、大樹……しかし、見つかっていませんしね……」


 大樹というのが本当に巨大な神木だとすると、イスパが拾ったような大きな魔石が生まれてもおかしくはない。しかし、イスパがあれを手に入れたのは湖の底だ。


「それにしても、恐ろしい話です。ベスティさんだからできたのか、あるいは……」


 そこでウィセナは言葉を止めた。かすかに眉をひそめ、イスパを見る。


「イスパさん。私、魔石のことについて調べてみます。何か、嫌な予感がして……」

「わかった。ありがとう」


 予感はともかく、魔石について調べる必要はある。知っている研究者が一気にいなくなってしまった。


(ジョージ、あなたも調べておいて。もしかすると……)

(かしこまりました)


 ウィセナがジョルジオに何か耳打ちし、ギルドを出ていった。情報屋を名乗る彼女だが、魔石についても調べられるだろうか。イスパにはそれを待つしかできない。


「……イスパは、これからどうするの?」


 ウィセナがいなくなり静かになった空間で、ベスティが問いかける。


「大樹を探す」


 元々の目的だった、魔法の大樹。そして世界の中心。ベスティと友達になり、魔石も実質取り返した。となれば、やることはそれだけ。


「それでしたら今一度、この町に滞在なされてはどうでしょうか。ウィセナ様も魔石の情報を探ると仰っていましたし。それに、連日の騒動でお疲れでしょう。ベスティさんのこともあります」

「そうだね。ベスティ、いい?」

「う、うん。あたしはいいけど……」


 ベスティは半ば無理矢理ここに連れてこられたので、行くところがない。イスパについていくくらいしかできない。


「ウィセナ様がイスパ様のために部屋をお取りになっています。二人部屋ですのでご心配なく。何日でも滞在してくださって構いません」

「あ、ありがとう……でも、いいのかな……?」


 イスパはウィセナと関わりがあるものの、ベスティにとっては初対面も初対面だ。


「イスパ様のご友人となれば、ウィセナ様にとっても喜ばしいことでしょう。お使いください」


 情報提供でむしろイスパ側が助けられているのに、この上宿代まで出してくれる。ずいぶんとイスパはウィセナに気に入られているらしい。

 ジョルジオの言う通り、色々ありすぎた。今は体を休めることが第一だ。大樹についても振り出しに戻ってしまったし、ベスティを抱えて闇雲に走り回るわけにもいかない。イスパはベスティを連れて宿へと向かうことにした。



 

 

「ベスティって、何歳なの?」


 ウィセナが取ってくれた部屋で落ち着き、イスパがベスティに話を振った。


「わからない……自分が何歳かの記憶がなくて」


 断片的な記憶しか、今のベスティにはない。その時点で何歳か認識していないと、今何歳かもわからない。見た目は十二歳前後だが、性格はもっと大人びているように思える。


「ふうん。わからないことばかりだね」

「う、うん……」


 自分のことがわからない。それがどういった感覚なのかイスパにはわからないが、不便なのは間違いない。

 ベスティなら何か知っているかと思ったが、大樹のことは何もわからないまま。何か手がかりだけでもないのだろうか。


「何か覚えてることない? 最近のこととか」


 あの儀式の間で魔石を体に取り込み、ベスティの意識は覚醒した。その直前のことを何か覚えていないのだろうか。


「うーん……暗い部屋にいたこと……かな」


 暗い部屋。おそらくあの儀式の間のことだろう。あの部屋は明かりがほとんどなかった。本当に直近の記憶だ。


「私と会ったことは覚えてない?」


 イスパはベスティと二度会っている。最初はあの儀式の間。二度目は自然愛護団体の本拠だったはずの場所。


「覚えてはいないけど……イスパのことは、知っている気がする。会ったことがあるからなのかな……」


 これも確かではない。が、全く知らないというわけでもない。無意識下での記憶なのだろうか。


「じゃあ、自然保護団体は知ってる?」

「え? なに、それ……?」


 これについては何も知らない様子。イスパの予想通り、あのときのベスティは単に配置されていただけだったようだ。であればどうしてベスティが、との疑問が残る。意識のないベスティが団体のリーダーなどできるはずがない。


「ルーガハーツの近くにいた、妙な組織。知らない?」


 結局、あの団体が何だったのかをイスパも知らない。神木を伐採するなとの主張をしていたらしいが。


「ルーガハーツっていうのは、あたしがいた町だよね? うーん……聞いたことない」


 やはりベスティにはわからない。なんとなくの記憶すらない。


「じゃあ、バーゼルのことは?」

「…………」


 ベスティがすっと視線を落とす。床の木目をぼうっと見ながら、ぽつぽつと言葉を紡いでいく。


「あの人が……あたしに痛いことをした。何度も……」


 雷に打たれたり、川に流されたり。バーゼルがベスティにやった所業。おそらく……いや間違いなく、ベスティを魔法使いにするため。しかし、何故ベスティなのか。ベスティでなければならなかったのか、誰でもよかったのか。


「ベスティを魔法使いにして、魔石を使わせた。最初からそうするつもりだったのかな」


 バーゼルはイスパのことも気に入っていた。強い魔法使いを求めていたのだろうが、ベスティはそれに該当していたということだろうか。

 バーゼル、魔石、ルーガハーツ、自然保護団体。どれもベスティに関わっているが、何も繋がらない。


「魔石ってなんなんだろ」


 ウィセナが何か掴んでくれるといいのだが。ウェルナやバーゼル以外に、魔石のことを知っている人間はいないか。


「……そうだ、ベスティ。明日、神木を探しに行こう」

「え? ど、どうして?」


 それまで待っているだけというのも退屈なので、何かしたい。イスパにもできることがあった。


「神木に刺激を与えると、魔石が出てくるらしい。それを試してみる」


 イスパが自分でやってもいいが、ベスティもいれば比較ができる。ベスティだけが特別なのだとしたら、大きな魔石が採取できるかもしれない。


「い、いいけど……」


 ベスティは乗り気ではないが、イスパはそれが知りたい。いつか試そうと言ってくれたウェルナはもういない。自分でやるしかない。


「飛んでるときに神木が見えた。そこに行く」


 移動中にもしっかりと確認していた。空からでも、神木の気配はわかる。魔法使いなら。

 一旦の目的を決め、二人は夜を迎えて眠りにつく。イスパにとって、この数日で色々と起きた。全てがいいわけではないが、ベスティを引き入れたことは大きな意味を持つ。もうベスティを追いかける必要がなくなり、魔法の大樹探しに専念できる。唯一、ウェルナが殺されたことは誤算だったが、それはもう取り返しがつかない。ウェルナが調べた情報も活用するのがせめてもの手向け。

 ここからがイスパの新たな出発になる。世界の中心、大樹に向けて。

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