六章『断絶』~第四話 気になるあの子~
ルーガハーツへ向け一直線。今度は魔力を切らさないように駆ける。地上にも目を向けてみるが、そう簡単に人影は見当たらない。馬で平原を移動しているなら目立つが、見つからない。誰も乗っていない野生なら見かけるが。
探している暇はない。先回りすればいいだけのことだ。魔石を奪われてから時間は経っているが、イスパの速度で追いつけないほどではない。イスパの飛行は馬が走るより速く、地形や障害物も関係ない。
休憩を挟みつつ食事は保存食で済ませ、イスパはとにかく足を進めた。魔石が何に使われるかはわからないが、急いで取り戻さなければ。イスパの頭はそれでいっぱいだった。大樹以外の物にここまで執着するのは初めてのことだ。
少しだけ眠って一夜を過ごし、ルーガハーツに辿り着いた。魔石を盗んだのがバーゼルだとしたら、心当たりがある。ベスティを使って怪しげな儀式をしていた、あの場所だ。
町に入り、一目散に目指す。建物の陰、細い道を抜けた先のドア。ここで儀式が行われている。あの後に訪れた際は鍵がかかっていて開かなかったが……
「……開いてる」
今回は鍵が開いていた。中へと入る。階段を下り、地下へ。あの時と変わらぬ儀式の場に、人影があった。
「……これはこれは。イスパさんじゃないか」
聞き覚えのある声だった。薄暗い室内をイスパが火で照らすと、その人物の顔がはっきりと見えた。
「来ると思っていたよ。予定よりかなり早いが」
部屋にいるのはバーゼルと、もう一人。バーゼルがいるということは、彼女もいる。そう、ベスティも。
しかし、何かが妙だった。以前に会ったときと、雰囲気が違う。
そして、注視するべきは人だけではない。バーゼルが立っているすぐ側にある木の机に、大きな魔石がある。間違いなく、イスパがウェルナに渡した魔石だ。
「それ、返してほしい」
まずは率直に言ってみる。とりあえずは返してもらわないといけない。
「すまないが、それはできない。ここで渡してしまっては、奪った意味がないからね」
ゆったりした動作で魔石に触れながら、バーゼルは言った。奪ったのは事実らしい。
「君は、この石の使い方を知っているかね?」
「知らない」
ウェルナは魔石を種とし、神木を栽培していた。だが実際のところ、どう使うのかと言われてもイスパにはわからない。
「ウェルナ=ナトゥアはこれを土に植えた。結果は、小さな小さな神木が生えたのみ。その発想は間違っていない。が、問題は植える場所だ」
「植える場所?」
種を植えるとなると土しかないが、バーゼルはどこに植えるつもりなのだろうか。
「土に植えれば神木が生える。それはつまり、この魔石という物質には、確かな魔力があるということだ。でなければ、神木なんて生えるわけがない」
確かにそうだ。何の力もない石ころから神木は生えない。
「では、魔力とはなんだ? 魔力とは誰が使う物だ? 魔力は、魔法使いが使うものだろう?」
それもその通り。魔法使いは魔力を消費して魔法を放つ。
「となると、魔石は何に使うべきか? 魔法使いに、だ」
「魔石を使う……?」
魔力があるとはいえ、石ころ。使うと言われても、あんな大きいものを杖にはめ込むわけにもいかない。抱えて運べとでも言うつもりだろうか。
「魔石を植えることは、半分正解。だが植えるのは土ではない。魔力を使用する、魔法使いにだ」
「どうやって?」
人間に植えるというのか。どうやってやるのか、イスパには見当もつかない。食べられないし、あの大きさではたとえ腹を裂いたとしても入りきらない。
「ちょうど今からやるところだ。見ているといい」
バーゼルが魔石を手に取り、ベスティの前に差し出す。
「さあベスティ、さっき教えた通りにやるんだ。できるな?」
そう声をかけられたベスティが魔石を受け取り、胸の前に掲げる。ベスティの小さな体が持つと、あの魔石がいかに大きいかがよりはっきりとわかる。ベスティが虚ろな目で見つめる魔石が、輝きを放つ。
「ぐっ……!?」
暗く狭い部屋に収まりきらないほどの光。視界が真っ白になる。同時に、ベスティの体から尋常ではない魔力が放たれる。イスパですらこれまで経験したことのない魔力。
「うあああああああーーーっ!!!」
初めて聞くベスティの声は、耳をつんざくような絶叫だった。痛々しい悲鳴。どれほどの激痛であればこんな声が出るのか。
「……風よ」
何が起こっているのかわからないが、強烈な衝撃波がベスティを中心に放たれる。イスパはそれを風で逆に押し返し、耐える。こんなもの、魔法でなければ防げるはずもなく。バーゼルは一瞬にして吹き飛ばされた。否、バーゼルだけではない。この部屋も建物さえも、消し飛ぶ。外からも悲鳴が聞こえる。ルーガハーツの住民たちが逃げ惑う。
衝撃波が収まり、瓦礫の山が残る。イスパの後方だけは無事だったものの、局地的に更地となった場所で、イスパはベスティと向き合う形に。
「魔石が消えた……」
ベスティが手に持っていたはずの魔石はなくなった。今は、異常な魔力を放つベスティが苦しそうに頭を抱えているだけ。
「ベスティ、大丈夫?」
可愛らしい声で獣のように呻くベスティに声をかけるが、返事はない。未だ痛みに苦しんでいる。
「んー……」
傷を癒す魔法も使ってみるが、効果はなさそうだった。魔石のせいで苦しんでいるのだとしたら、解決方法がわからない。
「い……たい……! もう……痛いのは……嫌ぁ……!」
「痛い? でも、魔法じゃ治らないなあ……」
魔法で治せない痛み。そんなものはそうそうないはずだが、ベスティのこれは治せない。治癒魔法の専門家ならばできるのだろうか。
「ひ……かみな……みず…………ぐあっ……!」
何かつぶやいているが、よく聞き取れない。しかしどうやら、今まで痛い思いをしてきたらしい。ならばその痛みを取り除かないといけない。このままではベスティと話すこともできない。
「イスパ! なんの騒ぎだ!?」
困った状況に、知った声が聞こえてきた。
「オルグ?」
こちらも久しぶりとなる。ルーガハーツに滞在していた頃、何かとイスパを手伝ってくれた男。
「ベスティが痛がってる。助けてあげたい」
「ベスティ……!? じゃあ、この子が……?」
オルグがイスパからベスティへと視線を移す。
「まさか……いったい、何が……!?」
自然保護団体と戦った際、オルグはベスティのことを見ていない。しかしどこか、彼女のことを知っているような反応をしている。
「オルグ、ベスティのこと知ってるの?」
以前もこれを聞いた。そのとき、オルグは知らないと答えた。
「いや……本当に、これがベスティなのか……?」
「どういうこと?」
ベスティのことを知っているが、目の前にいる少女とは違うのだろうか。名前が同じの人違いか。
「あの子にこんな力は……それに、髪の色も……」
オルグが知っているベスティとはやはり違うようだ。それとも、変わってしまったのか。バーゼルと一緒にいたのだから、何かしらされている可能性は高い。今がそうなのだから。
「はあ……はあっ……!」
ベスティはずっと苦しそうにしている。イスパは彼女を救ってあげたかった。その方法がわからない。それでも。
「お、おいイスパ! 危ねえぞ!」
オルグの制止を無視し、ベスティに近寄っていく。無防備に、一歩ずつ歩いて。
「大丈夫だよ。痛くしない」
魔法はもう使わない。効かないとわかったから。ただ声をかけながら近寄っていく。
「痛くする人はいなくなった。聞かせて、ベスティのこと。お友達になりたいから」
「ぐぅ……とも……だち……?」
「うん」
イスパの望みはいたって単純。ベスティと友達になりたい。魔石がベスティに渡った以上、その目的はより強固なものになる。あの魔石はイスパにとって大事なもの。ベスティもそれと同じくらい大事だ。
「あぁ……い……たいっ……!」
ベスティの苦痛は終わらない。頭を強く抱えたまま動けない。
「うーん……」
どうすることもできない。なんとかならないものかと、イスパはベスティの頭に手を置いた。
「あ……う……?」
ベスティに変化があった。痛みが引いたかのように頭から手を離した。
「痛くなくなった?」
「え……あ……う、うん」
何故か治ったらしい。触れただけなのに。そんな簡単に治るような状態ではなかったはずなのに。
「よかった」
とはいえ、治ったのならそれでよし。イスパには何の問題もない。
「あ……えっと……ありが、とう……?」
ベスティは状況が飲み込めていないようだ。さっきまでひどく痛かったものが急になくなったのだから無理もないが。バーゼルと一緒にいるとき一言も喋らなかったのが、今は普通に喋っている。瞳に光が宿り、表情も柔らかくなった。
「ベスティのことを知りたい。教えて」
「え……あ……」
イスパは何の他意もなくそんなことを聞いてくるが、それどころではない。辺り一帯を吹き飛ばした原因であるベスティが、ここでのほほんとお喋りできるはずもなく。
「そこの二人、動くな! 話を聞かせてもらう!」
ルーガハーツの警備隊に囲まれている。これだけの騒ぎになれば、それはそうである。
「ふう、面倒だなあ……ベスティ、掴まって」
「え? ――ひゃっ!?」
イスパがベスティに抱き着き、風に乗って飛ぶ。自分より小さく体重も軽いベスティくらいなら、運ぶことは可能。ルーガハーツを抜け出し、適当な方角へ。誰かに見つかることのない岩陰まで移動する。
「ここならゆっくりできるね」
「う、うん……そう、かな?」
イスパにとっては順当でも、ベスティには怒涛の展開。そもそも、どこから意識がはっきりとあるのか。バーゼルといるときはまるで人形のように彼に従って動くだけだった。イスパは今初めて、彼女とまともなコミュニケーションが取れている。
「ベスティって、どうしてバーゼルと一緒にいたの?」
聞きたいこと、疑問はいくらでもある。まずはバーゼルのこと。本人はいなくなったが。
「あ……その……」
「どうしたの?」
ベスティが言いよどむ。ずっと一緒にいたのだからなんてことのない質問とイスパは考えたが、そう単純でもないようだ。
「……いつの間にか、あそこにいた。その前のことは……覚えてない。その後も……ちょっとずつしか」
「そう……」
記憶、というか意識が曖昧のようだ。それも、意識のない時間の方が長そうだ。
「じゃあ、どういうことなら覚えてる?」
「……痛いこと」
ベスティはすっと目線を逸らし、ぽつりぽつりと語り始めた。
「雷の鳴ってる夜に、木に縛りつけられて……大雨で流れが速くなった川に、投げ入れられて……その後どうなったかは、覚えてない……」
拷問めいたことを受けていた。よく生きていたものである。
「雷の魔法を使えるのはそのせいかな?」
強力な魔法を使えるのも、過酷な環境で生き残れたからだろうか。そういった経験が魔力や強さにまで影響するのかはわからないが。
「魔法……使えるんだね、あたし……」
自分の掌を見つめながらベスティが言う。イスパはベスティの使う強力な魔法の数々を見てきた。雷に火……さきほどの話からして、水の魔法もあのレベルで使えそうだ。
「それも覚えてないの?」
「ん……使えるのはなんとなくわかるけど……」
やはり記憶がはっきりしていない。普段ない意識がある瞬間だけ覚醒し、そのときのことだけを覚えている。
「さっきのことは、覚えてる?」
「う、うん……町、壊しちゃったね……謝らないと」
衝撃波で色々なものを吹き飛ばしたことは覚えている。痛みに発狂していたように見えたが、あれが覚醒の引き金だったのだろうか。普通の人間でも眠っているとき、激しい痛みや苦しみがあれば目を覚ますもの。それと同じだろうか。
「いいよそんなことは。ベスティが無事なら」
「え……? う、うん……」
先ほどのあれも激痛を伴ったはずだが、すっかり落ち着いている。町の心配をするくらいには。
町を派手に壊した。どのみち戻れない。謝りに行ったところで捕まるだけだし、謝ったところで許されるものでもない。事情を根掘り葉掘り聞かれるに決まっている。その内容によってはまたベスティの心が壊れかねない。
「ルーガハーツには帰れない。だから戻ろう」
「戻るって……どこに?」
「リダの町」
まだわかっていないベスティを半ば連れ去る形で、イスパはリダへととんぼ返りした。
「ねえ! イスパ!」
空と地面をぴょんぴょん飛ぶイスパに抱えられながら、ベスティが声を張り上げた。
「なに?」
「どこに向かってるの!? イスパって、何をしてる人なの!?」
風の音がうるさいため、叫ばないと声が届かない。ベスティは一生懸命に大きな声を出す。イスパは地面にふわりと下り、ベスティも地面に立たせて向き直る。
「話がしたい。ベスティのことも」
「話……?」
出会ってからずっと追いかけていた。ウェルナやバーゼルだけでなく、ベスティもまた大樹に近づくために必要な存在。イスパはそう考えている。ウェルナは殺され、バーゼルもあの衝撃波を受けて消えた。ベスティが残る唯一の手がかり。
「世界の中心と、大樹について。何か知ってる?」
「世界の……」
たいていの者はこの質問にわからないと答える。もしくはルーガハーツのことだと答える。ベスティはその言葉を受け、視線を落として何か考え始めた。
「何か……知っている気がする。何かはわからないけど……」
曖昧な意識の中での記憶か。ベスティはバーゼルに何を教えられたのか。何をされたのか。
「大樹のこと?」
「どう……なんだろ……ごめんなさい」
ベスティの記憶に何かヒントがあるのか。全てを思い出せばわかるのかもしれない。そんな方法があればの話だが。
「いつか思い出してほしい。今は、ベスティを安全なところに連れていく」
「あ、うん……ありがとう」
なんとなく話がまとまった。ベスティはまだ頭が混乱している。体の痛みを止めてくれたのがイスパなので、イスパの言葉に従って動く。いずれにせよ、今のベスティはイスパについていくしかない。記憶がないし、知り合いもいない。
イスパは再びベスティを抱え、飛ぶ。広い平原を東に向かって。
(世界の中心……)
イスパに運ばれながら、ベスティは考えを巡らせた。どこか自分の中で引っかかるものがあった。
(あたしは……『世界』を……)
何かの記憶が蘇ってくる。やはりぼんやりとしたそれは全てを思い出すには至らず、奇妙な感覚だけが残っていた。
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