六章『断絶』~第三話 研究者の秘密~
日が落ちて暗くなるまで野宿をし、ブルームの町に乗り込む。ところどころ明かりはついているが、ほぼ真っ暗。夜目と記憶を頼りに、イスパはその場所を目指した。町の中心あたりにある、大きな建物。普通の家三つ分くらいはありそうなあそこが、おそらくは町長がいる場所だ。中はまだ、一部に明かりがついている。
イスパはその建物の二階部分にある、明かりのついている部屋の窓に近づいていく。その壁に、誰かがいた。そう、壁に。
「……ウィセナ?」
近付いて見てみると、見知った顔だった。
「ひゃっ!? ……イスパさん? 驚かさないでください……誰かに見つかったらまずいですから」
どうやっているのか、壁に背をつけて張り付いている。驚かされても落ちない。
「というか、どうしてここに? イスパさん自らも調査ですか?」
「うん」
最初はウィセナに任せるつもりだったが、事情が変わった。ジョルジオの話を聞くに、この町はどうも怪しい。
「それでここに目をつけるとは、さすがです。……見てください」
ウィセナが窓の向こう側、部屋の中を指差して言う。イスパも気付かれないようそっと覗き込む。顔はわからないが、机に向かって座っている男の背中が見える。
「彼、いつもここで仕事をしているんです。ここブルームの町の長として。でも、どうも怪しいんですよねえ……よっと」
ウィセナはそこで飛び降り、見事に着地。イスパは風でふわりと降りる。
「彼は偽物……ではないんですが。本当の町長の代わりにああして仕事をしている、という可能性があります」
偽物に入れ替わっているわけではなく、町長の仕事を請け負っているとウィセナは言う。
「じゃあ、本当の町長は?」
問題は本当の町長が誰なのか。他人に仕事を任せて自分は何をしているのか。
「それは、また改めて報告させてください。確証を得たいので。ご安心を。情報屋ウィセナ、受けた依頼は必ず果たします」
ウィセナは何か手がかりを掴んでいるようだ。それもかなり自信がある様子。
「わかった。任せる」
イスパは言う通りにすることにした。ウィセナは信用できる。ベスティのことを調べてくれたし、今もこうして実際に現地で調査している。どうやって一日そこらでナマルからここまで来たのかは謎だが、そこは追及しない方がいいのだろう。彼女の情報ルートは企業秘密。
「かしこまりました。……そうだ、イスパさんは今どちらに滞在なさっているのですか?」
「ここから南西。リダの町」
「リダですね。では調査が終わり次第、そちらに伺ってよろしいでしょうか?」
さすがにウィセナはリダの町を知っているようだ。
「リダのギルドにも、ウェルナの調査を依頼してる」
「え? あ……そ、そうですか。それは心強い……」
ウィセナが急にどもった。リダの冒険者ギルドに何かあるのだろうか。
「で、では予定の日に、リダの町の冒険者ギルドに伺いますね」
何をそんなに動揺しているのか。暗闇だが、引きつった笑いを浮かべているように見える。咳払いをしてようやく落ち着き、イスパに向き直った。
「それと、イスパさん。大変におせっかいなのですが……私の調査が終わるまで、イスパさんはリダの町に身を潜めておくほうがよいかと思います」
真剣な表情でウィセナは言う。ここまで来たイスパを追い払うような台詞。
「ご存じの通り、イスパさんは今、警戒されています。ウェルナさん殺しの犯人にされてね。万が一、イスパさんがここにいることが知られると、得ようとしている情報を隠されかねません」
イスパはこのブルームの町から去った、と相手は思っているはず。戻ってきていることがわかれば、捕まえようとするだろう。同時に、イスパに知られたくない秘密を隠す。ウィセナにとっても都合が悪いわけだ。
「そう。じゃ、任せる」
イスパがあっさりとそう言うと、ウィセナはにっこりと笑ってうなずいた。
「ええ、ええ。このウィセナ=オツィアンにお任せあれ」
相変わらず飄々としているが、イスパはこの情報屋を信じて任せることにした。見つからないように夜の闇を駆け、リダの町へと戻った。
「どうにも、妙だな」
ブルームの町で聞き込みを続け、カルスがぼやくように言った。横に立つクロトが静かにうなずく。
「誰に聞いても、つかみどころのない話ばかりですね。突っ込んだことを聞くと急に口ごもる。まるで誰かに口止めされているようです」
イスパのため、ウェルナ=ナトゥア殺害の件について調べている。殺されたという事実は皆知っているものの、ウェルナという人物の話になると途端に口が回らなくなる。変わり者ゆえ避けられているのかと最初は思ったが、それにしては様子がおかしい。口に出してはいけないとばかりに、町の人間はその話題を避ける。ウェルナの研究のことも、その周辺の人物のことも。家に籠っているからわからないの一点張りで誰もが逃げていく。
反面、噂話のようなふわっとした話はよく聞く。だがそれ以上踏み込めない。研究については本当に知られていないようだが、ウェルナとつながりのある人物については誰も口に出さない。殺されたから、誰かと何かあったのか聞きたい。至極当然の聞き込みなのだが、誰一人として答えずに逃げていく。
「こりゃちょっと、無理矢理にでも聞き出すしかねえな」
「同感です」
普通にお喋りするだけでは聞かせてもらえない。ならば強行手段に出るしかない。二人は人の少ない場所へ移動し、一人で歩いている青年に目をつけ、声をかけた。
「なあ、ちょっといいか? ウェルナ=ナトゥアのことで聞きたいことがあるんだが」
「ん? なんだい?」
まずはやんわりした話題から入る。ここまでは普通に会話ができる。問題はここから。
「殺されたって聞いてな。あの人となんか関わりある人って知らないか? 恨みを買ってるとかさ」
これも、なんてことはない話。が、青年の顔色が一気に悪くなった。
「い、いやぁ、知らないな。あの人、たいてい一人で家に籠ってる印象があるよ。誰かと話してるところも見たことないし」
やはり逃げられる。しかし今回はそうはいかない。カルスは青年の行く手を阻むように立ち、懐から金の入った袋を取り出す。
「まあ待ちなって。何か知ってるなら話してくれよ。ただとは言わねえからさ」
袋の中身がじゃらりと音を立てる。青年の視線が一瞬泳いだが、我に返れとばかりに首を振った。
「い、いやいや。何も知らないんだって。誰か別の人に……」
「それ、ずっとやってるんですよ。ですが、誰も答えてはくれません。教えてくださいませんか?」
クロトは優しく笑っているが、その体でしっかりと青年の退路を塞いでいる。青年は逃げようにも逃げられない。
「か、勘弁してくれよ。知らないんだって……うわっ!?」
なおもしらを切る青年の首に、カルスはナイフの刃を近づけた。
「悪いが、こっちも必死でな。話さねえならそれなりの対応をさせてもらう。絶対に必要な情報なんだ」
イスパに、調べてくると言ってここに来た。わからなかったで帰るわけにはいかない。
「……わ、わかったよ……言うから、それを下ろしてくれ」
青年が観念してため息をついた。カルスがナイフを腰に戻すと、青年は大きくため息をついた。
「あの研究者についての情報は、町中で口止めされてるんだよ」
「口止め?」
カルスたちの読み通り、おかしかった。町ぐるみで言わないようにしている。
「ああ。町長がな。理由はわからない。だからみんな、よく知らないって答える。実際あのウェルナは、食料の買い出しをしているところくらいしか見かけなかった。家の中で何をしてるかなんて知られてない。ただ、誰かと会ってる……って噂はある」
「ウェルナ=ナトゥアが誰かと会ってる……?」
自宅という名の研究室に籠り切りのウェルナが、誰かと会っている。外に出たときに会っているのか、その誰かの方がウェルナの家を訪れているのか。
「その人物が彼女を殺害したのでしょうか?」
「さあね。そこまではわからない」
クロトの疑問に対しては、青年は首を振った。しかし、可能性として十分にありえる。あの日、イスパがこの町に戻ってきたのは単なる偶然。そのタイミングでウェルナを殺してイスパに罪を擦り付けるというのは、突発でやるにはできすぎている。
「じゃあ、ウェルナが繋がってるのはそいつとだけなのか?」
計画的に殺されているとなれば、彼女のことを詳しく知る者がいるはず。殺しの実行犯とは違うかもしれないが、その人物が分かれば状況は変わる。
「……町長と関係あるとか言われてる。それ以上は本当にわからないな」
町長。排外的で、情報統制をしている。そんな人間がウェルナとは関わりがあった。最初からこうするつもりだったのか、殺すような事態になったのか。
「俺が話したってどこかで言わないでくれよ? 町長の耳に入ったらどうなるかわかったもんじゃない」
「もちろんだ。情報提供に感謝する」
青年が去っていく。対価として十分な情報をもらった。告げ口などするはずがない。
「この線でもう少し探ってみるか。クロ、行こう」
「手分けしたほうがいいのでは?」
「いや。よくないことに首を突っ込んでるのは確かだ。万が一ってこともある」
場合によってはすぐに逃げなくてはならない。カルスは最大限に警戒しつつも、更なる情報を求めて町を歩いた。
それから数日。イスパはリダでゆっくりとした時間を過ごした。ウィセナの言う通り目立つことはせず、連日の移動で溜まった疲労を回復することを優先した。情報が集まった肝心なときに全力で動けなければ意味がない。町を歩いたり、店で食事をしたり。ある意味のんきとも言える時間を過ごした。
そして、約束の日。ウィセナが成果を報告してくれる日。ジョルジオからも話を聞けるかもしれない日。イスパは朝早くからギルドに足を運んだ。
「いらっしゃいませ、イスパ様。頼まれていた情報が手に入りましたよ」
ジョルジオの方の調査も終わったようだ。終わったというより、一区切りだろうか。短い期間で情報を手に入れている。彼の手腕も確かなようだ。
「ありがとう。聞かせてほしい」
ジョルジオに促され、イスパが前回と同じように椅子にかけた、そのとき。やけに勢いよく、ギルド入口のドアが開いた。
「いらっしゃいませ。……おや、お嬢さ」
「うわーーーーーー!! 待って待って待って!!」
入ってきた少女が飛びかかるように駆け寄り、飛び掛かるようにカウンターを乗り越え、ジョルジオの口を両手で塞いだ。
「い、イスパさん、おはようございます。しょ、少々お待ちを。こちらの方と少しだけお話がありますので……」
「? いいけど」
飛び込んできたのはウィセナだった。ここで落ち合う約束はしていたが、朝から元気が有り余っているようだ。
ウィセナはジョルジオをひっつかんで歩き、イスパから離れた場所でひそひそと話し始めた。
(ジョージ! 外で迂闊にそう呼ぶなって、あれだけ言ったでしょ!?)
(ご安心を。あちらの方は信用できる人物ですよ)
(そんなこと知ってるわよ! そうじゃなくて、それで呼ぶなって言ってんの!)
(イスパ様をご存じなのですか? もしやお嬢様も……あまり無茶をなさらないでください)
(だから呼ぶな! いい? イスパさんの前では他人よ!)
(はあ……そこまで仰るのでしたら)
二人はしばらく話した後、イスパのところに戻ってきた。ジョルジオはカウンターの向こう側、ウィセナはイスパの隣の席へ。
「し、失礼。お待たせしました、イスパさん。本題に入りましょう」
ウィセナが懸命に平静を保っているのがわかる。何をそんなに焦っているのか。イスパは特に言及せず、ウィセナの話を聞く。
「ウェルナさんの件ですが、その前に。確認できました。ブルームの町の町長は、バーゼル=リーブスです」
「バーゼルが……?」
いきなり意外な話が出てきた。思わず聞き返したイスパに対し、ウィセナが深くうなずく。
「はい。実際に職務を行っているのは別人ですが、権限を持っているのはバーゼルです。ブルームの町の方針はバーゼルの方針と言っていいでしょう」
ブルームの町をバーゼルが動かしていた。ということは、排外的なのはバーゼルの意図か。どうして門番をつけて旅人を追い払うようなことをしていたのか。
「それについては私からも。バーゼル=リーブスが何者だったかと情報を漁ったところ、ブルームの町長であることが確認できました。ウィセナ様の仰る通りかと思われます」
ジョルジオもウィセナと同じ情報を得ている。どこかで聞いたことがある、という記憶は正しかったようだ。
これでバーゼルに関しては確定と見ていいだろう。彼はブルームの町長をやっている。仕事は他人に任せ、本人はルーガハーツで怪しい儀式をしているが。
「ウェルナさんの死についてですが、おそらくこれもバーゼルが絡んでいるのでしょう。魔石を奪ったのも彼のはず」
魔石で神木を生やすことができる。ウェルナの研究でそれが実証されていた。用途があれで正しいかはともかく、魔石には何らかの力がある。バーゼルもまた、大樹について研究している人間。魔石を奪うために殺したというのは十分な動機になる。
「じゃあ、バーゼルは今どこにいるの?」
ブルームの町長だが、ルーガハーツにいた。儀式に用いていた部屋がブルームにもあるのだろうか。それとも、ルーガハーツこそが本拠か。
「おそらく、ルーガハーツだと思います。魔石を手に入れたとなれば、自身の研究や実験をしたいはず。イスパさんを犯人扱いして捕らえようとしたのも、魔石を取り戻しに来れないようにするためでしょう」
ウィセナの話は筋が通る。ウェルナから魔石を取り上げたとして、追ってくるのはイスパしかいない。イスパさえ無力化してしまえば、バーゼルはゆっくりと研究を進めることができる。
「じゃあ、誰かが魔石を持って運んでるってこと? ルーガハーツまで」
「そこなんですよねえ……馬か何かで運んでいるんでしょうか」
冒険者の多くは徒歩での移動になる。馬などの動物を手懐けることができれば移動に使えるが、使っている者はあまりいない。馬を所持するという手間がかかるし、所持していることで奪われるリスクがある。それに、馬で通行困難な地形も多い。
「町長としての指示も、ルーガハーツから飛ばすのは労力が並ではありません。相当信頼できる人物にブルームを任せているのか、確実に指示を届けてくれる人物を連絡役に使っているのか……」
「ルーガハーツからブルームまで、ですか? あまり現実的とは思えませんね」
ウィセナの推測にジョルジオが突っ込みを入れた。確かにジョルジオの言う通り、ルーガハーツからブルームの距離をいちいち人を使って連絡を取っているというのは考えにくい。信用できる人物にブルームのことを任せている、と考える方が自然だ。
「なら、ルーガハーツに行かないと」
ウェルナの死から日数が経っている。イスパならば、急げば間に合うかもしれない。魔石が何かに使用される前に。
「今のイスパ様にはそれが最良でしょうね。その前にもう一つ。ブルームは排外的な町と言われていますが、ウェルナ氏の研究については、町でも全く知られていません」
それはイスパも察しがついている。ブルームの町の中でも外でも、ウェルナの研究している内容が語られることはない。もちろん、魔石のことも。
「ただ、あくまで噂なのですが。ウェルナ氏の家に何者かが出入りしていたとの話がありました。イスパさん以外に、です」
「ウェルナの家に……?」
ウェルナが居る場合、鍵は開いている。入ろうと思えば入れるが、いったい誰が出入りしていたのだろうか。ウェルナは人と関わることをほとんどしていなかったように思えるが。
「それがバーゼル氏なのか、別の誰かなのかはわかりませんでした。しかし本当に誰かと会っていたとすると、ウェルナ氏の研究を知る者がいるということになるでしょう」
誰にも知られていないと思われていたウェルナの研究。神木の栽培。それを知っていた者がいる。
「だとすると、まずいかもしれません。ウェルナさんの研究や技術が目当てなら、ウェルナさん本人を確保するはず。殺して魔石を奪ったということは、魔石の使い道をすでに知っているのかも……」
体が強くないと本人が言っていた。ウェルナを連れ去るくらい造作もないはず。ウェルナ自身やその研究については用済み。魔石だけを奪った。
「わかった。ルーガハーツに行く」
イスパの速度なら、まだ間に合うかもしれない。歩きなら何日かかるかわからないが、イスパが本気を出せば一日で行ける。
「私も情報を整理してから、ルーガハーツに向かいます。バーゼルのこと以外にも、あの町で調べることがありそうです。イスパさん、後ほどお会いしましょう。お時間が合えばの話ですが……」
ウィセナもルーガハーツに向かうとのこと。イスパに比べれば到着は遅れるが、バーゼルが関わっている。情報屋として、調べないわけにはいかない。
「私も引き続きブルームの町を調べてみましょう。イスパさん、お気をつけて」
「ありがとう」
協力的な二人にイスパは例を言い、ギルドを出ていく。もう一度、ルーガハーツへ。
「お、イスパ! ギルドにいたのか」
ギルドから出ると、ちょうどカルスたちが来ていた。彼らもブルームの町の調査から戻ってきていたようだ。
「情報があったぜ。町長から口止めされてるみたいなんだが……」
「急いでる」
イスパは今すぐにルーガハーツに向かいたい。魔石に手を出される前に。
「お、おう。ウェルナ=ナトゥアの家に、誰かが出入りしていたらしい。ウェルナと関わっているとしたらそいつくらいだ。何者かはわからないが、ウェルナを殺したのもそいつかもしれないぜ」
「わかった」
話が終わると、イスパはすぐに走り出した。風に乗って飛び、町の外へ。
「文字通り風のように去って行ったね……」
いい情報を持ってきたはずだが塩対応で返された。しかしイスパの本気の急ぎようを止めるわけにもいかず、カルスら三人はただその後ろ姿を見送った。
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