第1章 5-10

その日の晩。街は明るく、淡く、輝いていた。

店や家の軒には、提灯がぶら下がり、昼間未完成だった屋台や舞台も完成して、賑わいを見せている。

宇航(ユーハン)様と待ち合わせたのは、街の水路に架かる橋の袂。

思ったより、何倍も人が多いし、熱気がすごい。

護衛がいなければ、炎珠(エンジュ)達とはぐれてしまいそうだ。

待ち合わせの場所に行きすがら、足を引きずっている私は、何度か人とぶつかり、それを心配した護衛達が私の周りを取り囲んだので、私はカゴの中の鳥状態になってしまった。

周りを見ている余裕もなく、雰囲気だけを楽しむしかなかった。

華羅(カラ)は私の肩で食べ物の話ばかりしている。お陰で私までお腹がすいてくる。

「後で、一杯食べようね!」

そういうと華羅(カラ)は短い羽をパタパタさせながら喜んでいる。

護衛に囲まれながら、進むこと四半時。足が遅いせいで随分かかってしまったが、どうにか待ち合わせ場所に着いた。

橋の上には多くの人が行き来し、立ち止まって川を流れる灯籠を眺める人達もいる。

川岸では多くの人が灯籠を手に、思いを乗せている。

色とりどりの蓮の形をした灯籠が川の流れに乗って、川下へと流れていく。

空には多くの天灯が風に乗って上へと登っていく。

その景色は幻想的で綺麗なのだけれど、どこか物悲しい気がする。

「桜綾(オウリン)、待たせたね。」

声をかけてきたのは、夏月(カゲツ)さんを連れた宇航(ユーハン)様と、あの白家の仔空(シア)様だった。

宇航(ユーハン)様だけでも目立つのに、夏月(カゲツ)さんと仔空(シア)様まで揃えば、悪目立ちだ。

美男美女に囲まれて、これはこれで生きた心地がしない。

「もう、見て回ったのかい?」

「いえ、まだ。それより、師匠と鈴明(リンメイ)はご一緒ではないのですか?」

「あぁ、憂炎達には先に、目的地に行ってもらっている。桜綾(オウリン)は中秋節の祭りが見て回りたいだろうと思ったからね。」

(目的地?)

そこがどこなのかは分からないけれど、華羅(カラ)もお腹をすかせているし、私も色々見て回りたい。

あまり多くの護衛がいると、見られないかもと思っていたら、宇航(ユーハン)様、夏月(カゲツ)さんと炎珠(エンジュ)、仔空(シア)様を除いた護衛と、灯鈴(とうりん)は目的地へと向かっていった。

宇航(ユーハン)様に敵意を向ける勇気がある者は、いないだろう。

これぞ、究極の護衛だ・・・宇航(ユーハン)様を護衛扱いするなど失礼な考えだが・・・

ともかく、お祭りを堪能すべく歩き始める。

良くみると、提灯にも色んな形や色があって、面白い。

私も華羅(カラ)もお腹がすいていたので、取りあえず1個、饅頭を買って、華羅(カラ)と分けて食べる。色んな物を食べたいから、少しずつ買うことにした。

饅頭の次は、飾り飴。それから、謎解きをしたり演舞を見て、雲呑を食べる。

その頃にはもう、宇航(ユーハン)様達の存在を忘れて楽しんでいた。

宇航(ユーハン)様達は私が大騒ぎしながら、あちこち動き回るのを嫌な顔もせず、付いてくる。

気がついた時には、炎珠(エンジュ)の手には多くの物が持たれている状態だった。

「うわ・・・炎珠(エンジュ)、ごめんね。ついはしゃいじゃって・・・重いでしょ?私も・・・」

「桜綾(オウリン)は気にせず楽しめば良い。荷物が心配なら、私や夏月(カゲツ)もいる。」

私の言葉を遮って、宇航(ユーハン)様が微笑む。その横の仔空(シア)様も笑っている。今更ながら、恥ずかしい。

「桜綾(オウリン)、まだ食べる!あれが食べたい!」

華羅(カラ)は私の肩で、まだ食べ物をねだっている。その体のどこに入るのか、華羅(カラ)は大食漢だ。

その食欲が羨ましい。

華羅(カラ)がねだっているのは、中秋節で食べられる月餅だ。

「華羅(カラ)、月餅は沢山、用意してある。桜綾(オウリン)、祭りは堪能できたかい?」

「はい!十分に。」

「そろそろ足もきついだろう。目的地に向かうとするか。」

あれだけ、はしゃげば、足が痛くなって当然だ。それにも気がつかず、楽しんでしまった・・・

確かに、両足はそろそろ、歩くのがきつくなっている。

「この先に馬車がある。それに乗って、目的地へ行こう。」

さすが宇航(ユーハン)様。私の行動などお見通しだ。ほとんど歩かずに馬車まで来ると、街からほんの僅か離れた川辺の東屋らしき場所に到着する。

街の灯りも見えるが、東屋もしっかり飾り付けられており、そこには師匠や鈴明(リンメイ)、灯鈴(とうりん)もいる。

ここが目的地か。

大きな机には沢山のご馳走と、月餅が並んでいた。

川辺にあるせいか、先ほどの街中と違って風が清々しい。

階段をもたもた降りていると、仔空(シア)様がスッと手を差し伸べて、片手を支えてくれた。

「申し訳ありません。急ぎますね。」

私が往き道を邪魔しているように思って、そういうと、

「何も急がなくても。こういうのは役得というのかな?たまには女性の手を握るのも悪くない。普段は剣しか握らないからな。」

その言葉に、宇航(ユーハン)様が眉間に皺を寄せて怪訝そうにしている。

今更、手を離すわけにも行かず、その手を支えに階段下まで降りたところで、やっと手を引っ込めた。

「ありがとうございました。助かりました。」

ここからは平坦で足場も悪くないし、広いので、私を追い越して進めるだろう。

鈴明(リンメイ)が私に気がつくと、走って駆け寄ってくる。

「お祭り、楽しかった?」

第一声でそう聞いてきたので、見た物や食べた物を話ながら、席まで一緒に歩いた。

私の右隣には華羅(カラ)用の席がちゃんとあって、左隣には宇航(ユーハン)様が、その隣に仔空(シア)様が座る。

華羅(カラ)の横に鈴明(リンメイ)が座る。

どうやら今日は無礼講らしい。中秋節は家族で祝う祭りだ。私にとって、師匠や鈴明(リンメイ)、灯鈴(とうりん)や炎珠(エンジュ)は家族も同然で、大切な人達だ。それを宇航(ユーハン)様も分かってくれていたのだろう。

ちゃんと各自に席が用意されていた。

その心遣いが嬉しい。

華羅(カラ)は、ご馳走を前にはしゃぎながら、珍しく宇航(ユーハン)様の肩に乗っている。

宇航(ユーハン)様はそれを嫌がりもせず、華羅(カラ)にもう少し待つように話し相手をしている。

それを見ていた仔空(シア)様も、始めは不思議そうにしていたが、宇航(ユーハン)様から話を聞いたのか、宇航(ユーハン)様を介しながら、華羅(カラ)との会話を楽しんでいた。

3日前にご馳走を食べたばかりだというのに、今日もご馳走だ。普通ならもっと、太りそうな物だが、私の体は小さいまま。

以前よりもしっかり食べているのに。

皆の杯に酒が注がれると、いよいよ宴会の始まりだ。

まずは宇航(ユーハン)様が飲み、その返杯で皆が飲むと、早速、好き放題に食べ始める。

華羅(カラ)は自分の位置に戻って、山盛りの唐揚げと魚の煮付けを交互に食べている。

祭りであんなに食べたのに・・・

感心しながら、酒のつまみに魚をつつきながら、宴会の雰囲気を楽しんでいた。

川下に近いせいか、街から流れてきた灯籠が、川面に浮かび、空には大きなまん丸の月が浮かんでいる。

これが本来の中秋節なのだ。

皆が騒いでいる中、私は杯と酒壺を持って、少し離れた川辺の石に腰をかけて、靴を脱いで川に足を浸ける。

歩きすぎて火照った足には丁度良い冷たさだった。

灯鈴(とうりん)に見られたら、怒られそうだが、ここには誰もいないから、良いだろう。

日本では灯籠は、死者を弔い、願いを込めて流す物だった。

ここでは、灯籠を流すことで、亡くなった家族を迎え、家族団欒を先祖と共に行う為の儀式だ。

川面に浮かぶ灯籠、一つ一つに人々の亡くなった人への思いが込められているのかと思うと、私も生母の為に流すのも良かったかも知れないと思った。

が、肝心の灯籠を買い忘れている。すっかりのぼせ上がっていた様だ。

一人で酒を飲みながら、川岸で感慨に浸っていると、当然のごとく、宇航(ユーハン)様が現れた。

「一人でどうした?何か悩み事かい?」

もうこのシュチエーションにも慣れた。宇航(ユーハン)様は心配性なのか、常に私を注視している。

「いえ。ただ、生母の為に灯籠を流してあげるべきだったかなと、考えていたんです。肝心の灯籠を買い忘れたんですけど。」

浸した足を前後に動かしながら、そう答えると、宇航(ユーハン)様が胸元から、蓮の灯籠を出してくれる。

「そう思って買っておいた。今からでも遅くはないと思うが?流してみるかい?」

宇航(ユーハン)様が差し出してくれたのは、薄桃色の綺麗な蓮の灯籠。真ん中に小さな蝋燭が入っている。

何も言わずそれに火を付けてくれる。そして私の手に渡してくれたので、足をそのまま川底に着けて、そっと灯籠を流した。

顔も声も何も記憶にない母の為に。この国に写真があれば、もう少し、母への思いをその灯籠に乗せられたかも知れない。

何も記憶がない私には、蓮を流す作業になっただけ。それでも少しは母の弔いになればと思う。母の家族と言える人間は、もう私しかいないだろうから。

街から流れてきた灯籠と同じように、私が流した灯籠も川下へ流れに乗って下っていく。

いつかは海にたどり着いて、きっと皆の思いごと底へと沈んで、何もなかったかのように時間をかけて、自然の中へ消えていく。まるで人の記憶と同じ様に。

私はまた石に腰を下ろして、その灯籠が流れていく様をじっと見ていた。

「君は、時々、私よりも年上の様な表情をするな・・・でもそれは、いつも悲しみを抑えている時のようにも見える。」

片膝を立てて私の隣に座っている宇航(ユーハン)様が、私の顔を見ながらそんなことを言う。

「そんなにじっと見なくても・・・でも、もしそう見えるのなら、桜の記憶のせいかもしれませんね。なんせ桜は28歳だったから。死んだ時。」

「そうか・・・」

宇航(ユーハン)様はもう一つ灯籠を出すと、それに火を付けて、川面へ流す。

「これは桜の分だ。」

そう言われて、少し複雑な気分になった。なぜだか、自分を弔っている様な気分だった。けど、嫌な気分ではない。

私の知っている悲しい記憶の桜は、この黄仁という国で、私達に大切に思われて、こうして灯籠を流してもらえる存在になったのだから。

母より桜の方がよっぽど私には身近で、思い入れも深い。だから、宇航(ユーハン)様が流したあの灯籠は、私にとっても、桜にとってもありがたく思えた。

「桜綾(オウリン)、もしも君の信用している誰かが、隠し事をしていたとしたら、君ならどうする?」

急に振られた話の意図が分からなくて、首をかしげる。

「いや。何でもない。気にするな。」

「もっもし、私の信用している人が隠し事をしているなら、それは、理由があってのことだと思いたい。卑屈に考えれば、私を信用してくれていないのだろう、とか、私はそこまで大切な人間では無いのだろうとか、悪い方に取る事も出来る。でも、私も、まだ本当の私を師匠達には話していないんです。大切だからこそ、話せなかった。失いたくなかったから。」

「でも、私には話したじゃないか。じゃあ私は失っても良かったのかい?」

「そういう意味ではなくて。いや、そうかも知れない。もし変な奴だと思われて、追い出されたとしても、いいと覚悟して話したから。信じてもらいたい気持ちの方が大きかったけど。でも、師匠達は・・・黄泰で唯一、私の味方で、師匠や鈴明(リンメイ)がいない生活では、桜の記憶があったとしても、耐えられなかった。だから、怖かったんです。それと同じで、きっと話せない事情があったと思って、それを打ち明けてくれたときに、話をちゃんと聞こうと思います。」

そう思う方が自分も楽なのかも知れない。私が師匠達に話をしていない事への言い訳にも思えてくる。

そして願望なのかも知れない。

「そうか。変な話をしてすまない。ちょっと聞いてみたかっただけだ。」

いつの間にか、まん丸お月様も空の一番高い所へ登っている。灯籠ばかり気にして、川面ばかり見ていてから、主役の月を見るのを忘れていた。

―ヒュゥゥウウウー

川向こうから大きな音が響く。

「これを君に一番、見せたかった。」

宇航(ユーハン)様の言葉と同時に、空に大輪の花火が咲く。

「えっ?」

宇航(ユーハン)様の声は花火にかき消された。宇航(ユーハン)様を見ている私の首をグイッと花火の方へ向ける。

それから、何故かそっと私の左手に、自分の右手を重ねる。

別に嫌でもなかったので、そのまま花火を見ていた。

花火は次々上がり、大きな音を立てては夜空に消えていく。大きな月の下に輝く花は、あんなにも美しい物だろうかと見入ってしまった。

「桜綾(オウリン)~どこ~」

そこへ突然気の抜ける声が響く。華羅(カラ)だ。

宇航(ユーハン)様が私の手から手を離したので、私は立って声のする方へ体を向けると、華羅(カラ)が飛び込んできた。

「気がついたら、桜綾(オウリン)いなかったの。華羅(カラ)は淋しかった。」

私の平たい胸に頭をグリグリ押しつけながら、しがみつく。

「ごめんね。華羅(カラ)。ちょっと涼みたかったの。ここで一緒に花火見る?」

「もう、置いていかないで。華羅(カラ)は桜綾(オウリン)と一緒がいいの。華羅(カラ)はここにいる。」

よほど淋しかったのか、しがみついた手を離そうとしない。

仕方なく、華羅(カラ)の背中をポンポンと叩いて落ち着かせる。

「まるで、親子だな。」

宇航(ユーハン)様は笑いながら、私達のやりとりを見ていた。

そこへ今度は仔空(シア)様が、月餅を片手にやってきた。

「鳥が急に暴れ出して、こっちに飛んでいったから、追いかけてきた。せっかくの中秋節だ。これを喰わなきゃ終れんだろ?」

そう言って私達に月餅を手渡す。

「ありがとうございます。華羅(カラ)、月餅食べよ?もう置いていかないから、ね?」

そう言って月餅を半分に割って華羅(カラ)の前に差し出すと、華羅(カラ)は足で上手に月餅を受け取る。

石に再び腰をかけた私達は、膝に乗って月餅を食べる華羅(カラ)と花火を見ながら、中秋節の最後を締めくくった。


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