第1章 5-9

中秋節。朝から屋敷では使用人達がバタバタと作業をしている。

と言うか、街中が騒がしい雰囲気で溢れている。

祭りの本番は夜だが、昼からその準備で町中が浮ついている感じだ。

今日ばかりは私も楽しみだ。

小さな頃、灯鈴(とうりん)と黄泰の中秋節へ行ったらしいが、あまり記憶にない。うろ覚えに何かの動物の仮面を買ってもらった様な気もする。その仮面も、今はもう私の手にはない。きっと母の物と一緒に処分されてしまったのだろう。

今回は違う。しっかり記憶にも残るし、一緒に楽しんでくれる人が沢山いる。だからこの際、しっかり楽しんでしまおう。

厨房では月餅を作る準備が始まっている。

炎珠(エンジュ)に頼んで、護衛何人かと昼の街を少しだけ、楽しむことにした。

まだ屋台も準備中で、見る物はあまりないですよと言われたが、昼間の賑わいも見ておきたかった。

動きやすい服に着替えて、華羅(カラ)を肩に乗せ、門を出る。

屋台を組み立てている人や、舞台の用意をしている人、すでに用意を終えて、売り物を並べている人など、多くの人の声や物音が、そこら中に広がっている。

それを見ながら歩いていると、華羅(カラ)の姿が珍しいのか、色んな人から、華羅(カラ)に声がかかる。

大体は綺麗な鳥だね、とか、随分なついているね。とかそんな言葉だが、中には、売ってくれと言う人もいた。

その度に華羅(カラ)は喜んだり、怒ったりしていたが、勿論、売る気はない。

まぁ護衛達に睨まれて、その人はさっさと逃げて行ったが。

この日は多くの人が近隣の街や村からも出てくるようで、綺麗に着飾ったお嬢様や、私のように護衛を付けた若様などの姿も多く見られる。

宿は満員状態で、飯屋も随分繁盛しているようだ。その様子を見ながら、華羅(カラ)や炎珠(エンジュ)と今日の夜はどうなるのか、楽しみだと話をしていた時だった。

「こんにちは、朱家のお嬢さん。」

そう言って誰かが声をかけてきた。一瞬、炎珠(エンジュ)が私の前に立って、剣に手をかけるが、すぐにその手を収め、一礼すると、他の護衛達もそれに従い、礼をする。

私も慌てて礼をしようとしたが、その声の主に止められた。

「礼は要らないよ。同じ身分だから。」

そこには、白花色(しらはないろ)の衣を纏った武人のような若者がたっていた。宇航(ユーハン)様が美しいなら、彼は凜々しいと言う言葉がよく似合う。これまた端正な顔立ちだが、目鼻立ちがはっきりとしている。

私がどうして良いか分からず固まっていると、

「あぁすまない。私は白家の者だ。名は仔空(シア)という。」

そう、自己紹介してくれた。私も何か返さなくてはと思い、

「私は朱・桜綾(オウリン)です。」

とお辞儀をすると、仔空(シア)様が豪快に笑う。何だか私の父のような笑い方だ。

「母から聞いてはいたが、本当に良い子なんだ。宇航(ユーハン)のやつ、こんな可愛い子を俺に紹介しないとは。」

母?宇航(ユーハン)様の知り合い?戸惑っている私に、

「白領主のご次男です。」

耳元でそっと炎珠(エンジュ)が教えてくれる。

(白家の領主と言えば・・・翠美様・・・だったかな。)

「申し訳ありません。存じ上げなかったもので、失礼を致しました。」

「いや、まだ何もされてないけど?自己紹介しただけだ。知らなくて当然だし、そんなに畏まらなくてもいい。俺も中秋節の見物ついでに、久しぶりに宇航(ユーハン)に会いに来ただけだからさ。じゃぁそういうことで!」

何だか嵐のようにやってきて、台風のように去って行った。

狐にでもつままれた気分だ。

「炎珠(エンジュ)・・・今のは・・・何?」

「さぁ?何がしたかったのでしょう・・・私も顔を知らなければ、抜刀していました。」

よく分からない状況に、立ち往生したので、一旦、屋敷に戻ることにした。

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