第1章 5-8
次の日の夕方。
師匠や鈴明(リンメイ)、宇航(ユーハン)様と炎麗(エンレイ)様、炎鈴(エンリン)様に、宇明(ユーメイ)様まで、私の誕生祝いに来てくれた。
他は使用人と護衛だけ。が・・・それだけでも大人数だ。
使用人と護衛には他の場所で、食事が振る舞われる。仕事柄、酒を出すわけにはいかないが、食事だけでもと、両親に頼んだ。使用人と屋敷の人間の境は必要だと思う。それが黄仁という国のシステムだから。
でも、せめて主人がご飯を食べるなら、使用人や護衛にもご飯を食べて欲しい。本当は、そんな境なく皆で食べられたら楽しいだろうが、彼らには彼らの仕事がある。それを誇りに思っている人もいる。それを私の思いだけ押しつける事の方が失礼な場合だってある。
だから、この国のシステムを理解しつつ、公平にする方がいいのだ。一番やってはいけないことは、人間として扱わないこと。それだけを忘れなければいい。
宇航(ユーハン)様達はそれぞれの席に着き、一人ずつ護衛を後ろに連れている。
私は、母に着飾られお人形のように、自分の席に着いてじっとしているが、華羅(カラ)は「ご馳走はまだか」と私の肩で騒いでいる。
宇航(ユーハン)様には華羅(カラ)の声が聞こえるので笑っている。
そうしているうちに、食事と酒が机に並んでいく。華羅(カラ)の分もちゃんと用意されていた。
海の幸が多いが、唐揚げも並んでいる。きっと母が作らせたのだろう。
それらが運ばれると、華羅(カラ)は瞳を輝かせて、今にもよだれを垂らしそうだ。
最後に酒が運ばれ、提灯が灯ると宴が開始した。
宇航(ユーハン)様が乾杯の音頭を取り、一斉に杯を空にする。
「桜綾(オウリン)、おめでとう。これは私からの気持ちよ。」
そう言って、炎麗(エンレイ)様が小さな箱を手渡してくれた。箱からして、高価な物だと分かる。
中を開けると、翡翠の腕輪だった。手が震えるほど高価な物だが、返すわけにも行かない。ありがたくもらっておこう。
「ありがとうございます。嬉しいです。」
そういうと炎麗(エンレイ)様も満足そうに頷く。
それからは、贈り物の嵐だ。炎鈴(エンリン)様からは耳飾りを、宇明(ユーメイ)様からは中々手に入らなかった書物を、師匠からは手作りの香箱を。鈴明(リンメイ)から手巾と香袋を。炎珠(エンジュ)からは護身用の短剣を。灯鈴(とうりん)からは紐飾りをもらった。
そして、宇航(ユーハン)様からは、あの紫の石の付いた簪をもらった。あの時の石より大ぶりで銀細工の綺麗な簪。
「これ・・・」
「あぁ炎珠(エンジュ)に聞いたんだ。君の好みが分からなくてね。気に入ってもらえれば嬉しいんだが・・・」
何だか恥ずかしそうに見えるが、灯りのせいだろう。
「はい。気に入りました。ありがとうございます。」
お辞儀をすると、皆がクスクス笑いながら、こちらを見ている。
何故笑われているのか分からないが、嫌な笑い方ではないので、気にしないでおこう。
その横で、華羅(カラ)はさっきから唐揚げを必死にむさぼっている。
(もしかして、これに笑ってたのかな?)
自分の唐揚げを食べ終わると、私のお皿の唐揚げをじっと見ている。
(かわいい・・・)
「華羅(カラ)、私の唐揚げ、食べる?」
「食べる!桜綾(オウリン)、好き。桜綾(オウリン)、優しい。」
そう言って、私のお皿から2つだけ自分の皿に乗せて、3つは残している。
「ん?華羅(カラ)、全部食べて良いよ?」
「華羅(カラ)も食べる。桜綾(オウリン)も食べる。これで一緒。」
(可愛すぎる・・・食べてしまいたい・・・)
そんな愛おしさを感じながら、私もお酒と食事を楽しんでいた。
皆が酔い始めると、私の隣に炎鈴(エンリン)様がやってきた。
「桜綾(オウリン)、宇航(ユーハン)の贈った簪、付けないの?」
ニヤニヤ、何かありげに聞いてくるが、その意図は分からない。
「お姉様・・・。高価な物だと思うので、付けるのは気が引けて。付けた方がいいですか?」
「そりゃ、付けたら宇航(ユーハン)も喜ぶと思うけど?だって着けて欲しいから贈ったのだろうし。」
やっぱりニヤけている。
「私が着けてあげるわ。きっと似合うはず。宇航(ユーハン)が選んだんだもの。」
そう言って、箱から簪を取り出すと、私の頭に挿してくれながら、話を続ける。
「ねぇ、桜綾(オウリン)は、簪を男性からもらう意味って知っている?まぁ宇航(ユーハン)もその手には興味ないから、これを選んだのだろうけど。」
「いえ。こんな高価な贈り物をもらったのは初めてで・・・皆様から頂いた物も本当に頂いて良いのか、なんだか申し訳なくて。私なんかのために、こんなに用意して頂いて、感謝しかないです。」
誕生日を祝われるのも、贈り物を頂くのも初めて過ぎてどうしたら良いか分からない。
「誕生日なんだから、もらっておけばいいのよ。価値よりも、桜綾(オウリン)の為に皆が選んだって事が大切なのだから。でも簪だけは、本来、違う意味があるの。簪は好きな人に贈る物だから。」
その言葉に驚いて、後ろを振向くが、すぐに前を向かされる。
「残念ながら、宇航(ユーハン)は知らないでしょうね。だからこの簪にも多分、深い意味はないと思うわ。本当に残念。」
さっきから残念ばっかり言っているように思うが、何が残念なのか、私には分からない。
「ハイ、できた。うん。よく似合ってる。」
そう言って私を正面から見て、納得したように頷いている。
鏡はないので、私には確認できないが、炎鈴(エンリン)様は早速、宇航(ユーハン)様に声をかけている。
それを聞いて宇航(ユーハン)様が振向くが、こっちをチラリと見ただけですぐに視線を元に戻した。
(似合ってなかったのかなぁ)
少し切ないような気持ちになったが、酔った炎珠(エンジュ)が絡んで来たので、その気持ちもすぐに消えた。
華羅(カラ)はお酒を飲んで、フラフラしている。この子はお酒も大丈夫らしい。本人に確認したら、大丈夫だと言うので飲ませてはみたが・・・
本来、鳥にお酒を飲ませてはいけないし、雑食にしても、人と同じ味の物や、ネギ類は厳禁のはずだが・・・華羅(カラ)は全く平気で、本当に何でも食べるし、食べても異常はない。
黄仁の鳥は、私の知っている鳥の生態とは違うのかも知れないとも思ったが、宇航(ユーハン)様もこんなに何でも食べられる鳥は初めて見たと言っていたので、華羅(カラ)が特別なのだろう。
「華羅(カラ)、そろそろお部屋に戻る?」
「私はまだ酔ってません!」
華羅(カラ)に話しかけたのに、炎珠(エンジュ)が返事をする。華羅(カラ)はこちらを見て、フラフラしながらやってくると、ポスっと私の胸に飛び込んで来る。
華羅(カラ)が落ちないように、しっかり抱えると部屋へ連れ帰るため、そっと席を立つ。
皆は、まだ楽しそうに騒いでいるので、何も言わずに部屋へ入った。
寝台の真横にある華羅(カラ)の寝床にそっと乗せると、すぅすぅと寝息を立てている。
またそこからそっと抜けだし、宴会場へ戻るのも面倒なので、部屋の外の階段に腰掛ける。
もうすぐ十五夜なだけに、少しだけ欠けた月が、頭上から優しい光を放っている。
誕生日とはこんなにも幸せな日だったのか。
ここにいる誰もが、私の生まれた日を、私が生まれたことを祝ってくれている。
何故、私は生まれてきたのか、何故、桜と同じように苦しい人生なのか。神様はいじわるで、前世と同じ事を私に追体験させているようで、辛い日が多かった。けれど、今日はそんな私でも生きて良いと言われた気がした。
皆には言わないけど、嬉しくて涙が出そうだった。
泣いたらきっと両親が大騒ぎする。
それでも、あの月の光のように柔らかく、闇を照らしてくれる優しさに、もう少し浸っていたい。
まだ暖かな風とひんやりとした石段が心地よかった。
石段に座って、一人月を見上げていると、気配も感じさせず宇航(ユーハン)様が隣に座る。
驚いて、少し腰をずらして、場所を空ける。
「今度は月見かい?月見には酒が必要だろ?」
そう言って、酒と杯を差し出す。どうやら宇航(ユーハン)様も、あそこから抜け出してきたようだ。
静かに杯に酒を注ぐと、その一つを渡してくれる。
「この前は星の話をしてくれたが、月の話はないのかい?」
そう言いって酒を飲みながら、月を見上げている。
月の話は日本にも沢山あった。竹から生まれて月に帰った姫や、月から来たヒロイン戦士、神話も沢山ある。
でも、私が一番好きな桜の記憶にある月にまつわる話。
「日本という国では、十五夜と言って、中秋節のようにお月見を楽しむ風習がありましたが、桜の時代ではあまり行われていなかったようです。でも、月には兎が住んでいて、それが餅をついていると言われていました。月の影がそう見えたからです。そして、その月は文学・・・こちらで言う、講話本にも影響を与えました。その中でもある有名な人が書いた一文は、他国でも知られるほど、素敵な言葉でした。」
私も杯を空にする。それに宇航(ユーハン)様は新しく酒を注ぎながら、
「それはどんな言葉なんだい?」
「月が綺麗ですね。」
「えっ?あぁ、綺麗だな。」
「そうじゃなくて、その一文です。女性に愛の告白をする時、奥ゆかしい民族だった日本人は、直接、愛をささやくのではなく、そんな言い回しでも愛が伝わると。だから、男性から、月が綺麗ですね、と言われるのは幸福な事です。」
「そんなんじゃ、伝わらないだろう・・・普通。」
宇航(ユーハン)様は少し笑いながら、額を掻いている。
「そうですね・・・でも、素敵な表現です。では、こういうのはどうですか?あの月を取って差し上げましょう。」
「月を取る?」
「ええ。月を宇航(ユーハン)様に差し上げましょうか?」
宇航(ユーハン)様は不思議そうな顔をしている。まぁ普通に考えて、月を取る事なんて不可能だし、私だって本当の月は取れない。
私は部屋から、少し大きめの椀に水を入れて運んで来る。
そこに月を写して、宇航(ユーハン)様を近くに呼ぶ。
「どうです?まるで月が手元にあるように見えるでしょう?」
それをみて、宇航(ユーハン)様は一瞬固まったが、急に笑い始めた。
「あははは。確かに月を捕まえたな。面白いし、趣深い。」
私の手が揺れると、お椀の中の月がゆがむ。それもまた、風流とでも言うべきか・・・。
「しかし、不思議な物だな。まるで違う世界なのに、似た風習があったり、文化は違っても、月を愛でることに意味を持たせたり。案外、人間はどんな世界でも、同じなのかも知れないな・・・」
確かにそうだ。月や太陽はいつの時代も、その土地を支え、豊穣や安らぎをもたらす。
ここには高度な物は何もないが、だからこそ、見える物や感じる物が多い。
「では、私は君に、ここでの中秋節の楽しみ方を教えなくてはな。一緒に祭りに行ってくれるかい?」
「えっ?」
今度は私が驚く番だった。誘われるとは思っていなかったので、灯鈴(とうりん)達とでも出かけようかと思っていた。
「私も久しぶりなのだ。中秋節は家に籠もっていることが多かったからね。」
「私は、行ったことがありません。いつも塀の上を飛ぶ天灯を眺めるだけだったから。うちはいつも母屋だけ賑やかで。でも、大きな月は一人でも十分楽しめましたけど。正直、お祭りに行ってみたかったから、誘ってもらって嬉しいです。」
素直にそう答える。
「よし!そうと決まれば、私も久しぶりの祭りを楽しむとしよう。朱有は他の街よりも祭りが派手だからな。月餅も皆で食べよう!」
二人で乾杯をして、また月を眺める。その近くでは、酔って騒いでいる炎珠(エンジュ)や師匠の声が響いてくる。
また一つ、私の良い思い出が増えた1日だった。
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