第4話 最後

 十二年後。ウルメスが十九歳になった頃、ウルメスはこの国、イェナの軍に入隊していた。ウルメスの入った孤児院は軍が運営していたからであった。孤児院の子供達は軍の訓練を受け、成長したら必ず軍の入隊が決まっていた。

 孤児院でウルメスは初めて教育というものを受けた。読み書きができるようになり、この世界の歴史や成り立ちを学んだ。ウルメスは知らなかった。世界の砂漠化は、ある種族の人類によって進められているのだということを。

 この世界には二つの人種が存在しており、ロートヒッツェ人とイーリオス人である。

 約二百年前ロートヒッツェ人が、イーリオス人の持つ太陽の欠片と呼ばれる、体内に含むと魔法が使える石を、イーリオス人から奪おうと、イーリオス人と戦争を始めた。

 ロートヒッツェ人とイーリオス人の戦争は激しさを増し、互いに疲弊していった。

 だが、ロートヒッツェ人の方が優勢で、ついにはイーリオス人を滅ぼしかけたのであった。

 その時、生き残りのイーリオス人は、ロートヒッツェ人を道連れにするために世界が砂漠になる魔法を唱えた。

 それからというもの、世界は砂漠化が進行し、人々が住める土地は外側の乾燥地帯のエーリモスと、内側の温暖で湿潤のシュトーに限られてしまった。

 そして今もこのシュトーとエーリモス内に、生き残りのイーリオス人は存在している。そのイーリオス人の持つ太陽の欠片を使って砂漠化を止めるべくイェナ軍は動いていた。その一員としてウルメスも仕事にあたっていた。

 仕事は太陽の欠片の所持者を見つけ出すことや、街の治安の維持や、犯罪の取締りなどであった。

 ウルメスはこれらの仕事をする傍ら、母であるレネイの行方を、十二年間探し続けていた。

 探して、探して、探し続けて、やっとウルメスはその老人に辿り着いた。

 休日、ウルメスは第三地区に身を運んだ。第三地区は第五地区の次に栄えている地区であった。

 ウルメスが繁華街で聞き込みを行っていると、ある老人が話しかけてきた。

 髪と髭が白く長く、腰が曲がり、杖をついていた。だがどこか優しい表情で、すぐに気を許してしまいそうになる、そんなオーラを放つ老人であった。

「お兄さん、レネイ・ラナンキュラスさんをお探しですか」

 その言葉を聞いた時、ウルメスは目をかっと開き、大いに興奮した様子で、

「僕の母親をご存知なのですか!」

 と。

 続けて老人は言った

「ええ、お会いしたいのならば案内いたします」

「生きているのですか!?僕の母は!今すぐ会いたい!是非会わせて欲しい!」

「分かりました、こちらです」

 そう言って老人は歩き始めた。

 細い路地や裏道を通ってたどり着いたのは、古く小さな宿屋だった。

 ウルメスは老人を追い越してその宿屋に入る。

「母さん!どこだ!どこだ!どこにいるんだ!やっと迎えにこれたよ、母さん。やっと会えるよ」

 空き部屋のドアを開けて回る。

 そんな興奮したウルメスとうって変わって、老人は浮かない表情だった。老人はそっと優しくウルメスに話しかけた。

「お兄さん、あなたのお母さんが生きていることは事実です。ですが、あなたが想像しているお姿ではなくなっているでしょう。すみません、私どももどうにか彼女を救いたかった。けれど、私が彼女と出会った時にはもう彼女は・・・」

「なんだって、母さんがどうしたんだ。母さんに何があった!」

「この部屋です」

 レネイがいた部屋は廊下の突き当たり、一番陽の光のさす優しく静かな部屋だった。

 母に会えるのだという喜びと、老人の言葉による不安を抱きながら、ウルメスは勢いよく扉を開けた。

「母さん!」

 そこにいたのは、髪も歯も無く、骨と皮しかない程に痩せこけた女性だった。

「あああ!母さん!」

 悲しかった。十二年。十二年の間ずっと探してきた仕打ちがこれか。あまりに酷すぎる。何故母はこんな姿にならなければならないのか。母が何か悪い事をしたか?何故こんな仕打ちを受けなければならない。

「なんて酷い……どうして……どうして……」

 面影はある。だが、もうほとんど別人のような顔つきになっていた。

 ウルメスは小枝のようなレネイの手首を持ち上げ、ギュッと手を握り声をかけた。

 「母さん、僕だよ、ウルメスだよ。ごめん、ごめん。迎えに来るって……迎えに来るって約束したのに……。母さん……母さん……」

 レネイは目をつむったままだった。今にも息絶えそうな弱い呼吸を繰り返していた。レネイはもうすでに危篤状態に陥っていた。

 老人がウルメスの横にきて、ある手紙をウルメスに渡した。

「これはあなたのお母さんがここに来た時、大切に持っていた手紙です。これだけは絶対に息子に渡したいとひつように何度も言っていました。どうぞこれを」

「母さんが……僕に……」

 手紙を受け取り、滲んだ視界のなか、目をこすりながらその手紙を読んだ。

「ウルメス、私の命はもう長くないわ。だからあなたへの思いをこの手紙に託す事にしたの。あなたへの思いが届く事を祈りながら書いているよ。まず最初に、ウルメス、この世界に生まれてきてくれてありがとう。あなたがいてくれたおかげで、私はこの世界で生きる事ができた。あなたが私の生きる理由になってくれたから、私は頑張る事ができた。ウルメスには感謝してもしきれない。ありがとう、私の生きる理由になってくれて。それから、私はウルメスの笑顔が大好きだった。どんなに苦しくたってあなたが笑えば、辛いこともへっちゃらになった。ウルメスの全てが愛しかった。あなたの声が好きだった。あなたの匂いが好きだった。あなたの瞳が好きだった。お父さんに似て少し吊り上がっているところとかね。ウルメス、私が死んでしまった事を知っても、決して自暴自棄にならない事。これはお母さんとの約束だよ。あなたは強い子よ。きっと乗り越えられるわ。私のことなんて忘れて、あなたはあなたの人生を生きるの。あなたの未来は輝いているわ。希望を持って、明るく生きるの。ウルメスなら出来るって、私は信じてるよ。もう一度会う事は出来ないかもしれないれけど、私の、あなたへの愛は永遠よ。ずっとずっと愛してる。母より」

 ウルメスは泣いていた。涙が溢れて仕方なかった。

「母さん、ありがとう。俺をこの世界に産んでくれて。母さんの優しさが、俺の生きる糧だったよ……」

 それから数日後、レネイは息を引き取った。

 最後にウルメスは、

「いってらっしゃい」

 と言って、レネイの額にキスをして見送った。

 ウルメスはレネイの晩年の事を、名をロウというその老人から教わった。

 レネイはその後マーズの元へと戻ったが、マーズはすでに兵士に殺されていた。

 行くあてのなくなったレネイは様々な地区を放浪していた。そこで身売りをするしかなかった。

 病気で身売りが出来なくなったら、今度は髪や歯、爪を売って、餓死寸前のギリギリの生活を送っていたらしい。ついに髪も生えなくなってしまった時、行き着いたのが、ロウの宿屋だったのだ。

 ロウは死ぬ寸前のレネイを匿って、食事と寝床を提供した。

 その数週間後、ロウはウルメスと出会った。

 ウルメスはその宿屋の近くの墓地にレネイの墓をたてた。そして毎月一度は必ずレネイの墓参りに来た。

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The Fist Of Steel 葛嶋心秋 @muneaki1105

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