第2話 救国の女神は本の続きを書く。

メーライトの身体は細く、弱く、背も小さい。

人形のようと言われる事もあったが、農家の娘としては最低最悪のスペック。

使い途なんて[貴族のジジイに愛玩用で売るしかない]と言われる程だった。


近年、税率が上がり、芋と麦だけでは生活が厳しかったメーライトの家では、両親は余裕なく働き、体の弱いメーライトは芋の入ったカゴが持てるようになるまでは邪魔一択で、日々留守番を命じられていた。


姉はとにかく意地悪で、メーライトを疎ましく思い、嫌っていた。

それには理由があって、メーライトが働かない分も仕事を頼まれる。

12歳で掌はガチガチに皮が固くなり、農家の娘の手になっていた。

そして親達の言う「子供は2人いるんだから、2人分の結果は出してほしい」という、ふざけた言葉。

メーライトが働けないのなら、メーライトの分は頭数に入れるなと思っていた。

だが親からしたら関係なかった。

そこに容赦はなかった。


更に姉はメーライトの世話をやらされる。

お湯なんてものはなくて、水で頭や身体を洗うのだが、その際も腹立たしいのは、メーライトの手は柔らかく、外仕事も出来ないからと家にいるので、シミもそばかすもなく、白く透き通るような肌。

自分は日に焼けて、そばかすだらけで土埃でガビガビな髪なのに、メーライトの髪はボロボロだが、比べるまでも無かった。


姉の不満は全てメーライトに向かう。


メーライト自身、家族のお荷物の自覚もあるので、悪く言われる立場も甘んじていた。


それが悪循環になり、姉の仕打ちは激化していく。


ある時、親が貰ってきた本をメーライトに渡す。

親なりの優しさ。

せめて知恵をつけて力仕事ができなくても、読み書きで食べられるようにという話だったが、これがまた姉のプライドを傷付けた。


メーライトが字を覚えると、自身はまだ知らない言葉なんかもメーライトは知っていく。


これが決定打になり、姉は殊更メーライトを敵視するようになる。


姉は肉体的に痛めつけたらすぐに死んでしまいそうなメーライトを、精神的に苦しめる事にした。


姉は執念で本を読めるようになると、メーライトに「アンタはアーセワと一緒で、冷たい雨の中、誰にも助けてもらえなくて死ぬんだ」と本の一節を持ち出してメーライトの心を痛めつける。


「主人公のワルセナが幸せで、ハッピーエンドの物語。でもアンタは主人公じゃない。アンタはアーセワと一緒。何も成せずにただ冷たい雨の中、路地裏で助けられずに死ぬんだ!」


メーライトは何度も【メイド物語】を読んだ。

ストーリーは孤児のワルセナが、メイドとして金持ちのお屋敷に勤め、最初は周りの足を引っ張り疎まれるが、結果を出すと皆が認めてくれて、最後には子爵の生き別れの娘だとわかり、家に戻った記念のパーティーで、そこに来た伯爵の息子に気に入られて幸せな結婚をする物語だった。


口にはしなかったが、足を引っ張る存在が、努力の末に居場所が出来て幸せな終わりを迎えることに自己投影していた。

だが姉から刷り込まれるように言われたのは、劇中、ワルセナの代わりに買い出し名乗り出て、雨が降ってきたからと近道をしようと路地裏に入った所で、物取りから後頭部を殴られ、金と物を取られて、助けも呼べずに倒れてしまったアーセワこそがメーライトだと言われた。


メーライトは豊かな想像力が災いとなり、その情景を思い浮かべてしまう。

忘れるように、かき消すように、メイド物語を読んでワルセナに意識を向けても、ワルセナの情景を思い浮かべて、皆と明るく仕事をして、出先で出会った子爵が、死んだ母と自分を見間違えた事で親子だと判明し、屋敷を辞めて子爵家に入り、伯爵の息子にみそめられるシーンに自分を重ねても、読み終えて本を閉じるとアーセワの姿が浮かんでしまい、日中、誰もいない家の中で声を上げて震え上がってしまった。


日に日に表情を暗くして落ち込んでいくメーライトを親は流石に心配すると、それすら姉の機嫌を悪くして、姉は更にメーライトの心を痛めつける。


そのうち、メーライトは一つのことを思い浮かべるようになっていた。


「アーセワは死んでない」


実際アーセワは襲われて倒れたが、死んだ言及はどこにも無い。

その後出てこないだけで、生きているかもしれない。


そう思ったメーライトは、日長にこれでもかとアーセワの人生、隠れた設定なんかを考えてしまった。


アーセワは優しい町の人に助けられたが、殴られた事で一時的に記憶と名前を失う。

持ち前の優しさとメイドとして培った能力で、助けてくれた人たちに尽くすと、娘のように扱われる。

アーセワの凄い所は、どんな質の悪い食材からでも沢山のご馳走が作れる所で、炊き出しを行うと、町の隠れた人気者になる。


アーセワが記憶と名前を取り戻したのは、ワルセナが子爵家に言ってからの事で、金持ちの屋敷に戻ると皆が生還を喜んでくれる。

アーセワはそのまま金持ちの屋敷に戻る事も出来たが、助けてくれた町の人達に尽くしたいと言って暇を貰い、助けてくれた人たちの所に戻ると、得意の料理で皆を笑顔にした。


この物語を思いつくと姉の言葉は気にならなくなった。

顔色は良くなり目に力強さが戻り、両親が安堵した晩、不思議な夢を見た。

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