【ED:3年後】

…あれからどの位経っただろうか。

シドは来る日も来る日も、アルヴェルとの死と隣り合わせの様な実戦訓練を強いられた。


最初の方は基礎体力を作るとか言われたが、内容はハードだった。

夕暮れまで走ったり、剣を振ったり、アルヴェルの殺気交じりの剣を交わしたり、死にかけたりした。

鍛錬とは無縁の人生を歩んでいたシドにとって、それは地獄の日々だった。


筋肉がそこそこ付いてきたら、走る訓練よりも模擬戦が増えてきた。

これも何回か三途の川が見えた。

そのお陰で、付け焼き刃ではあるが、アルヴェルの技を模倣する事が出来る様になった。


そうすると今度は実戦が始まった。

対モンスター戦と対人戦をひたすら繰り返す。

対人戦と言っても、アルヴェルが人に見立てた案山子を使った予習や復習があり、その後アルヴェルと死闘をするだけなのだか。

人の身体の何処に弱点があり、そこを如何に少ない手数で捉えて、剣を当てるか。

相手の癖や技を見切り、逆に自分の技や癖を悟られない様にするという訓練だった。


一番大変なのは、モンスター戦だった。

日によって大小様々なモンスターと強制的に戦わせられる。

より柔軟に相手を見極め、どんな相手だろうと倒し切る為だ。

出来なければこちらが殺されるだけの弱肉強食。

アルヴェルは、なんだかんだでシドを殺さない。

既の所で止められる。

人の限界を見極める才能があった。

ところがモンスターは違う。

相手は躊躇も手加減も知らない野生の存在。

一歩でも間違えれば死ぬ世界だった。


そんな日々を繰り返していると、アルヴェルのやり方は、かなり効率的かつ合理的な方法だったとシドは気付いた。

この短期間で田舎者の平凡な男を、アサシンのレベルにまで育て上げたのだから。


ある日を境に、シドはアルヴェルに隠れて追加の訓練をする様になった。

それもこれも、全てはアルヴェルから逃げる為に。

だが、いつの間にか、逃げるという目的はアルヴェルを殺すという目的になっていた。


そして、今日がその決行日となった。

アルヴェルに隠れて磨いていた、必殺技が遂に完成したからだ。

かくれ刺しハイド・アンド・アサルト

透明人間の様に姿を隠す事で、相手に気付かれる事はなくなる。

そうなれば、隙だらけの相手に致命的な一撃をいつでも与えられる。

シドが編み出した技だった。


静かに扉を開ける。

ゆっくりゆっくりとベッドへ近付いていく。

既にかくれ刺しハイド・アンド・アサルトのスキルは使用している。

物音一つ立てずにここまでやって来た。

アルヴェルは今、目の前で眠っている。

長い…とても長い月日だった。

これで、やっと解放されるのだ。


確かにアルヴェルには色々と世話になった。

だが、それもこれも全部、この男はこの男の為にやった事だ。

シドを魔術学院に忍び込ませ、何かをさせる為だけに、これだけの年月と労力を掛けた。

…結局、何をさせるつもりだったのか、最後の最後まで分からなかったな。

サヨナラだ、アルヴェル。

―――ザン!


シドが振り上げたナイフを降ろす事は無かった。

何故なら、シドの頭は胴体と離れ、床に転がったのだから。

※※※※※※※※※※※※※※※


後日談。

シドの作戦は完璧だった。

姿を消した相手から致命的な一撃を与えられたら、誰でも死ぬ。

それはアルヴェルも例外ではない。

「残念だよシド」

アルヴェルがそう名前で呼ぶのは、何時以来だろうか。

自分の正体を明かしてからは、大体「お前」とか「小僧」とか「クソガキ」とかそんなだった。

まぁ、もう相手は死んでいるのだが。

「お前の作戦はほぼ完璧だった」

かつてシドだった物の胴体からは血が滴り落ちて行く。

それでもアルヴェルは話し掛け続けた。

「そのオリジナルの技は誰にも見破れないだろう」

特に意味もなく。

否、これはある種の懺悔かもしれない。

「だが、お前には言ってなかった事がある」

身の危険を感じた。

だから、相手が誰かも確認せず、反射的に殺してしまった。

それがシドだと分かったのは、首を切った後だった。

苦労して、殺し屋の技能を教えた。

言わば、一番弟子だ。

それが、これ程の脅威になるのは想定外だった。

「…少し考えれば、お前には分かった筈だ。オレには、魔力があるって事が、それはつまり魔法が使えるって事だ」

ぶっきらぼうに言い放つ。


虚しい時間だ。

全く意味の無い、時間だ。

魔法の前では、お前の訓練も、実戦も、完璧な技も、このどうしようもない怒りも、この言葉も。


「オレの使える魔法の一つに警戒防衛アラギュリティというのがある。これは、オレに対して敵対的な行動…簡単に言うと、殺そうとしてくる奴の気配を教えてくれる魔法だ」

それが誰なのかまでは教えてくれないが。

「…完璧な作戦過ぎて、殺しちまったじゃないか」

分かってたはずだ。

否、分かってなかった。

シドが逃げ出そうとしていたのは、最初から分かっていた。

だが、3年だぞ?

オレと一緒に過ごせばそれは不可能だと痛感するはずだ。

痛感したんだ、こいつは。

そして、逃げるではなく、殺すという方向に向かった。

少し考えれば、お前には分かった筈だ、アルヴェル。

アルヴェルは膝をついた。

…それは絶望からだろうか?

悲しみからだろうか。


分かっている。

もう無駄な時間を過ごすのは止めにしよう。

オレに魔力がある限り、オレは学院に忍び込む事は出来ない。


アルヴェルは立ち上がる。

そこに「欲しい物」があるのだから。

新しい「適任者」を見つけ、また育てる。

やるしかないんだ。

…今度は失敗しない。

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