訓練をする?

「よく聞け、小僧」

死がヒタリ、ヒタリと足音を立てて近付いて来ている。

「俺はお前を、一切信用してない」

心臓の鼓動がとても煩かった。

「何故か分かるか?…分かるな?」

呼吸が苦しい。

「俺とお前は今日会ったばかり。初対面だからだ」

アルヴェルの氷の様に冷たい言葉だけ、しっかりと聞こえる。

「そいつが、どんな奴か分かるまでは、何一つ信用しない。そんなのは子供でも分かってる事だ。そうだろう?」

すぐ後ろ、振り返ればそこにいる。

「今後暫くは、俺と一緒に寝泊まりして貰う。それがお前を信用する一歩目だ。お互いの事を話して、お互いの事を分かり合う。そうして時間を経て、やっと信用が生まれる。簡単な事だよな?」

首筋にひんやりとした鋭い何かが突き付けられているのが分かる。

——返答を間違えれば、僕は死ぬ。

「……はい」

何とか発する事が出来たのはその一言だけだった。

その瞬間、死の気配がサッと消え失せる。

「ベットはお前が使え。良い夢をな」

シドはゆっくりと振り返る。

アルヴェルはさっきまでと変わらず、器用な体制で横長の椅子に寝転がっている。

一瞬でシドの背後に来て、一瞬で椅子の所まで戻ったとはとても考えられなかった。

(僕の気の所為だったのか?それとも殺気だけでそんな芸当が出来るのか?)

冷や汗がシドから流れ落ちる。

どんな手段を使ったにせよ、とてもじゃないが敵う相手ではなかった。

こうして、話だけ聞いて逃げ出すというシドの計画は実行不可能となってしまった。


翌朝。

結局は何も無かったのだが、シドはアルヴェルに殺されるかもしれないという恐怖で、眠れなかった。

明け方になって睡魔が襲って来ても、何とか気合いで抗っていた。

ベットから上半身を起こす。

朝日が昇ってから、まだそんなに時間が経ってなさそうだった。

眠気眼で部屋を見渡し、アルヴェルを探す。

——と、居た。

何故か扉の前で仁王立ちしている。

「起きたな」

昨夜の冷たい殺意は感じられない。

「寝てませんから」

そんな皮肉を言うくらいしか、シドは出来なかった。

「はっ、そりゃそうだ。それが正しい判断だ」

アルヴェルは薄ら笑みを浮かべる。

「自分が殺されるかもしれないって状況で、ぐっすりと眠れる様な奴は、余程のバカだ」

アルヴェルが扉から離れてシドに近付く。

「だが、これはそういう訓練だ。そんな状況でも眠れようになれ」

「…訓練?」

アルヴェルが言ってる事が、シドにはピンと来ていない。

「今日から俺がお前を鍛える。俺なりのやり方で」

「…鍛える?どうして??」

寝不足で頭も回っていないので、思った事がそのまま口から出ていた。

「お前がクソ弱いからだ」

何の躊躇も無く、アルヴェルは言い放った。

「お前は弱いから直ぐに死ぬ。それじゃあ俺が色々と面倒臭い。だからお前を鍛える。それなりに強くなって貰うから覚悟しとけ」

断るという選択肢は当然無かった。


またもアルヴェルは何処に行くとも告げず、スタスタと歩いていく。

それに置いて行かれない様にシドは付いて行く。

アルヴェルは危険人物だ。

いつ殺されるかもわからない。

直ぐにでも逃げ出したい所だが、そうもいかないのは昨晩思い知らせた。

しかし、自分が少しでも強くなれば?

せめて、アルヴェルと対等に渡り合える実力が付いたら…。

アルヴェルはシドを訓練し、鍛えると言っていた。

それは、シドに取ってまたと無いチャンスなのかもしれない。

もはやシドに残された選択肢はそれしかなかった。


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