格上の男

「場所を変えよう」


アルヴェルは、また何処に行くとも告げず、スタスタと歩いていく。

シドは、それにただ大人しく付いて行くしかなかった。

逃げ出せるんじゃないかと思ったりもしたが、シドには土地勘もなければ、今は夜。

逃げ出した所でこの男にはすぐに見つかるだろうと諦めていた。


それに、今日は本当に色々あった。

早く話を終わらせて、何処かの宿に泊まって寝たい。

その気持ちだけで、重たい足を動かしていた。


アルヴェルが足を止めた。

そこは意外にもシドが求めていた場所、宿屋だった。

「え?ここ、宿屋ですよね?」

「他に何に見えるんだ?ほら行くぞ」

アルヴェルは宿屋の扉を開けて入っていく。

シドは訳が分からないまま後を追った。


「いらっしゃいませ」

宿屋の主らしき人物がカウンター越しに挨拶をしてきた。

「宿を取りたい」

シドは「え?」っていう顔でアルヴェルを見る。

「畏まりました。2部屋で宜しいですか?」

まさか自分の分の部屋も?とシドが思ったが。

「いや、1部屋だけだ」

ですよね。とガックリと項垂れた。

仕方ない、自分の部屋は自分で取るしかないとシドは涙を飲んだ。

「こいつは俺の部屋に一緒に泊まる」

「へぁ!?!?」

意味が分からな過ぎて、意味が分からない声を上げるシド。

「なるほど。『そういう事』で御座いますね?畏まりました。そうしましたらお部屋は……」

店主が何かを察したのか、店に飾ってある、部屋の地図をじっと見つめる。

「今夜は特別な1日になるから、出来れば他の客に迷惑掛けたくねぇんだよ。な?」

シドに同意を求めるアルヴェル。

シドはといえば、まだ意味が分かってない様子だった。

「お心遣い感謝致します。でしたら、当店自慢の1部屋にご案内致しましょう。防音対策などはバッチリで御座いますので、安心してお楽しみ下さい」

シドに何故かニヤっと笑う店主。

「助かるよ店主」

店主から部屋の鍵を受け取りつつ、アルヴェルはシルムを1枚渡す。

「さぁ行こうか」

ムギュッとお尻の肉を鷲掴みされるシド。

ゾワッと全身の毛が逆立った。

「ひぃっ!な、何でそんなとこ触るんですか!?」

アルヴェルの顔が耳元まで迫る。

「一緒の部屋」「そういう事」「特別な1日」「防音対策」

(え?もしかして、これって、そういうこと!?)

ようやく、今までの流れがどういう意味だったのかをシドは理解し始めた、同時にこれから起こるであろう事も。

「良いから黙って一緒に来い、俺だってヤロウのケツなんか触りたかねぇんだよ」

囁く様に呟いた言葉は、さっきまでのアルヴェルらしさがあった。

「ごゆっくりとお過ごし下さいませ」

店主がニコニコしながら、カウンターの奥へと引っ込んでいった。


部屋の扉を開けるとそこは、中々に装飾が豪華な部屋だった。

ベットは大きな物が一つだけ。

この部屋の主の如く、一際存在感があった。

「いや、何を考えてるんですか。あんな変な演技までして」

部屋の扉が閉まると、シドはそう切り出した。

「はぁ…これだから田舎者は」

呆れたと溜め息を吐いて、アルヴェルは部屋の角に置いてあった横長の椅子に座る。

ドンと行儀悪く、テーブルに足を乗せて。

「いいか?よく覚えとけ。二人で一つの部屋に泊まるってのは、そういう目的で泊まるって意味だ。相手が男でもな」

はーやだやだ。と複雑な体制にも関わらず、器用に寛いでいるアルヴェル。

「いや、2つ部屋を取れば良いじゃないですか。僕も少しはリティを持ってますから、今からでも別で部屋を取ってきますよ」

「ダメだ!」

シドが部屋を出ていこうとするのを、アルヴェルは低い声で制止する。

シドはまた身震いした、今回の震えは殺される恐怖だが。

「その扉にちょっとでも手を触れたら、俺はお前を殺す」

殺意を感じたシドは一切動けなかった。

アルヴェルの方を見ることさえ、出来ない程に。

シドは疑問に思った。

(おかしい、さっきまでアルヴェルさんと居ても何ともなかったのに、何で?)

いや、シドは薄々と感じていた。

このアルヴェルという男には、何故か逆らえないという事を。

さっさと逃げれば良いものを、そう思う気持ちを諦めさせる、違和感の様なものを感じていたのだ。

そして違和感の正体を今、全て理解した。


アルヴェルは格上で、シドなど簡単に殺せてしまうのだと。

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