策略と作戦

「あんたが!!あんたのせいで!!」

シドは怒り任せにテーブルを叩いて立ち上がる。

テーブルに乗っていたグラスや食器類もガチャンと盛大な音を鳴らす。

「そう怒るなよ、悪かったって」

だが、シドが叫んだ所で、アルヴェルも周囲の人も気にしなかった。

何故ならそれ以上に、この場は騒がしく、賑やかであったからだ。

こうなる事を想定して、アルヴェルはこの場所を選んだに違いない。

それでも、シドの怒りは収まらなかった。

「あなたを騎士団に引き渡します!」

自分があの時そうされそうになった様に、今度はこの男をそうする。

それが正しい事であり、この長い長い一日の、苦労の末の締め括りとしてならば、シドもこの行き場の無い怒りが納まりそうだった。

「ほぅ。それで?なんて言って騎士団に引き渡すんだ?」

アルヴェルの目がギラリと光る。

「そんなの、あなたが学院で噂になっている不法侵入者だって」

「証拠は?」

「証拠?そんなの、あなたが今…」

「お前にはそう言ったが、俺が不法侵入してる所は?お前見たのか?」

そこでようやくシドは気付いた。

証拠など何もないことに。

「あなたが…アルヴェルさんがそう言ってるだけです」

頭に登った血の気がゆっくりと降りていく。

「その通りだな」

アルヴェルはまた酒を煽る。

「仮にだ。仮に証拠があったとしようか。お前はまず、この店からどうやって出るつもりだ?」

「え!?」

シドは店内を見渡す。

「出るって、それは普通に」

「金は?今食べた飯の金は払えるんだろうな?まさか払わずに店を出るのか?」

「お金は、さっきアルヴェルさんが…」

そこでようやく、シドはアルヴェルが何を言いたいのか段々と理解し始めた。

この場に来た時点で、アルヴェルによって仕組まれた罠にハマっているという事にも。

「…それも、アルヴェルさんが払うと言っただけです」

「そうだな。だが、俺は生憎と自分を捕まえようとしてる奴に奢ってやるほど、お人好しじゃないぜ?」

シドは後悔し始めた。

この男に付いて来た事を。

ぐっ、と拳に力が入る。

「食い逃げした男の話を、騎士団様は聞いてくれると思うか?むしろ、その場でお前は食い逃げ犯として地下牢行きだろうな」

シドの脳裏に地下牢に閉じ込められた自分の姿が過った。


そんな経験は無いが、妙にリアルな光景だった。


シドはゆっくりと椅子に座り直す。

ハラワタがグツグツと煮えたぎるのを、ゆっくりゆっくり鎮めていく。

「それで、僕は何を盗めば良いんですか?」

その言葉を待っていたとばかりにアルヴェルはニヤリと笑った。

ーーー今は、こいつに従おう。

アルヴェルの話だけを聞いて、明日には自分の村に帰るという作戦をシドは思い付いたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る