第15話 西崎陽の研究
「まじか!?」
「びっくりですね」
奏多と中橋は、それぞれ驚いて声を上げる。
「本当に、西崎教授のお孫さんとは……」
西崎教授というのは、化学分野では誰もが知っている有名な研究者だった。特に、独自の触媒を使った、効率の良い化合物の合成方法を構築したことで、創薬の分野でも大きな貢献があり、国際的な賞も受賞している。
そして、その孫だという、この西崎陽という人物。
奏多は驚きのあまり言葉を失いながら、彼女の方をまじまじと見つめた。
明るく染めた茶髪に、大ぶりのピアス、くっきりとした猫目、何も言われなければ、キャンパスライフを謳歌している普通の女子大学生にしか見えない。
とてもではないが、白衣を着て実験室にこもって実験をしている姿が思い浮かばなかった。
彼女の印象は――いつかにネットニュースで見た、科学コンテストで入賞した、ギャルのような風貌の女子高校生と重なる。
「あの、つかぬことを伺いますが。西崎さんはもしかして、高校生の時に国際科学コンテストで、受賞されませんでしたか?」
数年前のニュースで、その高校生の名前までは憶えていなかったが、間違いなく彼女だという確信があった。
奏多が訊ねると、西崎陽は目を瞬かせてから、「はい」とうなずいた。
「やはりか……」
奏多はクラクラと、めまいのようなものを感じた。
一見、普通の大学生に見える彼女の正体は、高校生にして国際科学コンテストで入賞し、大学二年生ですでに特許になるような研究成果を出す、若き天才研究者だった。
血は争えないということなのか。
昼寝をしていてイヤホンを落としたり、実験に熱中して打ち合わせに遅れたりと、むしろ天然で抜けているタイプなのかと思ったのだが……。
「金子先生、おじいちゃんのことは黙っていてくださいよ」
西崎陽が、不満そうに口をとがらせて、金子教授に釘を刺している。
「ああ、悪いね。話の流れで、つい」
「前も学会に参加したら『どうせ、七光りだ』って言われたんですよ。おじいちゃんは関係ない、私の研究なのに!」
西崎陽は腰に手をあてて、プンプンと怒っている。
「まあ、西崎教授のお孫さんじゃ、言われても仕方ないかもですね。あまりも有名な研究者なので」
奏多が苦笑してそう言うと、陽は「まあ、そうですよね」と諦めたように肩をすくめた。
「そりゃあ、アドバイスをもらったことはありますけど。おじいちゃんはとっくに引退して、大分の田舎でのんびり暮らしているんだから」
「私からすると、直接、西崎教授のアドバイスを受けられるなて、うらやましい限りですよ」
奏多は本音でそう言った。
優れた研究者は発想や考え方の時点で人とは違う。そのアドバイスは、どれだけ有用で貴重なものだろうか。
「まあ、ラッキーだとは私も思います」
西崎陽もしぶしぶそう認めた。
このやり取りで、彼女が「有名教授の孫」として扱われることに、複雑な思いを持っていることはよくわかった。
「それでは、早速なのですが、発明の内容を教えていただいてもよろしいでしょうか」
奏多が気を取り直して本題に戻ると、西崎陽はパソコンを開いてプレゼン資料を開き、自身の研究について説明を始めた。
「私は、地球環境問題の解決に役立つような研究をしたくて、今はカーボンニュートラルのために、食品残渣やバイオマスの活用技術を研究しています」
西崎陽は、目を輝かせ、堂々と自分の想いを語った。
その姿がまぶしくて、奏多はメモを取りながらも、唇をぐっと引き結んだ。
かつては自分も、同じような思いを持っていた。
「これは、高校のときにやっていた研究を、さらに進めたものなんです。元々は、菌類――つまりキノコの抽出物と太陽光を使うことで、食品廃棄物からエチレンができる、という研究でした。でも、そのキノコはおばあちゃ――祖母が山から採ってきた天然キノコで、たくさん集めるのが難しくて」
西崎陽は、いきいきとした表情で、自身の研究について説明を続けた。
「それだと、実用化は難しいなと思ったので、なんとか反応の核となる酵素を突き止めて、実験室で合成出来たら……と思って、大学ではその方向で研究を進めてきました。コンテストで入賞したこともあって、財団から少し研究費ももらっています」
「なるほどですね」
彼女の口から「実用化」という言葉が出てきて、奏多はドキリとする。
それは企業時代に奏多が、とても苦労した点だったから。
天然キノコの抽出物を使うようでは、実用化が難しいのは間違いないだろう。人工栽培ができない限り、量が確保できないからだ。その視点はとても正しく、彼女が本気で、実社会の課題解決のための研究を志しているのだと、感じさせられた。
研究費まで自力で獲得していて……凡人の自分とはレベルが違うんだな、と認めざるを得ない。
「ただ、酵素の同定と合成はとても難しく……というより、単一の酵素による反応では、なさそうだったんです。解析方法を、工学部の先生に教えていただいたりしたのですが、結局、酵素そのものはまだ特定できていません」
「ああ、それで、夏ごろに工学の松谷先生の研究室に相談に行ったんですね」
あのとき、研究室の場所がわからないというので、奏多が彼女を工学部のラボまで案内したのだ。
「はい、そうです。色々と試行錯誤したんですが、金子先生のご助力もあって、このエチレン生成反応は、菌類そのものではなく、共生している微生物の働きによるものだと、突き止めたんです」
「なるほど、それは大きな転換ですね。微生物ならば、キノコに比べると培養も簡単でしょう」
「はい、私もこの結果には、すごく興奮しました!」
若き研究者は、目をキラキラさせて、大きくうなずいた。
「それだけでなく、ついに今月に入って、微生物群の分離にも成功しました」
「微生物まで特定したんですか!? それはすごいですね」
事前に資料を読んできていたので、あらかたの内容は知っていたが……改めて聞くと、とてもじゃないが大学二年生の仕事ではない。
「微生物『群』で、株の単離はできていません」
奏多の言葉を、西崎陽が訂正した。
「ああ、なるほど。複数の微生物が混じった状態ということですね」
「はい。それでも、キノコなしでも同じ反応が進むことは確認しました」
「とてもおもしろい研究成果ですね」
奏多がそう感想を述べると、西崎陽は満面の笑みを浮かべた。
「そうでしょう! 私もとてもワクワクしています」
「彼女はすぐにでも学会発表をしたいと言っていたんですがね。もしかしたら特許になるんじゃないかと思ったんですよ」
今まで黙って聞いていた金子教授が、横から補足した。
「ただ、彼女も特許のことは未経験で、さすがに出願費用も出せないので。私から大学の知財に相談しようかということになって、発明届を提出したという経緯です」
「なるほど、よくわかりました」
奏多はノートにメモをとりながら、深くうなずいた。
おもしろいが……いくつか疑問と課題がある、と奏多は心の中で思った。
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