第12話 いざ特許出願
特許文献を探すときには、独特の検索式を立てて、抜けがないように調べるのが肝要だ。調査して似た技術が見つかり、それとの差別化ができなさそうであれば、出願を断念することもある。お金と労力の無駄になるからだ。
何しろ、特許を出願して権利をとるためには、少なくとも数十万円、場合によっては数百万のお金がかかる。
奏多は、文献検索にはそれなりの経験もあって、自信があった。
「初めての分野だが……まずは似たようなジャンルの特許を探すか」
まずは周辺の文献を眺めて、特許庁から割り振られている分類番号や、検索キーワードのあたりをつけ、検索式をいくつか作る。
あとは、検索して出てきた文献を見ていって、似たような技術がないかを探すのだ。
「これは……似たような技術はなさそうだな」
木材を処理する技術は山ほどあるが、石田教授が発見した方法で「ゴムのような性状の材料を作る」という技術はなさそうだった。
「これなら、データが少なくても、特許になる可能性はあるな」
二時間ほどかけて調査結果をまとめ、奏多はそう結論付けた。
いくつか近い技術はあったが、十分に差別化は可能そうだ。簡易的な調査ではあるが、石田教授の技術にはおそらく特許性があるだろう。
そう中橋に報告すると、彼女は驚いたように目を丸くしていた。
「もう終わったんですか? ありがとうございます。永瀬さん、さすがですね!」
市場性の調査は、今回は中橋が主になって進めることになった。奏多はそのサポートをする形だ。
似たような技術も製品もない発明なので、奏多と中橋は頭を突き合わせて、どんな産業になら適用でき、どんな企業なら興味を持ちそうか、ブレーンストーミングをする。
「ゴムのような木材だから……普通に考えると、木材会社が興味を持ちそうですよね」
奏多がそう言うと、中橋もうなずいた。
「そうですね。木材加工をやっている会社には当たるつもりです」
「あとは……ゴムの代替でしょうか。最近は、環境配慮型の材料が注目されていますから」
「何がありますかね……さすがに、タイヤは無理でしょうし……」
「車の内装やクッション材はどうでしょう」
奏多が思いついてそう提案すると、中橋もぽんと手を打ち合わせた。
「ありえそうですね! それなら、インテリアや家具もいけるかも」
「あ、靴のソールとかどうでしょう。耐久性に課題はあるかもしれませんが……」
「それいいですね!」
話していると、いくつもアイデアが出てきた。
石田教授と話しているときには、「用途がわからないようじゃ、難しい」と思ったが、よくよく考えてみると、むしろあらゆることに使える可能性を秘めているように思えてきた。
「河内さんに『何に使えるかわからない技術の、使い道を見つけ出すのが仕事だ』と言われたのですが……こういうことなんですね」
奏多がつぶやくと、中橋はにっこりと笑った。
「そうですね。実際に企業さんと相談してみないと、本当に使えるかはわかりませんが。頑張って探していくと、どこかに使いたい人が、見つかったりするんです」
それから一週間ほどの間に、中橋がいくつかの企業の担当者にメールや電話でヒアリングを行い、結果、二社の企業が「それは興味深い材料ですね」とかなり興味を持ってくれたようだった。
そうした調査結果をまとめて、知財会議にかけて、承認が得られれば、実際に特許出願へと進める。
「よかった、承認がとれました!」
会議に上げ、無事に承認がとれて、中橋は嬉しそうだった。
初めて関わった案件が無事に認められ、奏多もほっとして、中橋と共に喜んだ。
*
調査結果を報告するために、中橋と奏多は再び、石田教授の部屋を訪れた。
最初のヒアリングから、ちょうど一か月ほどが経っていた。
「当方で行った調査の結果から、無事に特許出願が認められました」
中橋が手短に、特許性調査と企業ヒアリングの結果を教授に報告した。
「そうですか、それはよかったです」
石田教授は鷹揚にうなずいた。その口元がかすかに緩んで、表情にはあまり出ていないが、喜んでいるらしいことはわかった。
「特許性の調査は、この永瀬が行ったんですよ」
「ほう、そうですか」
石田教授が奏多の方に目を向けた。じろりと睨まれたような気がして奏多は一瞬ひるんだが、気を取り直して丁寧な口調で説明した。
「いくつか似た技術はあったのですが、特許性はあると考えました。特に、『伸びて、かつ元の形状に戻る』というところは非常に新しく、有用な点だと思います。既存の技術で、『圧縮しても元に戻る』ものはあったのですが、『木材が伸びる』というのは、なさそうでした」
石田教授の技術の新奇な点を力説すると、教授はまんざらでもなさそうだった。
「そうでしょう。長年木材を扱ってきた私も、聞いたことがありません」
「企業の方も、とても興味を持っており、特許出願後にはぜひ、詳しい話を聞きたいとのことでした」
中橋が企業ヒアリングの結果も言い添えた。
「それはよかったです」
「今後は、特許出願の準備を進めますので、現状お持ちのデータをまとめていただいて、弁理士に説明していただく打ち合わせを設定しますね」
中橋が今後の流れを説明すると、石田教授はひとつうなずいてから、デスクの上のモニターに何やらデータを映し出した。
「データなんですがね、実は先日の打ち合わせから、さらに追加で実験をしました」
石田教授が示したデータは、処理条件を変えた場合や、強度や耐久性の試験など、実用化を考える上で必要な情報が増えていた。
教授は奏多の方を見て、小さく笑みを浮かべた。
「永瀬さんでしたかね。君に言われたことが、後で考えるともっともだなと思って、できる限りデータを充実させようと思ったんですよ。その結果、新しくわかったこともあった」
奏多は目を瞬かせた。
「せっかく見つかった、おもしろい材料だ。ぜひ、社会の役に立てればと考えているよ」
「……そんな風に、思っていただけたんですね」
あのときは、ただただ教授の機嫌を損ねてしまったと思ったが……まさか、奏多の言葉が響いていたとは。
「僕ら研究者は、どうしても好奇心が勝ってしまって、実用やビジネスという観点が、おろそかになることがある。そういうときに、君らのような助言をしてくれる人がいると、大変ありがたい」
これからもよろしく頼むよ、と言われて、奏多は思わず照れ隠しに「まだまだ駆け出しで、ご迷惑をおかけします」と頭を下げた。
「先生の技術の実用化に向けて、できる限りのご支援をさせていただきますね」
代わりに、中橋がにっこり笑って答えた。
奏多はほっとするとともに、この技術が陽の目を見るよう、自分のできる限りをしようと気持ちを新たにした。
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