第11話 技術のジャングル

 石田教授とのヒアリングでやらかした奏多は、大人しく自席に座っていた。

 奏多以外の他のメンバーは、みな忙しそうに、メールや電話をしたり、打ち合わせのためにどこかへ行ったりしている。


「こうしていても仕方ない。できることをしよう」

 

 まずは、現状把握に努めようと思い立ち、産学連携室の知財管理システムにアクセスする。最近P大学から出願した特許を、ひと通り見ておこうと思ったのだ。


 出願案件リストを見て、奏多は目を見開いた。


「さすが総合大学。あらゆる分野の技術があるな……」


 興奮交じりにひとり言をもらす。


 病気の治療薬や遺伝子解析の方法といった、ライフサイエンス系の技術もあれば、水中ドローンによる画像解析、カーボン材料、風力発電用の装置、イカの飼育方法――本当に、多岐にわたる。 

 これをたった五、六人の知財チームのメンバーですべて対応しているのだと思うと、驚くばかりだ。


「うわっ、これとか、おもしろいな」


 奏多が目にとめたのは、AIと計算科学を駆使して、新しい材料を探索する技術だ。元々、触媒を扱っていて、最適な条件探しに苦労していた身からすると、まさに革新的な技術だった。

 未公開の最先端の技術を前にして、奏多は驚嘆した。


「さすが大学。企業の研究所とは、世界が違うな……」


 企業では、ひとつの技術を少しずつ改良して、その度に特許を出願していくから、似たような特許出願も多いものだ。だが大学の特許はひとつとして似ておらず、多種多様だ。


「技術の博物館、いや、得体が知れないという点では、ジャングルか……」


 ひとりでブツブツとつぶやく。 

 企業との多様性の差は、人工の杉林と熱帯ジャングルぐらいありそうだった。このジャングルを分け入っていくのかと想像し、奏多は身震いした。


「永瀬さん、お昼はどうされますか?」


 夢中になっていた奏多は、中橋に声をかけられて、はっとして顔を上げた。壁の時計を見れば、針は十二時を回って、昼休みの時間になっていた。


「すごい集中されてましたね。何を読んでいるんですか? ――あ、それはうちの特許ですね」

「はい、どんな特許を出しているのか、見ておこうと思って」

「前のお仕事でも、特許文献はチェックしていたんですか?」

「そうですね。関連する分野のものはひと通り」


 奏多が控えめに答えると、中橋は感心したように手を合わせた。


「すごいですね! じゃあ、特許には慣れているんですね。頼もしいです」

「多少は、というところです」

 

 お昼に行きますかと誘われて、奏多はありがたくついていくことにした。

 

「学食でいいですか?」

「もちろん、どこでも大丈夫です」


 オフィスから一番近いのは、工学部の学食だということで、奏多も馴染みの場所にふたりで向かった。


「永瀬さんは、P大学出身なんですよね」


 道すがら、中橋に質問されて、奏多はうなずいた。


「はい。工学部でした」

「学食もよく行ってましたか?」

「そうですね。学生時代は、あまり自炊もしていなかったので」 

「あ、もしかして行き飽きていますか?」


 中橋がはっとしたように奏多を振り返って、心配そうに訊ねた。


「いえ、久しぶりなので逆に新鮮です」

「よかったです」


 中橋はほっとしたように、目尻を下げて微笑んだ。

 彼女はどことなく小動物を思わせる雰囲気で、癒し系だなと奏多は目を細めた。

 リーダーの真方のようなキツめの女性には苦手意識があったので、OJTでつけられたのが中橋でよかったと思っていた。


 学食で何を食べようか迷っていると、ハラルコーナーの南アジア系のおじさんと目が合った。


「今日はバターチキンカレーあるよ」

「あ……じゃあそれで」


 奏多はまたもや流されて、インド料理を頼んでしまった。

 ごぼ天うどんをトレーに乗せた中橋と合流して、窓際の席に並んで腰かける。

 以前、面接の際に来たときにも座った席だ。奏多はふと、そのときに出会った変わった女子学生を思い出した。


「さすがに今日はいないか……」


 窓の外の植え込みや芝生に、それらしき人物はいなかった。


 *


「発明ヒアリングをして、その後はどう進めるんですか?」


 昼食後、オフィスに戻って、奏多は中橋に訊ねた。この後も、引き続き中橋と共に、石田教授の件を担当することになっていた。面談時にやらかしてしまった分、なんとか取り返したく、自分でも手伝えることがないか知りたかった。


「特許性の確認と、市場性の調査ですね」

「それも自分たちでやるんですか?」

 

 知財担当なので、「特許になりそうかどうか=特許性」を調べるのはわかるとして、市場性はどうやって調査するのだろうか。

 オンラインで市場規模や既存製品を調べる、というのが奏多がすぐに思いついた方法だ。しかし「ゴムのような木材」なんて、そもそも聞いたこともないし、市場も何もない気がするのだが。


「関連しそうな企業の担当者にヒアリングして、ニーズがあるかどうか探るんですよ」

「なるほど……」


 営業だけではなく、マーケティングに近いこともするのか……一体どれだけマルチな能力が必要なのかと、奏多は驚きを新たにする。


「特許性は?」

「そうですね、自分たちで簡単に調査することもありますし、外部のサーチャーに委託することもあります」


 特許になりそうかどうか、というのは、すでに同じような技術が世に知られているか、という意味だ。つまり、先行文献の調査である。

 それなら、自分でもできるかもしれない、と奏多は思った。

 前職でも、文献調査は事業部に依頼されたりして、よくやっていた。


「あの……自分、特許性の調査ならある程度できるので、やりましょうか?」


 奏多が遠慮がちに申し出ると、中橋はぱっと目を輝かせた。


「本当ですか? やっていただけるなら、ありがたいです」


 念のためリーダーの真方に確認して、問題なければということだったが、聞いてみると「そうね、いいんじゃない? 試しにやってもらおうか」とあっさりOKが出た。

 

「よし、やるか」


 自分のタスクができて、奏多は俄然やる気になって、特許検索ポータルを開いた。

 

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