第10話 失敗からの学び

「まあ、大学が特許は出せないと言うなら、仕方ないですね」


 楽しそうに研究内容を話していた石田教授は、一転してそっけない口調で言った。


「いえ、出せないと決まったわけではなく、まずは持ち帰って検討いたします」


 中橋が焦ったように、教授をなだめている。奏多も急いで謝った。


「す、すみません。余計なことを言いました。実用化を考えるならば、それを見越した条件の検討が必要だと思いましたので……」

「言っていることはわかりますがね。まずは特許で技術を押さえるのが、大事なんではないですかね。知られたら、すぐに真似されますよ」


 奏多は必死で説明をするものの、石田教授の機嫌は直らない。


「もしかして、学会発表の予定など、すでに決まっておられるのですか?」


 中橋がはっと気づいたように訊ねる。


「ええ。十一月の学会にすでに申し込みました。学生の発表の機会にもなりますからね」

「ご存じかもしれませんが、発表してしまうと、特許にはなりません」

「だから、早めに検討してもらえるとありがたいですね」

「承知しました」


 期限をノートにメモし、中橋はその他、事務的に必要な事項を確認していく。


「ありがとうございました。それでは、当方で調査を進めまして、進捗を適宜ご連絡いたします」


 中橋は丁寧に頭を下げて、研究室を辞した。

 


 オフィスへ戻る道すがら、奏多は中橋に向かって改めて謝った。


「先ほどは、すみませんでした。余計な口を出しまして……」


 実用的な研究をすることについて、自分でも長年悩んできただけに、何も考えていないような大学教授を前にすると、言葉を止められなかった。

 だが、大学には大学のやり方があって、新人の自分が何か言える立場じゃなかったと反省していた。昔からそうなのだ。こうだと思うと、相手にもそれを言わずにはおれなくて、結果、相手が気を悪くしてしまうことがある。


「いえ、永瀬さんのおっしゃったことも、間違ってはいないですよ」


 中橋は困ったように眉尻をさげて、ふんわりと笑った。


「面白いけれど、何に使えるかわからない発明、というのはときどき出てくるのですが、私たちも苦労するんですよ」

「産業の中で本当に使えそうかどうか、どうやって判断するんですか?」


 研究者がそれをわかっていなかったら、誰にもわからないのではないだろうか。


「そこは、研究者と議論をしたり、企業ヒアリングを通して、ニーズを探っていくことになりますね」

「なるほど……」


 それが自分たちの仕事だと言われれば、そうなのかもしれないが。

 何に使うかわからない技術など、企業では滅多に生まれるものではなかったから、やっぱり好奇心にまかせた趣味のような研究だ、という印象はぬぐえない。

 奏多が渋い顔をしていたせいだろうか。中橋が「でも」と付け加えた。


「それが、大学らしい研究なのかもしれませんね。少なくとも、民間の企業さんではやらないと思いますので」

「大学らしい……確かに、そうですね」


 中橋の言葉で少しは納得できたものの、じゃあこの技術をどうしていくのかは、まだ見当がついていなかった。


 *


 オフィスに戻って、先ほどのヒアリングの内容をまとめていると、「よう」と後ろから声をかけられた。

 振り返ると、河内がニヤニヤしながら立っていた。


「聞いたで。初めての発明ヒアリングで、教授と喧嘩したんやって?」


 どうやら、中橋から聞いたらしい。

 奏多はぱっと顔を赤らめて、目をそらした。


「すみません。差し出がましいことを言った私が悪いんです」

「何を言ったんや?」

「おもしろい発見かもしれないけれど、詳細がまったく検討できておらず、実用化も意識されていないようだったので、今、特許出願をするのは早いのでは、と……」

「なるほど、正論をぶつけたわけやな」


 河内は真面目な顔になって、腕組みをした。


「確かに、実用化を目指すには、おもしろい発明なだけでは不十分で、開発が必要や。永瀬の言っていることは、間違ってはいない。だけどな、それを研究者にぶつけて、お前はどうしたかったんや?」

「……少しでも、技術の開発に必要なことを、意識してもらえたらと。せめて、用途くらい考えてもらわないと」


 奏多がぼそぼそと説明すると、河内は大きくうなずいた。


「まあな、それも大事や。でもな、そのおもろい発明の使い道を見つけ出すのが、俺たちの仕事やで。頭ごなしに『お前の研究は使えない』と言われて、誰が嬉しい?」

「……そうですね」


 まったく、河内の言う通りで、ぐうの音も出ない。

 

「まずは研究者に質問をして、情報を引き出す。そして、実際に調査して、可能性を探る。結論を出すのはそれからでええ。調査した結果であれば、研究者も納得しやすいやろ。まずは、研究者を味方につけんと、始まらんぞ」

「……はい、おっしゃる通りです。精進します」


 奏多が神妙に答えると、河内は「はっはっはっ」と大きな声で笑って、奏多の背中を叩いた。


「ま、初めてでも物怖じせず、教授にも意見できるというのは、悪いことちゃうわ。教授に言われるまま、何も言えないようじゃ、それはそれで困ったもんやからな」

「……ありがとうございます。言い方には気を付けます」


 奏多は「完全に失敗した」と落ち込んでいたが、河内から全否定はされなかったことに、いくらか安心した。河内はこう見えて、飴と鞭が上手なタイプなのかもしれない。


 去っていく河内の背中をみながら、この癖の強い関西人に対して、初めて尊敬の念を覚えた。

 

「大丈夫。初めてで失敗はつきものだ」


 奏多は自分に言い聞かせて、次こそはもっとうまくやろうと心に決めた。

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