第5話 変わった学生

 面接が終わって産学連携室の建物を後にした奏多は、ほっと一息ついた。

 冷房のきいた室内から打って変わって、セミの声が響く真昼のキャンパスは、猛烈な暑さだ。


「悪くはなかったかな……」


 それなりの手ごたえを感じていた。企業で知財の経験があることは強みになると、プラスに評価してもらえたようだ。


 ただ、最後の河内の質問が、小さなとげのように心に引っかかっていた。


『永瀬さんは、研究に未練はないんですね? この仕事は、あくまで研究のサポートで、自分で研究するわけやないんで』


 反射的に「はい」と答えたが、そのとき感じたちくりとした痛みに、実のところ未練があるかもしれないと、気づかざるを得なかった。

 河内の質問は、もしかしたらその気持ちを見透かしていたのかもしれない。


「もし採用されたら、あの人の下で働くことになるのか」


 随分と癖の強そうな人だったな……と振り返りながら奏多は少々不安を感じた。

 冗談を言ったりするのが苦手な自覚があるぶん、ああいう関西人っぽいタイプの人に絡まれると、受け答えに苦慮するのだ。


「ま、採用されると決まったわけでもなし」


 今から悩んでも仕方ない。一旦は忘れよう。



 久しぶりの母校のキャンパス。まっすぐ帰るのももったいなくて、奏多は学食で昼食をとっていくことにした。

 

「懐かしい、あんまり変わってないな」


 工学部の建物は奏多が在籍していた当時のまま、学食や生協の購買もほとんど変わっていない。

 昼休みを過ぎているからか、学食は割とすいていた。

 入り口すぐの壁に沿って、メニューの分類ごとに分かれて注文カウンターが並んでおり、奥の方にはテーブルと椅子がずらりと並んで、学生たちが三々五々食事をしている。


「おっ、懐かしい。とり天丼とか、学生時代は食ってたな。よく考えると、とんでもないカロリーだよな」


 学食あるあるで、メニュー表にはカロリーと「赤・黄・緑」の栄養表示があるのだが、とり天丼は普通に1000キロカロリーオーバー。運動部の学生向けメニューだ。

 ちなみにハラルコーナーもあって、なぜか本格的なインドカレーが食べられるのも変わっていない。


「今日はビリヤニあるよ~」

 

 奏多が迷っていると、ハラルコーナーで働いている、顔立ちの濃い南アジア系のおじさんに声をかけられた。

 そういえば、ビリヤニは金曜限定メニューだった。学生時代、それが好きで毎週通っていたことを思い出した。


「あ、ではそれをお願いします」


 奏多が思わずビリヤニを注文すると、「OK」とおじさんは白い歯を見せて笑った。


 窓際のひとり席に座って、緑豊かなキャンパスの風景を眺めながら、懐かしい味を堪能する。


「正直、別に絶品ってわけじゃないけど、なぜかうまいんだよな」

 

 カレー味に炊かれた細長い米の上に、鶏肉やジャガイモとゆで卵がのっていて、なかなかにボリューミーな一品だ。

 懐かしさ補正でうまく感じている可能性は高い。

 

 食べ終わっても、しばらく思い出にひたって、奏多は窓の外をぼうっと眺めていた。学食の横手には、芝生や植え込みのあるちょっとした広場があって、ベンチもあるので、木陰でランチを食べている学生もいるようだ。


 そのとき、奏多がいる場所から一番近い植え込みがガサガサと揺れて、葉の間から明るい茶髪がのぞいた。


「ん? あれは女の子か? あんなところで何をしているんだ?」


 おそらく学生なのだろうが、まるで探し物をするように、茂みの中にしゃがみ込んでいる。なんというか、とても怪しい。


 普段の奏多なら、こういうときに声をかけたりはしないのだが……無職で暇をもてあましていたせいか。懐かしい大学のキャンパスに来て、ちょっと浮ついていたのか。


 奏多は食べ終わったトレーを片付けると、学食の建物を出て横手に回り、先ほどの茶髪を探した。


「あー、もう、どこに落としたんだろ。私のバカ!」


 茂みに近づくと、そんな声が聞こえてくる。


「あのー、どうされましたか?」


 遠慮がちに声をかけると、茂みが揺れて、明るい茶髪が勢いよく葉の間から出てきた。目が大きくてくっきりした顔立ちが華やかな、学生らしい女の子だった。


「すみません、怪しくて! ちょっと落とし物をしちゃって」


 彼女はそんな言い訳をして、照れ隠しなのか、えへっと明るく笑った。

 その顔を見たとき、奏多はデジャブを感じた。

 明るい笑顔に、意志の強さを感じる眼差し。


「どこかで会ったことが……?」

「はっ、ナンパですか? 今それどころじゃなくて――そうだ、一緒に探してくれたら、お茶に行ってもいいですよ!」


 彼女はどうも、盛大な勘違いをしているようだった。


「お茶はいいとして、何を探しているんですか?」

「イヤホンを落としちゃったの! せっかくバイトしてお金を貯めて、先週買ったばかりなのに」


 彼女は本当に泣きそうな顔をして嘆いた。

 

「なるほど。で、どうしてこんな植え込みの中を?」

「さっきそこの芝生で音楽聴きながらお昼寝してて、それで落とした気がするんです」

「な、なるほど。芝生でお昼寝……ずいぶんと自由だな。さすが大学」


 奏多は呆れつつも、大学の自由な風を感じて、目を細めた。



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