第4話 面接
「本当か? それはどんなポストなんだ?」
奏多は思わず身を乗り出して訊ねた。
転職活動をするのも億劫に感じられて、何も動けていない状況だったから、もし紹介してもらえるなら、渡りに舟だ。
「僕らは『サンレン』って呼んでいる部署だよ」
「サンレン?」
学生のときには聞いた覚えのない名前だった。
「正式には、産学連携室やね。そこに知財担当の人もいて、最近お世話になったんよ。奏多は、企業でも特許出願ってしよったろ?」
「まあ、いくつかは出したな」
特許文献はたくさん読んでいたし、ぱっとしないながらも、なんとかまとめた研究成果を特許出願するにあたって、知財部や弁理士とのやりとりも何度か経験した。
「サイエンスがわかる、理系の人材を求めているらしくて。奏多、よかったら話だけでも聞いてみん? 紹介するけん。きっと、企業での経験が活きると思う」
悠馬の説明は、十分に魅力的に響いた。
企業研究所での経験を活かせる仕事が、大学の研究職以外にもあるなんて、想像もしていなかった。
「そうだな、お願いしようかな」
他に行くあてもなかった奏多は、深く考えずにそう答えた。
*
悠馬はその翌週早々にすぐに動いてくれて、産学連携室の担当者とつないでくれた。
奏多は正直なところ、「産学連携」といわれて、具体的にどんな仕事をしているのか、まったく想像がついていなかった。
学生時代はもちろん、企業の研究所にいたときも、奏多のグループでは大学との共同研究などもやっていなかったし、産学連携とはほとんど縁がなかった。当然ながら、そんな仕事をしたいと思ったことも、一度もない。
「ま、大学の事務職に、多少の専門性が求められる感じなんだろう」
大学の研究の支援をしながら、ゆるく楽しく働いているイメージが思い浮かぶ。
「そういうのも、いいかもしれないな」
企業勤めで心が参っていた奏多は、たとえ給料が安くとも、楽に働きたいという方に、気持ちが傾いていた。
キャリアアップや仕事のやりがいも大事だけれど。健康は何にも代えられない。
半ば言い聞かせるように、奏多はそう考えた。
本当にそれでいいのかと、理想や夢を完全に諦めて後悔しないか、という思いもよぎったが。
「今までだって、努力してきたよ。だけど、結局自分には、その能力がなかったんだから」
奏多はそうつぶやいて、肩をすくめた。
産学連携室の担当者に履歴書を送ると、トントン拍子で話が進んで、翌週には面接という運びになった。
奏多は数週間ぶりに、スーツに袖を通して母校であるP大学のキャンパスに向かった。電車とバスを乗り継いで、目指す先は町はずれの地域。地方都市の中心地の近辺の賑わいとは対照的な、農地と山が広がるのどかな郊外だ。
バスに揺られてしばらく行くと、夏の田園風景の中に、突如として近代的な建物の群が現れて、一種異様な印象を受ける。
産学連携室は、理系の学部が集まるエリアの中程、小さめの建物の中にあった。表にはカフェがあって『P'sカフェ』と小さな看板が出ている。
「カフェには来たことがあったが、ここに『サンレン』の本部があるなんて、全然気づかなかったな」
奏多は少し緊張して、額の汗をぬぐい、ジャケットの衿を直してから、建物の中に足を踏み入れた。
案内された会議室で落ち着かなく待っていると、ほどなく部屋のドアが開いて、四十代くらいの横幅がある男と、きりっとした風貌の女が入ってきた。
「どうも、
河内と名乗った男は、天井まで響く太い声で挨拶した。かなり癖の強い関西弁で、大学職員というより、まるで土建屋の社長のよう。白いTシャツにジャケットというオフィスカジュアルで、背は高くないが声の大きさと恰幅のよさから、大男に思える。
「
対する女の方は、隙のないビジネスマナーで名刺を差し出してきた。表情はにこやかなのだが、あまりに完璧すぎる笑顔で、やり手の営業のよう。名刺の肩書を見ると、知財チームのリーダーとある。
女にしては背が高く、黒髪ショートがよく似合っていて、いかにも仕事ができそうな雰囲気だった。
奏多は二人の雰囲気に気圧されて、一瞬口ごもってから、慌てて頭を下げた。
「永瀬といいます。本日はどうぞよろしくお願いします」
「岸先生の紹介だと聞いてますが、どういったつながりなんですか?」
真方がそんな風に訊ねてきて、雑談のような話から面接が始まった。
「大学院時代の同期なんです。私も、P大学の卒業生でして」
「履歴書を拝見しましたが、工学部の応用化学、辰巳先生の研究室の出身なんですね」
「はい。学生時代は二酸化炭素の分離膜の研究をしていました」
「マスターを出て就職されたと」
「ええ」
学生時代の研究の話を皮切りに、真方が中心となって質問が投げかけられる。
これまでの職歴と経験した業務内容。
前職を辞めた理由と、今回の求人に興味を持った理由。
「研究所の閉塞感が合わないと感じたのと、いずれは地元で働きたいと思っていたからです。企業では実用化を目指した開発や、特許出願なども経験しましたので、そういった知見が活きると思って、応募しました」
奏多は当たり障りのない回答をした。
河内はほとんど何も言わず、真方と奏多のやりとりをじっと聞いている。その見透かすような目線に、奏多は不安を感じた。室内はエアコンがきいて寒いくらいなのに、背や脇にじっとりとした汗が浮かぶ。
「おっしゃる通り、知財や開発の経験があるというのは、強みですね」
真方がにっこりとして、ポジティブなコメントをしたので、奏多はほっとして肩の力を抜いた。
「最後に確認なんですが」
ずっと黙っていた河内が、口を開いた。
「永瀬さんは、研究に未練はないんですね? この仕事は、あくまで研究のサポートで、自分で研究するわけやないんで」
自分でもわかるくらいに、心臓がどきりと動いた。
奏多は短く息を吸い込んで、一瞬ためらった。
「はい、未練はありません」
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