第34話 自分との約束に敗れた日
先週の金曜日、エッセイをあげるつもりでしたが、どうしても書けませんでした。
毎週金曜日にエッセイを一本アップする、というのは、自分で決めた自分との約束。それを私は守れませんでした。
例のフジテレビの問題が発覚してから、ずっとモヤモヤして、精神的に落ち着かない日々を送っています。先週の金曜日は、フジテレビの社長が記者会見を開いた日。何の期待もしていなかったけれど、あまりにひどくて、私は、いよいよ心の整理が、つかなくなってしまいました。
エッセイを書こうとパソコンに向かっても、やたらと攻撃的な文章ばかりが浮かんできて、書いては捨て書いては捨て、一つも話としてまとまらない。これではいけないから、何か穏やかなものを書こうとしても、自分の気持ちとかけ離れすぎて、書くことが出来ない。結局、何ひとつ、まとまったものが書けませんでした。
今日は無理だ。明日書こう。そう思って、パソコンを閉じましたが、さて次の日になっても何も浮かばない。というか、心が石のように動かない。それはその翌日もそのまた翌日も同じでした。そうこうするうちに、私はだんだん、パソコンを開けること自体が、恐怖になってしまいました。
何とかパソコンを開けられるようになったのは、週の半ば過ぎでした。
その日の夜、帰宅するなり、夫は意気揚々と、
「お土産を買ってきたぞ」
と、一冊の雑誌を取り出しました。
「ほら、これだよ。君の通俗的な好奇心を満たすもの」
からかう気満々と言う顔です。
「ああ、それね」
私は、週刊文春をちらっと見て言いました。
「それなら、昨日買って読んだ。それでもう捨てた」
「え、うそ! やっぱり、こういう時は早いね」
そんな風にからかわれても、いつもみたいに怒ったり笑ったり、うまく出来ません。
「それにしても、あなたが週刊誌を買うなんて、珍しくない?」
「いや、だってもう、うんざりじゃない。ここ数年の間に起こった色々がさ、説明責任すら果たされないまま、風化していくばかりで。さすがに嫌気がさし過ぎて、凹んだよ。今度の件は特にやりきれないし。今回だって、どうなるかわからないから、それならいっそ、思いっきり嫌な野次馬になってやろうって考えたんだ」
「そうだったの」
私はちょっと驚きました。いつも、色んな事件に一々反応する、いやし過ぎる私に、それをいさめようと思うのか、なるべく淡々とした反応しかしない夫なのです。
「世の中なんて、そんなものだよ」
と言って。
でも、夫は夫なりに、感情が忙しかったんだ。考えてみれば、当然のことなのに、そんな夫を見て、何だか急に、深く息が吸えるような気持ちになりました。
無理をするのはやめてみよう。
その時、ふと、そんな考えが浮かびました。先週、何も書けなかった。そして、自分との約束も守れなかった。でもそんな自分を、責めるのはやめてみよう。
そう思ったら、翌日、パソコンを開けてみる気になりました。画面に向かいながら、考えます。なるべく感情を抑え、でも今の自分の正直な思いを、拙くても書いてみよう。
もはや、安心して信頼できる媒体はない。でも、どこかに真実はあるはずだから、諦めずに辛抱強く、探してみよう。正直でも、中立でも、冷静沈着でもないけれど、自分なりの筋を通して、嫌なものは嫌だと、ちゃんと言える人でいよう。
ふん、と、鼻息を吐くと、私は久しぶりに、パチパチとキーボードを打ち始めたのでした。
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