第31話 デ-タは真実を語ると言うけれど

 先日、たまたま見た池上彰さんの番組で、1980年代以降、日本人の平均身長がそれほど伸びておらず、それは東南アジア諸国と比べても、平均身長の伸び率は低いのだ、という話が出ていました。

 なんでも、その日は、データを元に事実を見てみよう、と言う回だったようで、海外の身長はこう、それに比べて日本はこうと、データが出ていました。へぇ、日本人の身長って、それほど伸びてないんだ。日本人の平均身長の推移をデータで見せられ、私はなるほどと思いました。


 番組では、次に伸び悩みの原因は、生れたときの体重に関係があるのではないか、という説がある、と言う話になりました。

「出生時の体重が低いと、成人身長も低くなりやすいというデータがあるのですが、今は痩せている妊婦さんも多く、スタイルを気にされることもあって、生れた赤ちゃんが小さいのではないか。それゆえ、身長も伸びない、という研究結果もある、ということです」

 淡々と語る池上さんの言葉を聞いて、そのあまりに短絡的な発言に、私は、一瞬、唖然としました。それから、じわじわと怒りがこみ上げてきました。知りもしないくせに、よくもそんな風に、分ったようなことを言えるものだ。スタジオには女性が何人かいて、

「でも妊婦は、病院で体重を増やさないように、言われたりするのですよ」

と言いましたが、彼は、その意見を特に取り上げようとはしませんでした。


 彼女たちの意見を、ちゃんと取り上げてよ。私は心の中で叫びました。彼女は大切な事実を語っているのだから。自分の仮説から外れた意見だからって、脇に追いやらないで。

 実を言うと、かつて私は、痩せた妊婦でした。スタイルを気にして? いいえ。つわりがひどくて痩せ衰え、落ち着いた頃には、お腹の赤ん坊が胃袋を押し上げてくるので、たくさんは食べられなかったからです。

 付け加えるなら、私が妊婦だった平成のあの頃、私が通っていた産婦人科では、体重管理には、結構厳しかったです。これ以上体重を増やすなと、多くの妊婦さんが医者や看護師に、かなり言われていました。そんな中、私は優等生でした。そうなりたかったわけではないけれど。

 体重管理が厳しかった理由は、太りすぎると出産が重くなるし、何か病気が出る心配もあるからだと、解釈していました。


 とにかく、私が実際に目撃した出産の現場は、こうでした。そこはしっかり調べたのでしょうか。何%の妊婦さんが、スタイルを気にして、妊娠中にもダイエットをして、無理にも痩せていたのでしょうか。客観的なデータを出してほしいものです。


 さて、痩せた妊婦だった私は、2500グラムにも満たない、小さな女の子を出産しました。小さかったけれど、出産は軽かったし、娘はとても元気に生れてきてくれて、私はとても嬉しかった。けれど、出産した二日後にお見舞いに来てくれた人から、

「赤ん坊が小さかったけど、なぜなの。ちゃんと生んだの?」

とたたみかけられ、自分がひどくいけないことをしたように思えて、ベッドをぐるりとカーテンで覆い、数日、泣いて過ごしました。


 出産に関することは、とてもデリケートです。今この瞬間、たまたま痩せている妊婦の人が、この番組を見て傷ついたりしないだろうか。急に不安にかられたりしていないだろうか。動揺しているかもしれない妊婦さんのことを思うと、本当に腹が立ちました。

 このまま、このテーマを終わらせられたら、やりきれない。そう思ったときでした。


「あのう、あくまで仮説ですけど」

伊集院光さんがおずおずと口を開いたのです。

「医学が発達して、これまでは小さすぎて生れにくかった赤ちゃんも救命できるようになった、と言うのがあると思います。さらに言えば、日本人の健康寿命が他国より高いのだから、身長がどうこうは、あまり問題がないのでは」

 伊集院さんのその言葉で、スタジオの雰囲気が、ガラッと変わりました。池上さんも、急に方向転換し、

「データをどう解釈するかということですね。身長が高くなくても、健康ならよいよ、と言うはなしですね」

と、締めくくったくらい。


 いや、それにしても、伊集院さんて、本当にすごいと思いました。なんて視野の広い、想像力の豊かな人なのだろう。そして、なんて温かな人なのだろう。伊集院さんのあの言葉が出なかったら、平均身長が伸び悩んでいる問題が、出産を引き受けている女性の責任、みたいになるところだったと思います。


 データは、良いも悪いもない、フラットなものです。でも、データを分析するのは、不完全な人間なのです。池上さんの言うとおり、データをどう解釈するかで、事実は変わってきます。

 データを解析する人間の考え方や価値観、もっと言ってしまえば偏見などが、データを解析する時に影響を及ぼさないと、誰が言えるのでしょう。だからこそ、データを前にしたとき、人間は謙虚でいなければならない。簡単に分ったような気になるのが、一番いけないと思うのです。

 

 ちなみに、2500グラムにも満たずに生れた娘は、今や私の身長を追い抜き、164センチになりました。

 小さい赤ちゃんでも、結構大きくなるんですからね。決めつけないでよね!

 

 

 

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