第16話 呪物VS呪物②

「なんでお坊さんなんて連れてくるのよ」

「そんなの、知るわけないわ。あたし、百鬼のことを浅倉先輩に説明してないし。こいつ、とうとうお坊さんにお祓いされちゃうんじゃない?」


 依子は、拝み屋修行中の従姉妹と会おうとしただけで、自分が祓われるのではと、百鬼が怯えていたのを思い出した。

 坊主と鉢合わせすれば、数珠ごと浄化されてしまうのではないか。依子の心配とは裏腹に、百鬼はそれを気にしている様子もなく、カフェーで走り回る小鬼や、常連に憑いている悪霊を、スナック代わりに食べていた。


「んふふ、ご心配なく。そんなに力の強い能力者なら、遠く離れておりましても、この私の『奇々怪々アンテナ』なるものがビンビンに反応いたしますので」

「奇々怪々アンテナ?」


 そんなものが百鬼の頭からビンビンに突き出してきたことなど、一度だってないが、人間を助けてくれる流行りの妖怪アニメを観て、彼が影響されているのは、理解した。


「霊感の強い人は、百鬼も分かるそうよ。だけど、百鬼は簡単にお祓いできるような呪物じゃないと思うわ」

「どう見ても、簡単にお祓いされるようなナリしてないもんねぇ」


 依子の言葉に、里子はケラケラと笑って頬杖をついた。それから予定時刻を過ぎても、彼らがやってくる気配はなく、やがて依子と里子は何度も腕時計を確認しながら、漫画や雑誌をめくり時間を潰していた。

 それから三十分後、ようやくカフェーの扉が開き、カランコロンと入店の鈴の音が鳴ると、待ちくたびれた二人は一斉に入り口のほうに視線を向けた。


「やあ。遅くなってごめんね、掬川さん、美座さん。待たせたよね」

「えーー! やだぁ、浅倉先輩、足どうしたんですか?」


 入り口に立っていたのは、松葉杖をついた、爽やかなアイドル顔負けの青年だった。そして、その背後には同年代と思われる、スキンヘッドの青ざめた青年が立っていた。


「あなたが美座さん?」

「はい。はじめまして、美座依子です」

「はじめまして。僕が浅倉で、こいつは僕の中学時代の友達の、金井。隣町の大学で仏教学科に通ってるんだ」


 依子と里子が頭を下げるが、雄一と呼ばれたお坊さん、正確にはお坊さん見習いの彼は一点を見つめたまま、氷漬けにされたように、全身を強張らせていた。


 ❖❖❖


 テーブルに、アイスコーヒーが運ばれてくる頃には、浅倉寛あさくらひろしの友人である、金井雄一かねいゆういちは、両手を合わせたまま、目を瞑り瞑想に入ったかのように微動だにしなくなっていた。


「………」

「あのー。もしかして、座ったまま気絶しちゃいました?」


 依子の隣に座っていた里子が、恐る恐る雄一に声をかけた。寛は苦笑いをしながら説明を始める。


「ごめんね。実は雄一をここに連れて来るまで大変だったんだ。ほら、手前に横断歩道があるだろ。あそこで固まっちゃったんだよ。絶対この店に入りたくないって言ってね。それでも来てくれと頼んだ。こうして精神統一して視線を合わせなければ、大丈夫だって言うんだけど、僕にはなんの事だかさっぱり分からないんだ」


 寛は爽やかな笑顔を浮かべ、首を傾げる。依子と里子には身に覚えがあり、思わず咳払いをした。


「ほほう、これは面白い。まるで滝に打たれる修行僧のようですね、依子さん! 私の邪視能力を見破るとは、それなりに霊力はあるようですが……残念、小者です!」


 百鬼は、無心で手を合わせる雄一を面白がって、依子の背後から飛び出すと、ぐっと雄一の目前まで顔を寄せる。その、ただならぬ気配を察したのか、彼は冷や汗を垂らして震えていた。

 冗談めいた里子の予言通り、本当に気絶してしまいそうになっていたので、依子は百鬼の着物を強く引っ張った。


「もう! 百鬼、悪ふざけはやめなさい。これじゃあ、全く話が進まないわ。貴方は少し数珠の中に入っていて」


 誰だって、恐ろしい異形の化け物が眼前まで迫ってくれば、恐怖で震えてしまうのも無理はない。


「しゅん……。依子さんにお叱りを受けるなんてご褒美でございますが、いささか悪ふざけが過ぎましたね。失敬!」


 依子に叱られた百鬼は、すっかり叱られた犬のように肩を落とすと数珠の中に、するすると吸い込まれていく。百鬼の気配が消え、雄一はようやく目を見開いて、険しい表情で依子を凝視した。


「き、君はあの化け物と意思疎通出来るのか!? あんな恐ろしい化け物、初めて見た……。寛、お前の呪物なんて比じゃないくらい危険だぞ。それが憑いていて、普通の人間なら無事でいれるとは思えない」

「ええ、まぁ。あの……事情は割愛しますが、彼は一応、無害なので安心して下さい」


 食い気味に身を乗り出す雄一に、依子はあいまいな返事をした。とてもそんなふうには見えないという顔をする雄一。

 事情が飲み込めない寛には、はてなマークが沢山ついている。里子と言えば、そんな様子の三人を見て吹き出した。

 話を変えるように、依子は咳払いをする。


「それで、浅倉先輩。その怪我はどうしたんですか。もしかして相談事が関係しています?」


 依子は、寛の足元をチラリと見ると彼に問い掛けた。


「そうかもしれない。実は、掬川さんに相談してから、階段から転落してね。足の骨折だけで済んだけど、今回だけじゃないんだ。雄一に相談して、お寺に供養に行こうとした時は、車が動かなくなったり、急に用事が出来てしまって、行けなかったりしたんだ」


 どうやら、里子が彼に話をしてから数日後、寛は事故にあってしまったらしい。ただの不注意、偶然だと言ってしまえば簡単だが妙に引っ掛かる。依子と会わせたくない何者かの仕業のように思えた。


「浅倉先輩、詳しくお話しを聞かせて下さい。その呪物って……一体なんですか」

「実は、このフランス人形なんだ。持って来ようとしたんだけど、これを乗せると、車のエンジンが故障してしまって。また怪我したくないから家に置いてきたんだけど」


 そう言うと、寛は手帳から写真を取り出して見せた。そこにはアンティーク硝子ケースの中に入った、栗色の巻き毛のフランス人形が座っている。

 ガラス玉の瞳が、カメラ越しにも生きているよう生々しさを感じ、不気味だ。

 

「これ御札ですか……? 破られているわ」


 硝子ケースの四方に貼られていたであろう御札は、何者かの手によって無惨に引き裂かれ、その痕跡だけを残していた。


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