第15話 呪物VS呪物①
心霊旅館での一件から、依子と里子は急速に仲良くなった。里子は依子とは正反対の性格だが、お調子者でいい加減なところがあり、ある意味では無理をせずに付き合える存在だった。
『この間なんて、一時間も依子と話しちゃったから、電話代だけで破産しそうよ』
「私だって、お母さんに叱られたわ。長電話が終わって振り返ったら、鬼ババアみたいに仁王立ちしてたのよ」
依子の言葉に、里子が吹き出す。
そんな会話を交わしながら、今日も二人は電話で話していた。さすがにこの間のような長電話をすれば『そんなに長電話をするなら、バイトしなさい』と叱られそうだ。受話器越しに、里子の笑い声が聞こえる。
『それならさ、バイトしてみるのも良くない? あたしの先輩が困ってんのよ。あんたなら、パパッと解決できちゃうかも』
「また? やめてよ、私は霊能力者じゃないわ」
依子は呆れたように苦笑すると、黒電話のコードに指を巻きつけた。
『浅倉先輩、ちょっといい男だし一度会ってみない? あんたもさ、呪物の彼氏じゃなくて、本物の彼氏が欲しいでしょ』
「しっかり聞こえておりますよ、依子さん! まったく、里子さんは油断も隙もありませんね!」
受話器越しに、百鬼がぐいっと耳を寄せてきたので、依子は驚いて顔を引いた。友達の里子には、百鬼との出会いや彼の言動について、誤解を与えない程度に伝えている。
里子が霊視する百鬼は、完全に異形の存在だったが、彼が人間に対してとりあえず、悪意がないと知ると、すぐに平常心を取り戻し順応した。
「ちょっと……百鬼、びっくりするじゃない。ダメよ、里子。今の会話、百鬼に聞かれて怒ってるわ」
百鬼を自分の恋人だと認めたわけではないが、恋愛が煩わしい依子にとって、彼の存在はまるで魔除けのようなものだった。
今は恋愛よりも、趣味や勉強を優先したい。
そんな依子の気持ちを知ってか知らずか、百鬼が彼女に憑いたことで、ナンパされる回数も減り、異性が近寄らなくなった気がする。
恐らく、百鬼は本能的に人間が危険を感じるような圧力を、彼等にかけているのだ。
「依子、百鬼をダシにして、あたしの話を断るつもりでしょ。それは冗談として……本当に先輩が困ってるのよ。だから、少しだけでも話を聞いてあげない? 先輩の話を聞く限りあたしの実家と同じで、本物なんじゃないかって思うの」
「ふむ。依頼人が男前なのは気になるところですが……いざとなれば、パクッといけばよろしいですからね! 依子さん、そろそろ私も、油の乗った美味しい物が食べたいです。人助けをしてみるのも、気持ちがよろしいと思いますよ」
百鬼は、受話器を持つ依子の周りをぐるぐると回る。彼を見ていると、『色気よりも食い気』という言葉が真っ先に頭に浮かんだ。
「ご近所にお住まいの、魑魅魍魎や悪霊の庶民的なお味も、大変美味しゅうございますけどね。たまには私も、贅沢をして、例の心霊スポットにいたような山の幸や、ほおのやさんの敷地内に迷い込んだ、高級珍味を食べたくなるんですよぅ!」
「そんなに味って変わるものなのかしら。分かったわ、里子。百鬼も興味を示してくれたから、引き受けてみる」
依子がそう言うと、『これで決まりね』と里子が受話器越しに笑った。
「聞いて驚かないでよ。先輩も呪物を手に入れちゃったんだから」
❖❖❖
そういうわけで、依子は大学の近くにある『カフェー・フランソワーズ』で、里子達と待ち合わせをすることにした。
ここは大正時代に開店した老舗の店で、レトロな内装と赤いソファーが特徴的な店だ。
メニューは昭和に入ってリニューアルされ、イタリアンプリンやメロンソーダ、クリームあんみつ、ピザトースト、ドライカレーなど、おしゃれな料理が取り揃えられている。
「うわ! ちょっと、やだぁ。また百鬼、大きくなったんじゃない? 見るたびに禍々しく成長してるんだけど」
里子の第一声はそれだった。
大きな色付きサングラスをかけた彼女の格好は、相変わらず派手で、高そうな古着のスリムジーンズを着ている。
「そう? 私から見る百鬼は変わってないんだけど……」
「あらまっ、ついつい小鬼が美味しくて、つまみ食いしてたんです。太ったかしら」
「なんかもう、さらに見た目がパワーアップしてるし、得体のしれない祟り神みたいよ」
依子の隣に座っていた百鬼が、自分の脇腹をつかむと、ぷにぷにと揺らした。
贅肉をつかんで嘆いている分にはいいが、栄養をたくさん取って禍々しく成長している姿を想像すると、あまりにも恐ろしい。
依子はそれ以上考えないようにして、里子の背後を覗き見たが、先輩らしき男性の姿はなかった。
「ねぇ、ところで里子。先輩はどこにいるのよ?」
「えーと、まだ来てないわねぇ。先輩のほうが、あたしより先に店に着いてると思ったんだけどなぁ」
「また寝坊したんでしょ」
「ご名答。あたし、朝はめっぽう弱いんだもん」
ズボラな里子は、案の定寝坊をして、先輩との待ち合わせの時間に遅れてしまったようだ。彼は指定の時間に来ない里子に痺れを切らし、帰ってしまったのだろうか。
そんなことを考えていると、店の赤電話が鳴った。
マスターが受話器を取ると、しばらく応答した後に、こちらに視線を向ける。
「里子ちゃん、浅倉君から電話が入っているよ」
「はーい。浅倉先輩からだ。……はい、もしもし。すみません、私完全に寝坊しちゃって。今フランソワーズに直接来てます。はい、はい。え? うーん、構いませんけど」
電話を終えると、里子は振り返って言った。
「先輩、あと十分で店に来れるって。なんかさぁ、連れがいるみたいなのよ」
「連れ? お友達かしら」
「うーん、どうかな。お坊さんみたいなんだけど」
里子の曖昧な返答に、依子は嫌な予感がした。
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