第17話 呪物VS呪物③

「そうなんだ。実はこれ、僕の母親が買ってきた人形なんだけど、最近おかしなことが起こるようになったんだよ。だから、近所の神社からお札をもらって貼っていたんだ」


 依子はこのアンティーク人形を最近手に入れたものだと思っていたが、よくよく寛の話を聞いてみると、彼が小学六年生の時に、両親と海外旅行に行った際、骨董店で気に入って購入したものだという。


「どうして人形を捨てなかったんですか? 家に置いておくのは気味が悪いでしょう」

「それが、捨てても家の前まで戻って来るんだ。よほど僕の家にいたいのかな」


 依子は写真から目を離すと、どこか浮世離れした寛に質問した。


「このお人形の怪奇現象って、買ったときからなんですか?」

「それが、つい最近なんだ」


 昔から依子はぬいぐるみはともかく、日本人形やフランス人形など、どんな小さなものでも魂が宿りやすい人型が苦手だった。 というのも、依子が幼い頃に浮遊霊が入り込んだ人形に話しかけられたことがあるからだ。

  そのときの記憶はぼんやりとしていて、会話の内容などは覚えていないが、じんわり湿ったような嫌な感覚が心にこびりついている。


「例えばそうだね。昔からこの人形は玄関に置いてあるんだけど、何かの気配を感じて夜中に目が覚めると、自分の隣に倒れていたり、ほかの場所に移動していたりするんだ」

「うわぁ、気持ち悪い。典型的な怪談話ね」


 里子は自分の両腕を擦りながら、ぶるっと体を震わせた。少なくともこの人形を購入した当初は、そんな様子はなかったらしい。 最近になって怪奇現象が現れたとなると、何かしらそれを引き起こすきっかけがあるような気がしてならない。


「まるで生きているみたいだわ。浅倉先輩、その人形が動き出すようなきっかけはあったんですか?」

「確かに……話を聞いていると、急に動き出したって感じだもんね。思い当たるところはないんですか?」


 依子の質問に、里子が便乗した。 寛は思考を巡らせるように顎に手を当て、首をかしげる。


「それが、思い当たる節がないんだよね。最近の出来事といえば、新しいレコードを買ったとか、初めて彼女ができたことかな?」

「え! 浅倉先輩、彼女いるんだ、ショックだわ。しかも初めての恋人だなんて、あたしってば、早く立候補しておけばよかった」


 里子は心底落ち込んで肩を落とした。 ようやく寛が捻り出した答えは、肩透かしだった。とはいえ、霊能者でもない依子が怪異のきっかけを聞いたところで、原因を断定できるわけでもないのだが。


「俺から言わせてもらえば、寛の家にある人形が、今までおとなしかったこと自体が驚きなんだ」

「どういうことですか?」

「実家で預かった曰く付きの雛人形なんて、ぞんざいに扱うと毎回不審火が起こるくらいなんだぞ。あの人形にも、なにかしら怪異が起こる法則があるんだろう」


 怪異が起こる法則。

 それとも、何かのきっかけでこの人形に悪霊でも憑依してしまったのか。


「寛、いい加減あの呪物の中にいる魂を成仏させないといけないよ。このままじゃ誰かが死ぬ」


 将来は住職になることを目指すだけあって、雄一は慈悲深い。そんな彼とは正反対の呪物である百鬼を、依子は対面させようとしているので、ほんの少しばかり罪悪感が湧く。

 すべての現象を呪物のせいにすることはできないが、寛が怪我を負っているのは事実で、このままだと何らかのきっかけで命を落とす可能性もある。


「成仏……はさせられないと思いますが、ともかく、浅倉先輩のご実家に行ったほうがよさそうだわ」

「んふふっ! 待ってました依子さん。ぜひぜひお邪魔いたしましょう。国産ばかり頂いておりましたけれど、ふらんす料理なるものを食べとうございます」


 百鬼は数珠に入ったまま、カタカタと音を鳴らしながら話しかけてきた。


(……フランス料理のシェフに叱られちゃうわよ)


 依子は心の中で百鬼にツッコミを入れつつ、笑顔で二人を見つめた。


 ❖❖❖


 寛の実家には、雄一の車で行くことになった。事前に説明されていた「呪物からの妨害」というものは起きなかったのは幸いだ。


「あたし、もっとさぁ……道中で事故に巻き込まれるとか、どうやっても辿り着けないとか、そういうの期待しちゃってたけど。呪物のほうも察しちゃったのかしら?」


 依子と後部座席に座っていた里子が、なぜか残念そうに言う。依子は苦笑しつつ、彼女の推理はあながち間違いではないとも思った。

 もし自分が百鬼に標的にされたら、妨害する以前に安全な場所に逃げるだろう。


「的確だ。あんな禍々しい姿をした化け物に、どう対処していいか分からない」

「自分に向かって巨大なヒグマが襲いかかろうとしているのと同じだもの。危険を察したのかもしれないわ」


 依子と雄一は同時にそう答えた。人形と自分の立場を置き換えれば、妨害して足止めするよりも、一刻も早く逃げ出したくなる。

 まったく百鬼の姿が見えない寛は、二人の感想に吹き出していた。どうやら彼は、随分とのんびりした性格で、危機感がないようだ。


「あ、見えてきた。ここが僕の実家だよ」


 寛が前方を指さすと、後部座席の二人が顔を出して確認した。高級住宅地を走っていたので予想はしていたが、寛の家は大きくモダンな一軒家だった。


「わぁっ、すごい! やっぱり浅倉先輩って良いところのお坊ちゃんだったんですね」

「そんなことないよ。父親は輸入代行会社の社長してるけど、僕はいたって商才のない普通の男だし」


 興奮したように里子が食いつき、寛はさらりとそれを交わして謙遜する。 依子は車から降りると、お洒落な一軒家を見上げた。

 外見からは呪物がある不気味な洋館などという雰囲気はない。

 マッチ箱のような実家とは大違いだと、依子は溜息を漏らした。車をガレージに駐車させると、早速三人は寛に連れられて玄関の前まで来た。


「今日は両親ともにいないから、遠慮しないで入って」

「お邪魔します」


 そう言って、一歩玄関から中に入った瞬間、依子の全身に鳥肌が立った。張り詰めるような空気に、強い憎しみに似た視線を感じる。里子も同じように感じたのか、顔を引きつらせて硬直していた。


「寛、すごいな……これは前よ」

「あーーー、ふぉびゅらす! これが噂の南フランス産食材の香りにございますね? 依子さん、これは発見です。万国共通で美味いものは、食欲をそそる香りがします!」


 雄一の言葉を遮るように、数珠から現れた百鬼は、ぐうぐうと腹の虫を鳴らしながら飛び出し、地面に着地した。

 いつも依子と外出する時は、歩きながら小鬼や悪霊を食べている。数珠の中に引っ込んでいた百鬼は、ここに来る間に空腹になっていたのだろう。


「うわぁぁ!」

「百鬼、ちょっと!」

「なに、どうしたの?」

「なんだ、地震か? 家が揺れてるぞ」


 百鬼が飛び出し、恐怖で悲鳴を上げる雄一が腰を抜かすと、依子が思わず声を上げた。家の雰囲気が急激に重くなり、周囲を見渡す里子に、一人だけ揺れを感じた寛がパニックになっていた。

 ポルターガイストのように、部屋にかけられていた絵画や飾られていた皿が地面に落ちると、鼻息を荒くして百鬼は走り出し、視界から消える。


「にゃっはは! 依子さん、少しお待ちくださいな。ちょっと逃げようったってそうはいきませんよ。おとなしくなさい、ぼんじゅーる? コラッー、ベッドの隙間に逃げない!」


 まるで猫がネズミを追いかけ回すように、家中をドタバタと走り回る音がする。それと同時にポルターガイストが激しくなり、四人はさらに悲鳴を上げた。


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私の彼氏はどうやら呪物のようです 蒼琉璃 @aoiruri7

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