第5話 幻の真実

この世界は幻だ。「双色唯一」の見ている、小さな小さな夢にすぎない


それに気づいた理由は、きっと夜明けが近づいてきてるから。夢の寿命は一夜のみ。終わりに近づくにつれて、ここが現実じゃないという実感が湧いてきたのだ


といっても、そうだという確証なんて無かったし、それに気づいたのもプラネタリウムを見ている時だった。彼女にそのことを話してみたのも成り行きだ。けど、彼女の表情を見るに、正解だったみたいだ…



黄昏時が過ぎ行き、夢の終わりを告げるかのように太陽の光が消えていく


「みなとみらい」という都会でありながら、周囲に人の姿はない。それもそのはず、この世界はイマの夢見るフィクションなのだから


「気づいたんだね。そっか、そっか…」


イマはどこか諦めて、どこか解放感のある遠い目をしている。そんな彼女に、どう言葉をかけていいかわからなかった。だから、自分について話してみることにした


「僕、夢が無いんだ」


それは「記憶喪失」だから仕方ない。最初はそう思っていた、それが普通なのだと…未来に対する期待は無い。今に満足している訳でもなく、不満な訳でもない


この先、何もない人生だとしても、きっと僕は、それを不満に思わない。素直に受け入れて、そして生きていく。それが、現実だと諦めていた...そう、諦めていたのだ


そう…だって僕の正体は、夢を、幻を見ることができない、灰色の世界に適応した存在「現実を受け入れた双色唯一」なのだから


「それが嫌ってわけじゃない。これが僕って、堂々としてる。けど、そんな僕の前に、君という幻が現れた」


病院で目を覚まし、一番最初に出会ったのはイマだった。記憶喪失の僕の前に現れて、突然「幻のガールフレンドです!」と言って困惑したのは、きっと忘れられない


「懐かしいね。といっても、数か月前だけど」


「うんん、違うんでしょ?」


僕には、断片的な記憶しか残っていなかった。不思議なほど、日常でのことを覚えていなかった。覚えていたのは、彼女と出会った日と、初デートの日と、初登校の日...そして、今日の4日間だけ。その4日間も継ぎ接ぎな記憶しか残っていない


違和感はなかった。これは夢なのだから


「...まあ、ね」


もう一度言っておく。この世界は彼女の...『双色唯一』の生み出した幻…夢なのだ。だから、現実では一日しか経っていないのだろ


「私が現れた目的…なんだと思う?」


「正体は分かってるけど、目的は検討がつかないや」


「…ふふっ、全部を解き明かされた訳じゃなかったんだね。私もなかなかなものでしょ?」


彼女は「ふふんっ」と笑って見せるが、やはり、その表情からは哀愁が感じられた。水族館で見た、暗い表情にも似ている


「解き明かした訳じゃない。単に、タイムリミットがきて、答えが配られただけよ…それで、目的って?」


僕がそう聞くと、彼女は空を見上げて、どこか儚く、全てを諦めているような声で答え始めた


「この夢の終わりで、きっと『双色唯一』は成長して、夢のある世界を諦める…それは、私が一番よくわかっている」


彼女は優しく微笑んだ。その微笑みは、きっと安堵から来たもの…だが、それは彼女の終わりが近いことを意味する


「君の前に現れた目的は…んーっと…「悪あがき」みたいなものなのかな? 実際、私自身もよく分からないや」


そう言って、隣に座る彼女は、僕の方を向く。月明かりが、彼女の黄緑色の髪を照らす。そして、哀の笑顔をしている彼女の顔が、ハッキリと見えた


「何かを残したかったのか、それとも消えたくなかったのかは分からない。けど、私は君と関わりたかった、関わらなければならないと思ったの」


「だから、こんな夢を用意したんだ」


「この夢は、偶然生まれたに過ぎないよ。狙って夢を見ることができる人間なんて、居るわけないじゃん」


「それもそっか…でも、君の「強い意思」が影響を与えたのは、間違いないだろうけどね」


もう、分かっただろう。僕の隣に座っている「イマ《イマジナリー》」の正体…それは「幻想を信じる双色唯一」…つまり、昔の僕だ


いや、正確には「僕に至る前の双色唯一」と言う方が正しいのだろうか。まあ、とにかく、彼女も双色唯一であることは間違いない


今までは分からなかったが、今ならよく分かる。むしろ、今まで気づけなかったことや、初めて会ったときに「美少女」と評したことが、恥ずかしい


イマの顔つきと体つきは、僕と全く同じなのだ。逆に、違っている部分なんて、髪色と瞳に宿っている光ぐらいだろう


「この夢が終わって「双色唯一」が目を覚ましたら、私は居なくなって、双色唯一は「君《現実を見る少女》」に成長する」


「そうしたら、『君《夢見る少女》』の方は消えてしまう…この夢の終わりは、君と言う夢の終わりでもあるんだね」


彼女の顔に、悔いは無さそうだった。夢見る少女は、夢と共に消える。それを、認めて…いや、諦めている


僕は彼女の手のを優しく握った


彼女は幻…イマジナリーガールフレンド。だから今までは感触がなかったが、自分含めて世界の全てが夢だと分かった今なら、幻同士触れあうことができる


彼女は、微笑んでくれた


「そういえば、どうして僕の「恋人」を名乗ったの? 今までの説明だけじゃ、分からないんだけど」


僕の存在は…言ってしまえば、彼女の信じた全てを否定する、対極的な存在だ。そんな奴に、どうして恋人と名乗ったのか


関わるだけなら、やりようはいくらでもあったはず。それこそ、オーソドックスに「友達」として関わった方が良かったのではないか


「んー…? う~ん?」


彼女はキョトンとした顔をしてから、深く考え込み始めた。その様子は、今までのイマと同じで、少し安心を覚えた


「一目惚れ…かな?」


彼女が放った回答は、僕の予想にはない在り来たりなもので、今度はこっちがキョトンとしてしまった。そして、僕から笑いが溢れた。久しぶり、いや、初めて笑いだった


「自分に一目惚れって、そっかそっか、私ってナルシストだったんだね」


「ちょっ! そんな変…か」


彼女はツッコミを入れようとしたが、自分が面白いことを言っていたことに遅れて気付き、笑い始める


「というか唯一、一人称が「僕」じゃなくて「私」に変わってたよ。そうなると、素の喋り方も同じなんだから、本格的に紛らわしくなるじゃん」


「いいでしょ別に。どうせ、もうこの世界には『「双色唯一」』以外には、誰も居ないんだしね」


公園の一角に設置されている、海の方に向いているベンチ。そこには、同一人物である2人の少女が笑いあっていた


「現実」と「幻想」…2人は真逆の存在に染まっていた。しかし、それでも同じ『「双色唯一」』なのだ


だからこそ、2人とも悲しい雰囲気は嫌いなのだ


夢が覚めるまでの時間は、残り僅か…

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