第4話 幻の星空

変化が怖かった

今の幸せを、幸せと思えなくなるのが嫌だった


死が怖かった

すべての努力。すべての幸せが無駄になるのだから


他人が怖かった

言動すべてが、本当かどうかわからないから


幸せが怖かった

それを手に入れた先には、何もないから


…未来が怖かった

すべてを恐れた。停滞すること。無駄だと切り捨ててしまうこと。現実に染まること…


それが『大人になる』ってことなのはわかっている。けど、それはきっと…誰もが怖がるものなのだ


だから、まだ子供でいたい。夢をみていたい。世界を現実にしたくない…


私は、僕は…現実じゃない世界を夢見るのが好きなんだ。だから、これが最後の抵抗…成長なんてしてやらない


未来は何色でもないと気づいた


幸せを追っても意味がないと気づいた


現実に非現実は存在しないと理解した


それでも、は奇跡を…信じる


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イマとデートの約束をした次の週末の土曜日。僕は通院で病院にやってきていた


検査の内容は、簡単な質問に答えるだけのもので、検査自体はすぐに終わった。その帰り際、ある人物と会った


「あっ…」


「ん? 君は…」


白衣を着たちょびヒゲのイケオジ…記憶喪失になった初日に私の検査をしてくれた「先生」だ


僕と先生は近くのベンチに座り、流れで話をすることとなった。先生はカフェオレを近くの自販機で買ってきて、1缶僕に渡してくれた


「それで、幻の彼女とは上手くいっているのか」


「…正直、上手くはいってないと思います」


あれから数日間、イマは姿を消していた。デートの日に現れてくれるかも怪しい


彼女は幻。存在しない今が正常な状態のはず…なのに、僕はそれに寂しさを覚えていた


「僕、恋人とかは関係なく、彼女の…イマのことを気に入っていたんだと思うんです。幻なのに、幻想なのに…変ですよね」


先生は、タバコを箱から出し入れしながら話を聞いてくれていた。イマの悩みを聞こうとしている僕が、悩みを聞いてもらっているなんて、いい皮肉だ


「変じゃないさ。小さい頃、誰もがそれを持っていて、誰もが成長と共に無意識にそれを手放していくんだ」


「どういう、ことですか?」


「少し、君の悩みが理解できた。少し、場所を移してもいいか? 個人的な検診をしてあげよう」


そう言って、先生と私は病院の屋上へと移動した。ちなみに、移動した理由はタバコを吸いたかったからだとか


先生は軽く一服しつつ、話を始めてくれた


「小さい子供は、誰でも夢を見るものだ。魔法、奇跡、オカルト。現実を深く知らないからこそ、そういった非現実を受け入れられる」


確かに、小さい頃は、お化けや、怖い言い伝えを素直に受け取っていた。だけど、成長していくうちに、現実的にあり得ないとことだと気づいていく


それは確かに、誰もが通る道なのかもしれない


「双色さん。君は今、イマイマジナリーガールフレンドのことをどう思っているんだい?」



少しの静寂の後、僕は本心を口にした


「恋人とまでは言いませんが、親友…うんん、もう1人の自分だと思っています」


最初は困惑だった。そして、始めてのデートをして…僕は、イマという存在を無意識のうちに認めていた


そして、イマという存在が僕の中に定着して、僕にとって、一緒にいて当然の相棒と思うようになっていた


「…そうか」


先生は淡白にそう言った。そこで、僕も先生が何を言いたいのかを、なんとなく察した


イマも所詮は「幻」であり、それは成長と共に消えてしまう…僕は、それを恐れて…停滞してしまってるのかもしれない


「先生…僕」


僕はきっと青ざめた顔をしている。その顔をみて、先生も僕が理解したのだと気づいたのだろう


「成長は…絶対に止められない。人間は、誰もが大人にならなければならないんだ。それは、医者であっても止められない」


そう言って、先生は僕に近づいて肩に触れて優しく微笑んでくれた。その大人の顔をみて、僕は少しだけ心が落ち着いた


「だが、俺の仕事は悩みを聞くことだ。どうせ、この後に予定はない。双色さん、話してくれないか? 君たちの話を…」


この人に話したら、きっと隠れていた本心を暴かれてしまう気がする。それを指摘されていけば、僕は成長して、そして…


僕の迷いは顔に出ていた

そんな僕を見て、先生は一言…


「双色さん。大人と子供は■■■■なものだと思わないかい?」


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今日はデートの約束をした日曜日。私は、あの約束から一つの覚悟を決めて、デートに挑むことにした


上手く笑えるかな?


いつも通りに話せるかな?


普段みたいに…


不安はいっぱい溢れている。けど、今日を乗り越えれば、きっと。だから、これが最後…


『頑張るぞ。私』


私は自分に渇を入れて、唯一の前に現れる


「やっほー、唯一。久しぶり!」


いつも通りの笑顔。いつも通りの雰囲気。何も間違えていない。どれも偽物ではないけど、本心だけは隠せてる


「久しぶり。と言っても、数日会ってないだけだけどね」


「とかいって、寂しかったんでしょ? 唯一のことは何でもお見通し…」


私は、唯一の頭の中を覗いた。彼女は全てを理解していた。も、世界の真実も…


「お見通し、なんでしょ? なら、最後ぐらいは、隠し事とか気にせずに、楽しもう」


「…そっか~、それも、そうだね」


どうせ、バレているのなら、変に隠そうとする必要もないし、今日が本当に最後なことが確定したのだから、全力で楽しんだ方が良いだろう


「あっ! でも、勘違いしないで欲しいんだけど、今までの私も、隠し事はしてたけど、普通に楽しんではいたからね」


隠し事はあった。けど、それ以外は全て本物だ。私は、あの日々を楽しく過ごしていた


「わかってるよ。だって、僕が楽しかったんだもん」



私が指定したデート場所は、横浜にある「プラネタリウム」だ。騒がしい遊園地にも行きたがったが、やはり、最後は幻想的な夜空を見たかった


時刻は休日の昼下がり。昼食を済ませて、私と唯一は手を繋ぎながらプラネタリウムへと向かった


休日の昼下がりということもあり、人がいっぱい居たが、運良く私たちはど真ん中の席を…いや、もうこういう嘘も必要ないんだったね


私たちは真ん中の席に座り、席を倒して上を向く。まだ始まっていないが、そこには美しいイルミネーションのような光が写し出されていた


私たちの周りには誰も居ない。私と唯一の2人っきりで辺りは暗くなり、星空を巡る旅が始まったの


始まる直前、私は唯一の手を優しく握った。すると、唯一は握り返してくれたのだ


彼女からは私の感触はわからないし、暗いから手元が見えてないはずなのに…


不思議に思ったが、その疑問は星の光にかき消された


今、私たちを照らしている星の光。この光は偽物だけど幻ではない、世界のどこかにある本当の星空なんだね。それは、本当に美しいと思えるよ


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プラネタリウムから出ると、時刻は午後4時。ちょうど、日が落ちるぐらいのタイミングだ


普通のデートなら、これで解散でもおかしくないが、私たちには、まだやるべきことが…ハッキリと話すべきことがある


「場所、変えよっか」


唯一はそう言って、私もそれを承認した。そして、電車に乗って、みなとみらいへとやってきた。目的地は、山下公園


途中、モノレールに乗ったり、イルミネーションを見たりしながら、私たちは山下公園に辿り着いた


海に向いているベンチに2人で座る。時刻は午後5時、ちょうど黄昏時だ…


そして、唯一が口を開く…


夢から覚める時がきた

ここからは、答え合わせの時間だ


「イマ…確証を持って聞くね?」


「うん…」



私はゆっくり目を閉じて、首を縦に振った…


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