第19話 ぼんやり逸る

 ぼんやりと。

 帰ってきて、ご飯食べて。

 シャワー浴びて、うとうとして。

 そんなことしてたらこんな時間で、夜。


 ......どうしようかな。

 寝るには早すぎるけど、何かするには遅すぎる時間帯。

 そもそも、何かしようとする気分でないからぼんやりしてた訳で。

 何でそんな気分になってたんだっけと思いを巡らしてみて......

 ふと、喉元のちくりとした感触。


 結局見ないフリしたあの時の感情が、今なお存在感を放っていて不快感。

 脳のリソースを割くべきでないと分かっていても、悩まずにはいられなくて、考えただけ損をすると結論付けることn回目。

 不毛な思考のループから抜け出せなくて時間を浪費するばかり。

 忌々しい。断ち切らねばなるまいて。


「......やっぱり無理やり寝よっかな」

「それは困るんだな〜」

「わっ!??!!」


 手に取りかけた布団が宙を舞って、ぱさり。

 声をかけてきた主に被さった。

 よっこいしょ、掻い潜って白いカラスが顔を出す。

 コルパ、だ。いつの間に。


「やったんですか。壁を、ぬ〜って」

「ご明察〜」


 窓の戸締りはしっかりしてるし、ちゃんと帰宅時に別れた記憶がある。

 それでもここに居るのは、壁をぬるりとすり抜けて侵入きているのだとか。安息の地は何処いずこ


「で〜、早速なんだけど〜

 気配があるんだけど、来る〜?」


 出てる、とはたぶん魔物のことで。

 それ以上に気になったのは、その声色で。


「......強制じゃ、ないんですか?」


 今回ばかりは断ってもよい。そんな許容を含んだ軽やかな声であった。


「今回はデカめの奴と軽めの奴がいてね〜

 デカい方は赤いのがなんとかすると思うんだけど、軽い方まで処理する余裕はないと思うんだよね〜

 放置してもさほど問題ないとは思うんだけど〜」

「......万が一、があるかもってことですか」

 例えば、たまたま夜の散歩に出かけた一般人が襲われるだとか。

「そういうこと〜」



 よくよく考えれば、答えは一択だ。

 わたしは戦うのなんかまっぴらごめんで。

 わたし以外に戦える人が居るのなら、余計に無理する必要がなくて。

 それが今すぐ対応する必要のない、危険度の低い相手なら尚更で。


 一言行きませんとだけ言って、布団にくるまってぬくぬくと夜を過ごすのが大正解。

 ......の、だけども。


「......行きます」

「良いの〜?」

「万が一があると、危険ですから」


 思ってもないことが口からするする滑り出す。

 ズレる、ズレる。

 考えていることと、思っていることが、致命的に食い違い始めていて。

 その断層が、喉元に刺さっているものの原因であることに、これ以上目を逸らしては居られない。


「......行きましょうよ。早めに」

「せっかちだな〜」


 幸か不幸か、部屋着からよそ行きの服装まで着替えるのにさほど時間はかからない。

 ステッキを握りしめ、合言葉を唱えるだけでよい。


「『ささみシソの葉はさみ揚げ』!」


 本日2度目の変身。

 夜の帳を切り取ったかのような、漆黒の衣装が身体を包む。

 そうして窓の外、暗闇へと飛び込んでいけば。どこか溶け込んでいくかのような安心感さえ感じてしまい。

 不思議と、戦場へ赴く足取りは軽やかなものであった──。


 ───────​───────​─────


「......昨日も思ったんだけど〜、夜中にこんな呪文唱えてお腹空かな〜い?」

「はさみ揚げにしますよ」


 あえて考えないようにしていたことを。


 ────────────────────


 ────かつーん。かつーん。

 階段を、一歩一歩踏みしめる硬質音。


 街外れの廃ビル、その1階廊下が現在所在地。

 かつては事務所だかジムだかの機能を持っていたこの場所も、塗装が粗方剥がれてコンクリートが剥き出し。

 灰色一色のはずの景色は、夜に染まってブルーに沈む。


 ──かつーん。かつーん。

 おそらく、階段を降りきったあたり。


 割れた窓から射し込む月光が、打ち棄てられた椅子とか机とかの荷物と、照らし切れないその影を浮き彫りにして。

 視界の通らぬその暗闇に、虫のような黒い何かが蠢いてる気がして、どうしようめちゃくちゃ怖い。


 ......まあその、どちらかといえば蠢いている側なのだけど。わたし。

 暗闇にじっと身を置いて、その存在感を秘匿している状況。


「......あの、光る魔法とか使えませんか」

「使えはするんだけど〜、待ち伏せしてる意味なくならな〜い?」


 声を潜めたこしょこしょ話。

 そういえばそうだった。

 なんでこんな暗いとこで、怖い思いをしながら、ったない荷物荷物の中に隠れていたかと言えば。


 かつーん。かつーん。

 廊下の奥、の主を、待ち伏せして奇襲するため、だった気がする。


 廃ビルに突入する前、コルパがボソッと言ったのだ。

 魔力の反応からして、敵はこの廃ビルをぐるぐる徘徊しているとのことで。

 あるいは、建物内に身を隠すような場所があれば奇襲が出来るかもしれない、と。


 正面から叩き潰せばよくないか、とわたしの意見。

 あんまりパワープレイすると建物がごっそり崩落するかも、とコルパの反論。

 かくして、精神をゴリゴリ削る奇襲作戦が立案、実行されたのであった。


 かつーん。かつーん。

 硬い音が、心臓に突き刺さって過去回想を中断させる。

 キリキリと、聴覚も意識も絞られた。


「.......。」

 息を飲む。

 心拍数が、標的との距離に比例して徐々に増す。

 それは緊張か。高揚か。おそらくどちらも。


 響く足音は遮蔽の向こう側から。

 こちらからも敵の姿は見えない、ということ。

 そりゃそうだ。一方的に見張れるなんて都合のいい隠れ場はなくて、あったのは互いに不可視のデッドゾーン。

 雑多に積み上がった箱や机やの塹壕が、刺客の住まう死角となる。


 かつーん。かつーん。

 標的が、目の前を通り過ぎた音。

 逸る心臓を抑えつける。

 もう一歩。もう一歩。

 確実に背後を取ったその時に──


 かつーん。


「ハッ!!!!!」


 塹壕を蹴破る破砕音。破裂音。


 この音の濁流と共に、今宵の戦いを始めるとする──!

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はねるからすの魔法少女。 どろこ @dorokokoko

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