第18話 言い訳ろーるぷれいんぐ

 恐怖ですくみ上るわたしに、突きつけられる赤羽の手、火球。

 あとは、その手からこぼれ落ちて走り出すだけ。

 火を見るより明らかな、目前に迫っている死。


「.......」


 しかし。

 常識破りに起こされた発火は、これまた嘘みたいにパッとかき消えてしまった。

 赤羽の目は未だに殺意をたたえているが、ゆっくりと、構えた手を下ろしてくれる。


「.......本当に、のね」

「だから言ったでしょ〜〜〜」


 ......えっと、なんて?

 ぎぎぎ、と錆び付いたかのような動きで首を動かす。

 そこにはコルパが偉そうな雰囲気で立っており、睨み付けてくる彼女に対して堂々と向かいあっていた。

 張り詰めた空気の中、交わされた言葉によって、


「適正のないこの子に、喋れないという代償を負わせることで、無理やり変身させてあげてる......だったかしら。

 酷いことをするものね。」

「だって彼女が強く望んでるから〜

 しょうがないでしょ〜?」


 自分の内心はもう張り詰められないということを悟った。

 何がなんだって!?!???!!

 救いを求めるようにコルパの方を見つめてみれば、察しろ〜!とその表情に書いて帰ってきた。無茶だ。


「......あなたが気絶してる間に、そこのカラスから大体の事情は聞いたわ。

 なりたいんだって?正義の味方に」


 そうなの!???!?!??!!

 文脈的に、正義の味方になりたいのはわたしってことになっていて。

 全く身に覚えがないのだけど、とりあえずブンブン首を縦に振っておいた。コルパからも彼女からも圧を感じたから。


「そ〜。だから、協会の邪魔になるつもりはないし〜

 かといって加わるにはお荷物すぎるから〜、見逃して欲しいんだな〜」

「ふーん」


 そこまで言われてようやくなんとなく、察する。

 わたしが気絶してる間に、赤髪の魔法少女がやってきて。

 普通に殺そうとして来たのを、コルパの口八丁でなんとかしてるというところなのだろう。

 ......よくわからん設定を生やしながら。

 わたし、喋れなくて魔法の適正なくて正義の味方になりたいことになってるらしい。1/3だけあってる。


「......もしかして、喋れないのをいい事に、そこのカラスに無理やりこき使わされてるなんてことはないわよね?」

 と、今度はこちらと向き合って尋問を投げられる。


 半分違うけどご明察!

 なんて答えるべきか。と、ここでコルパからマジカルテレパシー。


 ──シャ、ベ、ル、ナ。

 ショ、ウ、タ、イ、バ、レ、ル──


 喋るな、正体バレる。

 な、なんで......?


 とりあえず首を横にブンブン振っておく。

 コルパの圧が一瞬立ち上っていた。もし本当のことを言ったらバラ撒くぞ、と言わんばかりの圧。何をバラ撒かれるんだろうか。


「......そう、ならいいわ。

 聞きたいことも粗方聞けたし。話せないんじゃ、コミュニケーションが取りようもないし。

 今日はこの辺にしといてあげる。」


 彼女の声から一段毒気が抜ける。

 ちょっぴりまだトゲトゲしているが、それはこの2日間で聞いた、赤羽夕子の凛とした声そのままの響きであった。


 ──喋ると、バレる。


(そういうこと、か)


 得心がいった。

 わたしが、目の前の赤い魔法少女イコール赤羽夕子と結び付けられたのは、いくつかきっかけがあった。

 それは変身前後の見た目の共通点であり、本人しか知り得ない事象の疑問であり......である。


 現状、わたしは変身前後で見た目が結構変化するので、黒い魔法少女イコールわたしであると彼女の中で結び付いていない。

 現状、変身した彼女の前では、「はっ!」とか「うあああ!」とかいった変な掛け声しか発したことしかない。

 ただ、喋って万が一ボロが出たらどうだろう。玄河くろかわ鳥帳とばりの声と魔法少女の声が一致していると気が付かれたらどうだろう。


 言うまでもなく、正体の露見に繋がってしまう。

 それはマズい。何せ、正義の味方を目指してるなんて変な設定を付けられてしまったばっかりに、次会う時にどういう顔すればいいのか分からなくなってしまう......!


 つまり、喋らないという珍妙な設定を守ることは。

 回り回って、相手に推定の材料を与えない安全な立ち回りに繋がると言える──!

 いや、不便。


「協会の理念に反しない限りは、とりあえずは黙認してあげるわ。

 ......でも、最後に警告よ。」


 ──そこで、彼女は背を向けた。

 表情がわからなくなる。

 また一段変わった声色に、知らず生唾を飲み込んだ。


 冷徹さを含んだ声が、警句の続きを述べ始める。


「あなたが思っているよりもずっと、魔法少女の戦いはシビアで恐ろしいものなのよ。

 例え魔物であっても、命を奪っていることには変わりない。

 どれだけ強力な力を得たとしても、命を狙われていることに変わりない。

 それがどれだけ、重いことなのか」


 そして、声色に含められているのは冷徹だけではない。情けであり、なじりであり、恐れでもあるように聞こえた。

 ゆっくりと、自分自身にも言い聞かせるように、赤髪の彼女は説いてゆく。


「もし。そんな意識がないのなら。覚悟もないのなら。

 それを知った上で、正義だとか綺麗事を並べ立てているのなら......


 とっとと、魔法少女なんてやめなさい」

 さもなくば、そう遠くない内にお前は死ぬ。


 ......ハッと、させられた。

 ぴしゃりと冷水を浴びせられた気分。


 言い終えて、彼女は倉庫から立ち去った。

 燃えるような赤いツインテールが、夕焼けの空に溶けて混じって見えなくなるまで。

 その背姿を、じっと見つめていた。



 ────────────────────


 ......。


「そんなに睨み付けなくても〜」

「......え?」

「ほら〜、眉間にシワ、寄っちゃってるよ〜」


 変身を解いて、帰路。

 誰も居ない倉庫街を、とぼとぼと一人+一匹並んで歩いているところ。

 唐突なコルパの指摘に、思わず自分の顔を触ってしまった。

 ......確かに、自分でも気づかない内に険しい表情をしていたらしい。

 驚きに変わる感触。


「どうしたの〜?イライラしてる〜?」

「そんな、わけ」


 ......そこから先の、言葉は紡げない。

 ずっと、去り際の彼女──赤い魔法少女の残した警告が、脳にこびり付いて引っかかっている。


 命を奪う、奪われる。意識、覚悟。

 彼女が言っていることは正しい。そして、自分も過去に同じことを思っていたはずだ。


 魔法少女なんてやめた方がいい。

 人知れず街を救ったという、正義の余韻を微かに味わったこともあったけれど。

 そんなもの、死を身近に感じる恐怖に比べたら到底つり合うものではない。

 命を賭けた戦いだなんて御免ごめんだ。

 そのはず、なのに。


 ちくり。

 喉元に刺さる、魚の小骨のような違和感。

 ──反発心か。──嘲りか。

 何を今更、命がどうだこうだなどと......


「ほらまた眉間~」

「......」


 いや、よそう。

 この感情に名前をつけたら、否、見つけてしまったら。

 きっとわたしがわたしでなくなってしまうような気がして、こわい。


 逃げるように視線をあげた。

 遠くの空には、夕と夜とが入り混じる複雑な暗緑色が広がっている。

 昼間かかっていた雲は、結局散り散りになって解放感。


 どこまでも落ちていけそうな深い空が、余計足元の不安体さを際立てせているような気がした──

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る