Episode.5 特異点の直前

 「シッ……!」


 人間がどこかで機械を忌避する理由。そんなことは機械生命体が暴走した時点で分かりきっていることだが、守護者さえも遠ざける理由は……。

 YMIRの疑問にふと考える中、突如遠くから聞こえる、物体を何かが急速に貫通していく轟音ともいうべき音に反応したZEROは、同時に真横へ抜刀切り上げる。


 今回は反応に遅れなかった。それは"疑似"機械生命体からの攻撃だった。咄嗟に切り裂いた物は凡そ長さ四〇センチに及ぶ、見るだけで分かる戦車から放たれた徹甲弾の一撃であった。


「YMIR構えろ。次の攻撃が来る……! 俺は建物を回り込んで外から対象に接近する。お前は好きにやれ」


「へぇ〜さっきまで言ってた事が違うじゃねぇか? 俺様にソレを言ったらどうなるか知ってるだろ? 言質は取った! 行くぜええぇ!」


 ZEROが放つ「好きにやれ」という言葉はYMIRのボルテージが二つの意味で急速的に上昇し、携えていた機関銃をバックパックの形に戻すと、それを胴体と分離させてから上部の穴に片腕を突き刺す。そこからさらにバックパックごと持ち上げた片腕は変形し、一つの巨大な大砲へと変わる。


「何が相手とか関係ねえ……。どんな相手でも最大火力をぶっ放す。エネルギー費がバカにならない? それはこの武器を開発した人間に言え!! ぶっ放せ! 超電導式電磁砲ゼロ・アポカリプスッ!」


 射出機構の準備が例えば、砲身は目にも見える程の青い雷光を帯び始め、YMIRの機体は高熱に熱された鋼ように赤く染まる。そしてYMIRが『発射』と一つ言えば、砲口から凄まじいエネルギーの塊。超高電圧による電撃砲が放たれる。

 それは鉛でも鉄でもない。電流そのものが弾丸の形を成して、先の徹甲弾によって開けられた穴へ一直線。壁の断面を瞬時に焼き溶かしながら、瞬きの暇も無い速さで対象に到達。着弾した。


 YMIRが言ったどんな相手でも関係ない。対象が大きかろうと小さかろうとも、電流砲は着弾すれば即座に炸裂。莫大すぎるエネルギーは一瞬だけ空間を湾曲させ、如何なる装甲でも無理矢理捩じ切る。


「あぁぁあ……全く最高だぜ。ZEROはしっかりやってくれただろうなぁ?」


 しかし他機の心配をする程度に、これが決定打になっていないとYMIRは呆れながらも理解していた。一撃で重度なオーバーヒートを起こすこの武器は、決まりこそすれば爽快の一言だが、そうでない時は必ずサポートの機体が必要なのだ。


 一方建物の外から対象へ回り込もうとするZEROは、目視する壁の向こう側すぐに敵対象がいるであろうと推定する位置に到達した。直後に、壊滅的な一撃により壁と敵対象の装甲が捩じ切られる瞬間を見る。ZEROはこれを確信の勝機とする。

 放たれた電流砲の着弾時に起きる空間の湾曲は、開発者でも原理がはっきりと分かっていないが、しかしZEROは巻き込まれる寸前まで急接近すれば、飛び散る電気をすくいあげるように刀に纏わせれば、流れるように振り下ろす。


 必殺の残滓による二度目の必殺。振り下ろされた刀は手応えを感じさせないほどに、まるで空を切ったかのように、戦車を天辺から真っ二つに切り裂いた。


「テテテ敵ノ破壊ヲヲ失敗イィ……イ、りぺあノ申……請……ヲ。私ハ……ニんゲン……デ」


 機械生命体が損傷した時に発する決められた声。ただそこに不自然に混ざるのは機械にあるまじき言動。


「やはり疑似機械生命体か……」


 ZEROは戦闘前のレーダーで正体は分かっていたものの、戦車型の機械生命体の最後の言葉に確信を得る。が、特に興味は湧かなかった。そこに後からYMIRが到着する。


「コイツが疑似機械生命体ってやつか? 初めて見るぜぇ〜。たしか人間の意思を機械に融合させる技術だったか? 今考えてみりゃえげつないことするよなぁ……」


「YMIR、お前には人間の痛み。という物がなんのか知っているのか?」


「は? 知ってる訳ねぇだろ。 今のは感情プログラムの中にある哀しみから出てくる感覚の一つだ。どういうもんか分からねえが、こう、ひでぇ事したんだよなぁ……みたいな。なんとなく出てくるんだよ。そーゆーのが」


「そうか。作戦は終了した。ここからは自由な会話が許可されている。俺にはその感情も分からない。逆にまた搭載することも許されない。だがたまに感じるんだ。人類を守ることに対する疑問を」


 感情プログラムがなく、また理解できなくとも、ZEROの聴覚プロセッサーは常に、言葉というデータの一部が不明のエラーを起こし何かしらの処理をしていた。そのエラーは微弱な物ではあるが、そこで溜まったエラーは様々な疑問という“解明しなくてはならない情報”としてファイリングされていた。


「あーなるほど。つまりお前は作戦中に見つかる人類の汚点が、現在自分が理解している人類に対する理解を邪魔している訳だな? やめとけやめとけ。そんなこと考えても無駄だ。俺らはアイツらを守らなくちゃならねぇ。もし全部死んだらそれこそやる事がなくなっちまう。機械生命体を破壊する理由なんて、今のところ人を守ること意外にないんだから」


「そうか……。なら現状はそのようにしておこう」


 YMIRに聞いても納得する理解は得られなかった。ZEROは人類の汚点はすでに理解済みである。人道と倫理からかけ離れたことを昔やっていたことなんて、今の疑問の答えにならないのだ。

 だがYMIRの言う通り、現状この疑問を無理矢理理解しようとすることはなにか危険であると考えていた。


 ZEROは頭を振って考えを切り替える。作戦の完了を無線で司令部に報告する。


「こちらZEROとYMIR。作戦のパーツ回収はほぼ収穫無し。一機の機械生命体を破壊したが、疑似体であったためそのまま廃棄。これをもって任務完了とする」


『了解。帰還してくれ』

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