悪夢の序章 下

「‥取り敢えず、その小瓶渡してくれない?」

「は、はい‥」


 震えた両手で差し出した小瓶を、ヴァルツさんは乱暴に奪取して。

 瓶を塞ぐコルクを握って抜くと、一気に中の液体を飲み干した。


 あの弾幕が当たらなかったのは、ヴァルツさんが魔法で庇ってくれたから、らしい。

 呑気に補充液を飲んでいる今でも、防御魔法?とやらでシールドを貼り続けているらしく、弾幕を打たれ続けているが、私達に当たる様子は無く、近いところで弾かれる様に消えていた。


「ふー‥‥‥取り敢えず、ここで待ってて。危ないことはしないで。いいね?」

「はい‥‥」


 先程起こったキスの件に関しては、完全な事故だからか話題には出さない

 それでも、イラついているのか敬語は外れているし、額には皺が寄っている。


(事故だし、私だって初めてなんだけどな、一応は)


 たまに敬語が外れて居たり、一人称が乱れて居たりしてたけど、もしかしてこちらが素なのだろうか。

 まぁそれはいいかと地面に座り込もうとすると、いきなり抱え上げられた。


「え、え!?なんですか!?」

「話が変わって悪いけど、ちょっとついて来てくれない?危険な目には合わせないからさ」

「なんでです!?」

「どうやら、君が僕の主人になったみたいなんだよね」

「あ、あるじ?」


 主人とはなんなのか、主人だとしてどうして行かなければならないのか、等を聞こうとするが、鋭く睨まれてしまい、恐怖から目線を逸らしてしまった。


「ほら、しっかりと捕まって」

「は、はい‥」


 首に腕を回して、足を胴体に絡ませると、ヴァルツさんはいきなり頭上に飛んだ

 視界が酷く揺れる。とても人を運んでいるとは思えない。

 先程までの申し訳なさが消えそう。

 いや、もう消えてる。イライラして来た。


(あとで美味しくて高いもの食べさせてもらおう‥)


 右上から赤い弾幕が流れてくると、白く輝いている剣が現れて、弾幕を跳ね返す

 何もないのに弾かれた弾幕が当たると、魔物が姿を見せた。


(うわ、近くで見るとやっぱグロいな‥)


 魔物を見ていると幾つもの真っ白な剣が現れ、魔物を狙っていた。

 魔物は逃げる事に専念しているようで、弾幕を作り出す余裕はないらしく、攻撃を仕掛けてくる様子は無かった

 魔物は、幾つもの方向から剣に追われて疲弊したのか、姿を消した。剣は、狙う目標が見えなくなって、追えなくなったからか、立ち止まっている


「あの‥これ、大丈夫ですか?」

「あぁ。あんなに魔力を消費する魔法、いくら上級吸血鬼レジェンドヴァンパイヤと言え、長い間維持し続けられないだろう」

「はぁ‥」


 魔物が姿を消している間にも、剣は作られていく。

 何か代償でもないものか、と呑気に考えていると、目の前からガラスの様なものが割れる音が聞こえた。

 魔物だ。姿を消していた魔物が、目の前に現れたのだ


「っち」


 ヴァルツさんも気付いて居ないかったのか、勢いを付けて背後に下がった

 だが、魔物がこちらに向かうスピードの方が早い。

 2メートル程離れて居たのに、魔物は目と鼻の先にいた


(あ、避けれない)


 魔物が腕を振りかぶり、恐怖から瞼を閉じた時、天井から現れた真っ白な光が魔物を貫いた。

 体の中心地を失った魔物は白く変色し、塵となって落ちていく。


「‥‥‥‥?」


 何が起こったの?


「無事でよかったよ、ヴィリティー」


 頭上から青年の声が聞こえる

 目線を上げると、白い衣に身を包んだ、金髪碧眼の好青年が私達を見下ろして居た


 (ヴィリティー?誰のことだろう)


 目線をヴァルツさんに合わせると、なんだが顔が青い気がした。


「あの、ヴィリティーって‥」

「‥‥‥‥」


 ヴァルツさんの額から、大量の冷や汗が流れ出ている

 不思議に思い、胸をポンポン叩くと、口から凄い勢いで酸素を吸って、咽せた


(え、息して無かったの!?)


 魔物にびっくりして止まっていたのだろうか‥まぁ、吹き返したからいいか


「ゔぃ、ヴィリティーって、誰ですかね」

「あ、あぁ‥‥それは」

「?ヴィリティー、その人が報告にあった、仲介人かい?」


 碧眼の男性はいつのまにか目の前にいて、頭をグイと寄せてくる。

 距離感が掴めない人なのか、ヴァルツさんの額と当たっている。


「‥‥‥‥」


 ヴィリティー。はっきりとヴァルツさんに向かってそう呼んだ


「‥‥お前、僕が容疑者候補に偽名を名乗ってるとか考えないわけ?」

「あ、ごめん。すっかり抜け落ちてたよ。ははは」


 どうやら偽名を使われていたらしい。まぁ、今となっちゃどうでもいい。


「でもヴィリティーが気絶させてないって事は、ただの巻き込まれ‥‥あれ?お嬢さん、顔が青いよ」

「へ?」


 さらに顔を近づけて、碧眼の男性はそう述べた。

 まさか、こちらに話を振られるとは。


 顔が青い‥‥最初に、頭ごと体を打ち付けられたから、貧血にでもなったのだろう

 貧血だと返そうとすると、「なんなんだろうねこれ」と碧眼の男性は言い、ヴァルツさんは気まずそうに話を逸らしたそうだった。

 そんなヴァルツさんに思うところがあったのか、一瞬眉を顰めた。

 と言っても美形だからか、穏やか顔をしているからか、怒っている様には見えないけれど


「_____」


 碧眼の男性の、唇が動く

 なんだろう。はっきりと発言していた筈なのに、母音すら聞き取れない


(と言うか、だんだん意識が薄れて‥)


「‥‥‥‥‥‥」



 _____


 腕の中で、少女は眠った

 魔法で眠らされたのだ。こんなに早く効くとは、かけた本人にも想定外の様だ


「この子って吸血鬼でしょ?それっぽい気配は感じないけど‥‥のヴィリティーが主人に迎えるなんて、何があったのさ?」


 ふふふと笑いながら、彼‥聖騎士小隊副隊長であるプライドは、少女の額をコツンと叩く。


「事故だよ、事故。‥‥‥これからどうしようか」

「あー‥そっか。ヴィリティーの家系って、主人を迎えてから吸血鬼としての本能が覚醒するんだよね。大変だね」

「他人事だと思って‥‥まぁ、彼女に身元保証人が居ないのが、唯一の救いか。こちらで預かれるから、万が一、吸血衝動が来ても‥‥」


 思わず言葉に詰まる。

 この24年間、吸血衝動に襲われたことも、その対処について考えたことも無いのに


「‥思ったより進行が早いね。彼女は俺が預かって置くから、治療ついでに薬も貰ってきなよ」

「‥そうするよ」


 どうしてか名残惜しさを感じながら、少女をプライドに預けて、騎士団本部へと飛び立った

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