だい 18 話 - ヴォルノ山の戦い〈終戦〉

 ガンガの攻撃によりゴーレムは全滅。それを自らの責任と受け止めたジョーガンは、息子であるガンガをその拳で貫き、葬りました。

 ガンガの体はバラバラの岩の欠片に分かれ、その次に、岩ごとに灰のような粉塵となり風の中に舞っていきました。ガンガは跡形もなく消えたのです。もとより、彼がそこに存在していなかったかのように。


 *


 ジョーガンは、六つある拳の一つで、フォヴロを握り拘束しています。父であり、ゴーレムの長であるジョーガンの拳は、狂った怒りに任せてフォヴロを潰そうとしていました。

 ですが、その力には葛藤があり、すぐに潰すというわけにはいかないようです。フォヴロは嘲笑います。

「女王陛下の思惑どおりです。ジョーガン様はこれまで、力で全てを解決なさってきた。それで陛下の侵攻を何度も退けられた。だからこそ、一度の失敗で簡単に砕け散る。外側はどれだけ硬くとも、内側――心はそうではないと、陛下はそう仰いました。結果、ゴーレムは滅び、ジョーガン様の血を引く者も亡くなりました。

 龍という囮でゴーレムを一箇所にまとめておいたのもその為です。私がここへ差し向けられたのも、このような作戦がつつがなく終えられるように指揮するためです」

 フォヴロの発言はおよそ正確でした。ジョーガンがこの戦いで帰還してくることは予想外でしたが、いずれはこうなる見立てだったのです。

「ヨク シャベル」

 フォヴロの体が音を立ててヒビ割れていきます。鳩はジョーガンの掌中で、フォヴロの顔に張りつくように呻いていました。

「魔物でもニンゲンでもない私にはいくらでも換えがあります。記憶は保存してありますからね。ここでジョーガン様が私を破壊することで、私の撤退も完了するというわけです」

 その周囲を旋回していたスエキチの背中から、サクイが悲しげに叫びます。

「ダメだよ! ジョーガン! 」

 スエキチがジョーガンのすぐ真上を通ったとき、思わずサクイはその背中から飛び降りました。スエキチとアカシは、残存する龍とジョーガンの事に気を取られていました。

「なっ!? 」

「サクイ君ッ! 」

 咄嗟のことで救助は間に合いません。もしジョーガンの上に着地すれば大火傷ではすまないでしょう。ですが。誰も予想だにしなかった事が起こります。サクイの小さな体が閃光を発し、次に光が止んだ時には、その姿を消していたのです。


 *


 サクイがむくりと体を起こすと、そこはさっきまでの世界とは同じようで全く異なる、熱気に煮えたぎる火山地帯でした。空は赤黒く曇り、どの山もマグマと噴煙を垂れ流しています。血や、肉が焦げるようなニオイも充満していました。

 それでも不思議と、サクイは暑さを感じません。「よっこらせ」と立ち上がり、辺りを見渡しながら歩きはじめます。

「どこだ。ここ」

「おーい、スエキチ! アカシ! どこぉ! 」

「……だれもいない」

 直感的に、スエキチの幻世界ではないと分かります。とにもかくにも、サクイはしばらく歩きました。

 景色が一向に変わらないまま数十分進むと、大きな大きな影が地平線にのぞいてきます。ジョーガンです。もっと近づくと、四つん這いになって呻くジョーガンの姿がハッキリとしてきました。

「ないてるのか……? 」

 距離が縮まると、ジョーガンの表情も、声も伝わってきます。声をあげて泣いているのです。

「誰モ救えなカった 誰モ」

 彼の声はさっきまでより聞き取りやすく、まるで翻訳されているようでした。何もかも同じハズなのですが、サクイの頭にはハッキリと理解されます。

 サクイは四つん這いのジョーガンの顔の真下まで行くと、手を振って挨拶します。

「ジョーガン。はじめまして」

「誰だ オ前は」

「オレはサクイ。さいきょうの黒ネコだぜ」

「最強 カ」

 雨のように、サクイのもとへ大粒の涙が降り注ぎます。それは地面に当たると音を立てて蒸発しました。

 そんなジョーガンに、サクイはお願いします。

「なぁ。ジョーガン。おまえ、てきをニギりつぶそうとしてるだろ? あれやめないか? オレはあれ、見たくない」

「お前には 関係ナイ 俺は仲間ヲ 全員殺さレた」

「見たくないものは見たくないんだっ」サクイは地団駄を踏みますが、ジョーガンの巨大な表情は変わりません。自分に怒り、自分を恨んでいるのです。

 それでも。

 次にサクイが放った言葉に、ジョーガンは何も言い返すことができませんでした。

「オレがアイツをころしてもいいのか? 」

「ソれは――」

「だめなのか? 」

「駄目だ お前ハ子供だ 誰カの命ヲ 奪っテはいけナい」

 サクイは首をかしげます。

「大人もだめだぜ」

 ジョーガンは怒鳴ります。

「ならば どうスレばよいノだ!! 」

 サクイはそれを聞くと、目に涙をため、地面に巨木のように横たわるジョーガンの指へ向かっていきます。

 そして、サクイはその指先にハグしました。ジョーガンの指に接した皮膚がジュッと焼ける音がしますが、サクイは構わず言います。

「ゆっくり、やすみなよ」

 ジョーガンの心の中で、必要ない瓦礫が剥がれ落ちる音がしました。

 煉獄の世界が眩い光に包まれます。サクイとジョーガンは、その光の中で目をつむりました。


 *


「――おや。私を握り潰さないのですか。ジョーガン様」

「ソノ ネコ サクイ ニ カンシャ シロ」

 フォヴロは瞬間の隙をついて拳から抜けると、スエキチの背に眠るサクイを見つめました。

「……何が起きたのか分かりませんが、そうですか。感謝いたします。サクイ様」

 アカシはそのシーンを一部始終見ていましたが、まったく訳が分かりません。

「(サクイ君が光に包まれたと思ったら消えて、数十秒で戻ってきたと思ったらあのジョーガンが心変わり……? どういうこと? )」

 スエキチも同様です。

「(ゴーレムの中でも最も自分を曲げぬジョーガンが……サクイ、おぬし一体何をした? )」

 残った泥龍は泥へと還り、フォヴロも姿を消します。

 こうして、サクイが経験した最も巨大な戦いは、終わりを告げたのでした。





次回へ続く。






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黒猫サクイはグロも仲間の死も越えて、最強の仲間たちと共に世界を救いたいようです。 higasayama @higasayama

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