だい 16 話 - 最大最悪の帰郷

 スエキチは上空からゴーレムたちに怒号を降らせます。

「ゴーレムどもーッ! 早く逃げんかーッ! 」

「ニゲナイ ! ボクラ タタカウ ! 」

「ええい! こういう時に頑固なタチが裏目に出よる! 」

 ゴーレムはエルフや龍族と並んで頑固な種族です。一度決めたことは絶対に覆しません。さらに、誇り高い種族でもありますから、脅威を前に逃亡するということもあり得ないのです。

「でもアタシたちはどう戦う? ゴーレムの心配ばっかしてらんない」

 敵、ガンガの影は確実に大きくなっています。山々に囲まれた地形だけに、少しは接近に手間取っているようですが。

「アタシの魔法でもあんなに大きな敵は止められない。どこが弱点かも分からないよ。犠牲が出る前になんとかしないと」

「でもどうすれば? 」

「吾輩の化術を使って隠れたとて、広範囲を叩き潰されれば意味が無い。あくまで、正面から戦って倒す必要がある」

 ガンガがそれほど近づいているとは思っていませんでした。皆、そのリーチを考慮に入れていなかったのです。

 何キロも離れた所に立ち止まったガンガは、拳を溜め、ヴォルノ山を目がけてストレートをお見舞いする構えに入りました。緩慢な動きの中に、皆は絶望を覚えます。止められない一撃。当たれば最後、ヴォルノ山ごと粉微塵。

「にゃにゃにゃにゃにゃ――」

「焦るなッ! 何か手を――」

「無理よ受け止められない! 回避を――」

 口々に言いますが意見はまとまりません。それはゴーレムたちも同じです。

「ゼンイン デ ウケトメル カ !? 」

「ソレシカ ナイ ! 」

「ナケル ナケル ナケル !! 」

 阿鼻叫喚が渦巻きます。その最中、アカシたち三人には聞き慣れない声が、断続的に響いてくるのが聞こえました。

 その声をゴーレムたちは知っています。その声の主は。 


「オルァ オルァ オルァ オルァ」


 ゴーレムたちは辺りを見回します。この声は救世主に他なりません。唯一の勝機があるとすれば、その声の主の活躍にかかっているのですから。

「マサカ オイオイ」

「カエッテ キタ ノカ !? 」

「ゼンイン ヨロコベ ! 」

 各所から歓声があがってきます。何人かのゴーレムはマグマをバシャバシャと叩き、喜びを体現しました。

 火口より上がる噴煙を背に、そのゴーレムは立っています。群れの中では一際大きい十メートル級、その仁王立ち。

「イイ マグマ イイ ケムリ イイ フンカ ツマリ イイ ヒ ダ オハヨウ ヴァカ ドモ」

 六本腕でドラミングをするゴーレム。彼こそ救世主でありゴーレムの族長、ジョーガン。

「ウエ ウエ ウエ ! 」ゴーレムたちがジョーガンに、上を見るよう指さします。 

「ン」ジョーガンは素直に見上げました。そして。「オォ ! ガンガ ! ワガムスコ ! 」腕を空へかかげ、呑気に息子との再会を喜びました。

「ヒサシイヒサシイ ! デカ ク ナッタナァ」

「おいジョーガン! ガンガは女王の下僕になっとる! 今は敵じゃ! 」スエキチが注意します。

「スエキチ マデ イヤガル ! サイコウ ノ ヒ ダ ! 」

 ジョーガンは腕の一本で目を覆い、全身を震わせて爆笑しました。その間にもとてつもなく巨大な拳は迫っているというのに。

「ボァッハッハッハ !! タマラネェヤ !! 」

「ジョーガンさん上上上! 」

「笑っとる場合か! 馬鹿者ーッ! 」

「スエキチよけてっ! 」

 スエキチは間一髪でその場を離脱し、拳を免れます。それでも風圧で態勢が乱れ、墜落するヘリコプターのように体が旋回しました。

「めがまわるぅぅぅぅ……」サクイとアカシはたまったものではありません。

 その横で、ストレートはヴォルノ山に打ちつけられていました。ですが山は崩れません。崩落は起きず、山の火口付近の一点から放射状に亀裂が走っているのです。

「ズウタイ ダケ カァ……! 」

 ジョーガンは六本腕を総動員し、正面からガンガの拳を受け止めていました。「ヌアァッ!! 」と声をあげ押し返すと、拳が浮きあがって離れていきます。

 ジョーガンはほぼ真上に跳躍。蹴られた足場の亀裂がさらに深くなり、そこからも煙が噴き出します。

 ジョーガンは大気圏上層まで跳び上がっていました。つまり、超高速で大気圏に突入する際と同じエネルギーがジョーガンを襲うのです。ジョーガンが伴う膨大な運動エネルギーは熱へと変わり、彼の全身に灼熱をもたらします。

「ネツ ハ チカラ コレコソ ガ 〝本領〟」

 流星が如く、ジョーガンはガンガの眉間を目がけて落下します。このパンチ、大気圏突入時の速度、質量、空気抵抗、ガンガの体長を考慮し計算すればおよそ二トンの衝撃。

「タイキケントツニュウ・シャクネツパンチ――」

 赫灼かくしゃくの剛拳が、ガンガの眉間を打ち、その衝撃が辺り一帯を照らしました。その光景はまるで太陽。それを見ていた全員が、あまりの眩しさに目を覆いました。


 *


 その一連の光景を上空より傍観していた、女王の配下フォヴロ。彼は今日も眼前に鳩を飛ばし、優雅に杖を携えています。

 彼はジョーガンの灼光しゃっこうを見届けると、ため息をつき、肩をすくめました。

「――やれやれ。最近はタイミングに恵まれませんね。ジョーガン様が帰郷したのみならず、アカシ様までいらっしゃるとは。例の幻術で行方を眩ましていたとはいえ、今来なくてもよいものを……まぁ、いいでしょう。慣れない指揮官の任ですが、このフォヴロ果たしてみせましょう」

 フォヴロは白手袋を着けた指をパチンと鳴らします。

「ここで皆様、一網打尽にいたします」

 彼の周囲に黒く、巨大な魔法陣が展開。その中より出でたるは、泥のような液をまとったドラゴンの群れ。

泥龍でいりゅう。龍族のクローン。女王の魔力にのみ従う捕食者。実験的な生物兵器ですが、これがどこまで戦えるか、ためさせていただきましょう」

 泥龍の群れは、次々と魔法陣より這い出し、ヴォルノ山へと飛行していきます。

 フォヴロもまた、杖から仕込み刀を引き抜くと、戦場へと向かいました。





――――――――――――――

次回へ続く。

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