だい 15 話 - ヴォルノ山の巨人たち

――前回までのあらすじ――


 特殊な鍛冶技術を持ったゴーレムに会いに行くべく、三人はヴォルノ山の山頂を目指します。


 *


 さながら鳳凰と化したスエキチは、真っ赤な羽毛でビッシリと覆われた背にアカシとサクイを乗せ、雲海を突き抜けて飛翔していきます。

「はややややややや」「はややややややや」

 口が風圧で閉じない二人。

 気圧差の影響はアカシの魔法によってかなり軽減されていますが、それでもかかるGに耐えながら背にしがみつかねばならないのは変わりません。

「ゴーレムがならしたらしい平坦地を見つけた。あそこへ降り立つぞ」

 噴煙があがる火口から数百メートル下ったところに、人工的に削られたような平坦な所が見つかります。

 そこに降り立つと、スエキチは変身を解き、あとの二人も「ぜぇぜぇ」と青ざめた顔で地面に這いつくばります。

「もうぢょっど……ゆっぐり……」アカシは青というより宇宙に近い顔色で呻いています。それに対して、サクイはもうケロっとして、見晴らしの良さに感嘆の息を漏らしていました。さすが、動物のタフネスです。

「すごいけしきだ。ワヘイにも見せてやりたいなぁ」

「平和になったらいくらでも連れてきちゃる」

「ほんと? 」

「あぁ。本当じゃ」スエキチはサクイの頭をポンと叩くと、菅笠をかぶり直しながら、ゴーレム探しを始めます。

 周囲はこの高度にしてはかなり温度が高く、植物もありません。だだっ広い平地に岩肌が続くばかりです。

「肝心のゴーレムは? 見当たらないけど」回復魔法で調子を戻したアカシも、捜索に加わりました。

「ゴーレムは地中に暮らす。地上に出とることはまずない」そう言って、スエキチは周囲に呼びかけます。「おーい、ゴーレムども、でてこんかい、ポンポのスエキチが来たぞ」

「おーい」「ごーれむよーい」

 アカシとサクイも呼んでみます。澄んだ空気にその声が反響しました。

「ごーれむー、やっほー」サクイは楽しくなって連呼します。

「やっほー、ごーれむー」

 何度目かの呼びかけに呼応したかのように、にわかに山肌が微動します。サクイはビビってしまい、すぐにアカシの肩に登って体を丸めました。

「じ、ジシン……! 」

「慌てるな。連中の目覚めじゃ」

 地面がいくつも隆起。その数ざっと二十はあるでしょうか。塚のように盛り上がってきます。

 岩の塚を破り、背中や頭、手のひらが出現します。それは人の肌には見えません。まるで群れた岩が人の形を成して動いているかのようです。

 次々と全身を這い出し、正体があらわになっていきます。体長にして約五メートル。髪、ヒゲ、肩幅、脚や腕の太さまで、個体によって様々です。ただ共通しているのは、瞳がマグマのように輝き、体中に燃えるような亀裂が走っていることでした。

 彼らはすぐにスエキチたちに気付き、その一体が近づいてきて、膝をつき、声をかけてきます。

「スエキチ ナナジュウネン ブリ」

「お前タイガの坊主――ガッツか? 見んうちに大きくなったのぉ」

「ウン スエキチ アエテ ウレシイ」

 ゴーレムのガッツは、嬉しそうに肩を揺らします。その揺れで体から剥がれた岩がスエキチのすぐ傍に落下しました。

「これこれ。揺れるな。その岩で死ぬでの」

 アカシとサクイにも、ゴーレムたちが寄ってきます。

「ネコ ト ニンゲン」

「コワシテ イイ ノカ ? 」

「ネコ ユデテ クウ」

「ニンゲン イイ ケン ニ ナル」

 アカシのリュックを指先でつついたり、四つん這いになってサクイを見つめたりします。

「ちょ、ちょっとねぇ、アンタたち? 」

「シッケイなれんちゅうにゃなぁ」

 とはいえ、二人ともゴーレムに敵意は感じません。べつに暴力を振るってくるわけでも、掴みかかってくるわけでもなかったからです。

 彼らはそのうちパッと二人から離れると、何体かのゴーレムがゆっくり肩をすくめて笑います。

「ハハ ゴーレム ジョーク」

「ハッハッハ ジョーク ハッハッハ ジョーク」

 他のゴーレムたちもつられて笑います。

 笑いの合唱が地面を揺らすと、また「ひっ」とサクイは怖がってしまいます。

「デ ヨウ ハ ナ二 ? 」

 ガッツの手の平に乗せられたスエキチは、そこであぐらをかいて伝えます。

「あそこの女子おなご、アカシのための武器を造ってもらえんか。魔法陣の埋め込みにも耐えられる一級品を頼みたい」

 ゴーレムたちが、波をうったように静まります。

「ナン ノ タメ ? 」

「吾ら三人が女王を倒す。もう世界は破滅寸前まできておるのじゃ」

 電源を落としたロボットのように、ゴーレムたちは動かず、口も開かなくなりました。

「ど、どうしたの? 」アカシがおどおどと聞きます。

「安心せい。ゴーレムは物事を考えると黙るクセがある。気長な連中じゃから、口を開くのは数年後かもしれんが」

「はぁっ!? 」

「考えすぎだろ! 」

 二人して口をあんぐりします。ゴーレムが動き出す気配は全くと言っていいほどありません。風の音すら聴こえるほどの静寂です。

 その静寂を破ったのは、耳をつんざくような爆発音でした。

 ヴォルノ山は、さっきまでのゴーレムのものとは桁違いの揺れを開始します。

 スエキチとアカシはすぐに事態を察しました。

「乗れっ! 」

「了! 」

 鳳凰と化したスエキチの背に飛び乗ったアカシは、落ちないようにサクイを自分の前に座らせ、彼を覆うように羽毛を掴みます。

 スエキチが飛翔するやいなや。

「噴火が始まったか……! 」

 爆発音は火口からのものでした。灰の混じった薄黒い煙が、染みるように大気を汚していきます。

 それから、さらに距離を取ると、べっとりと零した赤いインクを彷彿とさせるマグマが、火口から溢れだしています。ゴーレムたちはこれを恵みの雨とでも言わんばかりに万歳三唱していました。

「おっと! 危ないのぉ! 」

「防御手伝う! 」

 噴火の衝撃で放たれた岩石が、砲弾めいた勢いで向かってきます。スエキチはそれをかわしますが、躱せないものはアカシが光の弾で迎撃しました。

「エイシャ エイシャ エイシャ エイシャ」

 流れるマグマに浸かったり、海辺のようにかけ合って遊んだりと、ゴーレムはバカンスにでも来たかのように平和なものです。実際、彼らにとってはそうなのでしょう。

 しかし、次に起こることは彼らにとってもアクシデントであり、衝撃の事態でした。

 遠方。草でもかき分けるように雲を払って駆けてくる巨影。山脈を踏み荒らし、彼の足跡には面影を失くした平たい大地だけが残る。アカシはその姿に見覚えがあります。

「あれは……敵だ。この前に戦った。前より何十倍もデカいけど! 」

「女王配下のガンガか! 」

「多分! 」

 悠に八千メートルを超えるその体躯。その現実味の無いスケールで迫ってくる様は、脳に錯覚を起こし、恐怖として認識することすらできません。

「しかたないね……どうにかして、ここで倒そう」

「りょ。じゃよ」

「え、たたかうの!? 」





――――――――――

次回へ続く。

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