第二章
だい 14 話 - ガンジス集落を目指して
肉体は岩のような筋肉――ではなく、実際に溶岩の集合体。山肌を蹴り登るたびに、噴火を誘発させる地震が如き揺れが大地を伝います。
「オルァ オルァ オルァ」それは独特の息遣いで走っていました。
瞳はマグマを思わせる
「オルァ オルァ オルァ オルァ」
その巨躯は人間と比べものになりません。火山を統べ、溶岩を呑み、岩石を喰らう堅牢堅固の種族。彼はその種族の中でも最も位の高い族長の役を担う者。
「モウスグ サンチョウ カ。 ニシテモ」
声は雷鳴。足音は轟音。拳を振れば気圧が変わり雲が吹き飛ぶとされる六本腕の
即ち、彼こそが――。
「アレ ? 」
おっと。
彼は登る山を間違えていたようです。彼が目指すべきは、三つ隣の山頂でした。
「チクショォメッ ベランメェ テヤンデェ」
彼こそがゴーレムの族長、ジョーガン。
頭はあまり良くないようです。
*
アカシ、サクイ、スエキチの三人は、目的の山の麓に辿り着きました。彼らが今いるのは森の中です。
「ここが目的の山、〝ヴォルノ山〟の麓にあたる。今日はひとまずここで野営するのがよかろう」
スエキチは術で生み出したニンゲンを、四方へ送り出しながら言います。
「薪は吾輩の術で集める。おぬしらは飯の用意をせい」
彼の手際の良さに、アカシとサクイは舌を巻きました。
「アタシは先にテントを張るよ」
「オレは川へ魚とりにいくぜ」
「サクイよ、一人では危険じゃ。コイツとともにゆけ」
スエキチがサクイの真横の地面に手をかざすと、そこから煙が立ちのぼります。すぐに煙が晴れ、中からは筋肉隆々、顔だけスエキチ、ふんどし姿のマッチョが腕を組んで現れました。
「げげっ、きもちわりぃっ! 」
「心外な! スエキチ・スモウレスラ・モォドじゃ。格好よかろ? 」アカシは顔を赤らめて目を逸らしています。「男の人の、その、露出っていうか……」
「もう。見た目は気にするな。何かあればすぐソヤツに頼るんじゃぞ。吾輩はここで術を操作しておる」
「分かった。いってくる」
「いってらっしゃい……」
「無駄な寄り道をせんようにな」
サクイは「りょうかいよぉ」と声をあげながら、手を振って森の中に消えていきます。スエキチ・スモウレスラ・モォドと共に。
さて、それを見送るとスエキチはアカシに向き直り、真剣な顔つきになります。
「どれ、おぬしが女王について知っていることを今のうちに共有しとくれ。サクイの前では
「いいよ。まず女王の魔法だけど――」
「風の噂に聞く不可視の弾丸か」
「うん。アタシも肩を撃たれた。直撃イコール死じゃないのがまだ救い。愛用の日傘から撃ってるみたい」
「その傘には十中八九、魔法陣が埋め込まれとる。捕虜にしたゴーレムやホーマの職人に無理矢理造らせたんじゃろう」
「酷い……」
「今に始まったことではない」
話の途中に、ニンゲンたちが戻ってきて薪を積み、火を
「長く調べてきた結果だけど、弾丸は傘からしか撃てないハズだよ。あと連射もできない。
あの弾さえ避けられたら、純粋な魔力勝負でアタシが勝つ。戦いになったらあの傘を取り上げられるかが鍵になるだろうね」
「うむ」
焚き火をニンゲンが必死に吹き、まもなく火がつきました。
「して、話は変わるが。おぬし何故サクイに執着する。家族と言っておったが、本人は分かっておらぬようじゃった。かといって、その場しのぎの嘘にも見えんかった」
「……」アカシは黙りこみ、森の隙間から満天の空を見ます。それから、母が子に語るように言いました。
「この世界は誰かの書いた物語だって言ったら信じる? 」
「吾輩は宗教には疎い。そういう教典があるのか? 」
「ううん。本当のこと。アタシが書いた物語の主役が、サクイ君とワヘイ君なんだ。三人で仲良く、絵本みたいな平和な世界で暮らすお話」
「詩的じゃの。今夜の星空に合っとるわいな」スエキチは冷やかしましたが、アカシは真剣です。「嘘じゃないのに」
「そうかそうか。ほほほ」
「もー。信じてないんだ――あ、サクイ君帰ってきたよ。気味の悪いスエキチの頭に乗ってる」
「スエキチ・スモウレスラ・モォドじゃ。なにはともあれ無事で帰ってよかったわ」
*
焚き火の上にシチューの入った鍋を据え、鍋の周りにはサクイの獲ってきた魚を串に刺して焼きます。
シチューにはスエキチが洞穴から持ってきた鶏肉と、道中採れた山菜と野菜が、サクイにも食べやすい大きさでコロコロと入っています。
「飯もできたことじゃし、いただくとしよう」
「いただきます! 」「いただきますっ! 」
スエキチは、早速串焼きの魚を「ふーふー」と冷まします。猫舌です。
「ガンジス集落について聞かせてよ。それとゴーレムのことも」アカシは自分の椀にシチューをよそいながら訊ねました。
「ゴーレムは、標高が高く噴火の近い活火山の山頂付近に暮らしておる。今であれば、このヴォルノ山が当てはまる」
「この山、四千メートルぐらいあるらしいもんね。登るときはヘリコプターに変身してよね」
「なんじゃそれ。吾輩は怪物には化けん」
「じゃあ鳥。おっきな鳥! 」サクイが目を輝かせて主張します。
「それならええが――とにかく、この山頂付近にゴーレムはおる。奴らは気難しく、まず初対面では心を開かん。だが、族長のジョーガンと吾輩は三百年来の友人。ジョーガンに頼めば、彼らの技術で武具を造らせることができるじゃろう。
何の武具を頼むかは決めておるのか? 」
「まだ決めてない。カイハが日傘を造らせたことには、きっと理由があるんだと思うんだ。ってことは、剣とか槍とか杖よりも、効率的に戦える物があるはず。今はそれを考えてるとこ」
「ツメはどー? 」サクイが「はふはふ」と魚を頬張りながら、上目遣いでアカシに提案しました。「はいはい」とアカシはサクイを撫でます。
「日傘……ただ肌が魔太陽の光に弱いだけではないのじゃろうな」
「マタイヨウ? 」
「朝になると昇る、空を真っ赤に染めるやつじゃ」
「あ、お日さまか! 」
「魔太陽は、浴びるものに魔力を与える特殊な光を発しておる。もしやすると、その光とあの日傘に何か関係があるのやもしれぬ」
「そうやもしれぬね――あちっ」
「あっ、大丈夫? 火傷した? 」アカシとスエキチ・スモウレスラ・モォドが心配そうに寄り添います。アカシは鬱陶しそうに言いました。
「もう! コイツいつまでいるの!? 」
――――――――――――
次回へ続きます。
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