だい 13 話 - 一緒に行きませんか

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   第一章最終回

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「最後通告じゃ。その猫をここに置いて消えよ。後は女王征伐でも何でも好きにせい。勝機のない戦いに、これ以上、若人を巻き込ませるわけにはいかんのでな」スエキチは元の姿に戻って、自らに言い聞かせるように言葉を吐きます。

「アタシなら勝てる」対するアカシも物怖じしません。

「お前のような命知らずが今まで何人消息を絶った? 女王の本拠地も掴めず、能力の正体すら判らん。挙げ句の果てにニンゲン一人と猫一匹で勝つじゃと? 冗談も休み休み言え、馬鹿者が」

「じゃあ、スエキチはこのまま世界が滅ぶのを待つの? 本当にそれでいいの? 」

「そうだよ。それでいいのかよ――」「黙れ!! 」スエキチは怒鳴ります。

「貴様らに何が分かる……同胞を皆殺しにされ、生まれた町を焼き尽くされたこの心境が、少しでも分かってたまるものか!! 」

「分かるわけないでしょ!? アタシはアンタじゃない! 」

「ま、まぁ、おちつけよ、二人とも」

「女王には勝てん。世界は滅ぶ。ならば無駄死にを避けよと言っているのだ。なぜ分からん! 」

「それはタダの腰抜けの言い訳だ。仲間のために立ち上がることのできない弱虫の腰抜け。いいよね、黙って穴の中にいたら全部終わるんだもん。そうやって神様にでも手を合わせて、誰かが代わりに世界を救ってくれるか、滅ぶのを待ってたらいいじゃん! 」

「貴様……! 」スエキチが歯を軋ませます。

「なぁ、アカシ。言いすぎだよ」

「いいや、スエキチは自分が作った幻に閉じこもってるんだよ。私たちが外に連れて行かないと、スエキチはずっとこのままなんだ。! 」

 アカシがまくし立てた後、スエキチはアカシを壮絶に嫌悪した表情で睨みつけ、さっきまでの争いが嘘であるかのように、静かに告げます。

「出て行け。もう、二度と顔を見せるな」

「この強情っぱりが……サクイ君、行こ」

「あ……あぁ」

 背中を向けたアカシは、最後に言い残していきます。

「明日、最後にもう一回ここに来る。それまでに決断して。アタシたちと一緒に来るか、ここに一人で残るか。いい? アタシたちには時間が無いの」

 スエキチは囲炉裏を見つめたまま、何も答えませんでした。


 *


 夜になります。

 無人の宿を寝床にしたアカシとサクイでしたが、サクイはどうやら、こっそり抜け出してスエキチに会いに来たようです。

「スエキチ。おきてるか? 」

「……」これぞ、狸寝入りというやつでした。

「さっきはごめんよ。アカシがひどいこと言って。せっかく助けてくれたのにな」

「……った」スエキチは背を向けるように寝返りをうって、もぞもぞと何かをこぼしますが、サクイには聞き取れません。

「スエキチにおねがいがあるんだけど、聞いてくれないかな? 」

「……共には行かん」

「ち、ちがうよ。オレの友だちのことなんだけど」

「ワヘイとやらの事か」

「そう。ワヘイ。タヌキのワヘイ。オレはワヘイを自分の世界においてきたんだけどさ。もし、オレとアカシがジョオウをたおせなかったら、ワヘイと、友だちになってやってくれ」

「……」

「アイツ、ビビりだからよ。一人じゃ、ジシンとか、色々こわいことも多いと思うから。だから、年上のスエキチがいっしょにいて、やさしくしてやってくれ」

「一緒にいても、世界は終わるぞ」

「それでもさ。一人でつらいのも、だれかといっしょなら、ちょっとマシだろ? 」

「……」スエキチの耳が一瞬、震えたように見えました。

「おねがいは、それだけ」

「……」

「また明日な」

「……」スエキチの背中は、サクイでも分かるほどに寂しくて、暗くて、小さく見えました。

 翌朝。

 外の明るさは分かりませんが、祭りの音がかなり小さくなっています。どのタヌキも疲れて眠っているのでしょうか。

「で、答えは決まった? 」草庵の玄関で、アカシは腕を組んで回答を要求します。

「吾輩は……吾輩は――」

 スエキチの後ろめたさや、躊躇ためらい、迷いが表れた、長い間がありました。アカシもサクイもそれを急かしません。

 洞窟の天井から水が滴る音。

 朝食の残り香。

 その時を待つアカシとサクイの呼吸。

 しばらくして、スエキチはたった今決めたように宣言します。

「――行けん。お前たちと共には」

「……あっそ」アカシは背を向けようとし、サクイは耳を折って俯きました。

「ただ」と、スエキチは続けます。

 彼が話し始めると同時に。

 草庵も囲炉裏も消えていき、遠くの祭りの音も、ボリュームを絞るように小さくなっていきました。その場には、何もない洞窟の岩肌だけが残ります。

 そうするとスエキチは、胸とお腹をこれでもかというほどにエイヤと張って、背中に背負っていた緑の風呂敷と、かぶっていた菅笠を出現させます。一転して旅支度となった彼は、自信たっぷりに言いました。

「吾輩はあくまでも、個人的に女王を成敗しにゆく。ゆえに、偶然、見えるかもしれんが、勘違いしてくれるなよ? 」

「なーにさ。それ」アカシは肩をすくめて「やれやれ」といった具合で微笑みます。サクイも「ややこしいなぁ! 」とスエキチに飛びついてハグしました。

「ただ、条件があるぞ」

「何? まだ何かあるの? 」

 スエキチは腰にしがみつくサクイを引きずりながら、アカシの前に進み出て、丸い手を差し出します。

「ここにいる誰も死なせるな。アカシ」

 彼女もまた、同じように手を差し出しました。

「言われなくても」

 それは固い、とても固い握手でした。


 *


「やっぱり。全部幻だったんだね。建物も、タヌキたちの声も、豪華な食べ物も。どおりでそこまでお腹が膨れなかったんだよ」

「騙して悪かったな。術を使い、みすぼらしい食事を豪華に細工した。じゃがなぜ気付いた? 」

「スエキチがそう言ってたじゃん。同胞も町もなくしたって。地上も焼かれた形跡なかったし、ここにどうやって豪華な食事を用意したかも分からなかった。なら、スエキチの凄い術で見せてるって考えたほうが、辻褄が合ったんだよ」


 *


 いよいよ。旅仲間は三人となり、本当の冒険が始まります。最初に目指すは、ゴーレムが棲まうとされる大火山、その山頂です。

「さぁ! 打倒女王カイハの旅、出発だよ! 」

「あいっ! 」

「うむ! ゆこうぞ! 」

 三人は、人の手の入っていない高原を、並んで歩き――と思いきや、サクイはアカシのリュックの中に入って顔を出し、スエキチはアカシの頭の上に座っていました。

「見晴らしええのぉ」

「あったけぇなぁ」

「うふふ、うふふ」

 それでも、大の可愛い物好きのアカシにとっては天国です。伸びすぎた鼻の下に鼻血が垂れていました。

「にしても、気色悪い笑いじゃの」

「なんでわらってるの? 」

「でへへ、でへへへ」





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第一章はこれにて完結。

第二章へ続きます。

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