第48話


――――3年生に上がる前の、あの日。


「そういう人とか……好きな人とかいないの?」


下を俯いたふゆちゃんが言った言葉に、私が返したのは「ナイショ」という四文字だった。



「……どういう意図でもなかったんだと思う。まるで人の心を弄んでいるみたいだけれど……ふゆちゃんに、好きでいてほしかったのかもしれない」


注がれた緑茶に反射する、自分の長いまつ毛を見た。水面も手も、少しだけ震えていた。


「……夏莉って、悪い女じゃん」

「そうだね」


呆れた顔の秋也は、ポテトチップスを口に詰め込んだ。


「俺からしたら、言わないふゆちゃんも、知らないふりをする夏莉も、どっちもどっちだと思うよ」


冷めたコーヒーを手に持ち続ける春希は、深い瞬きをした。


「……夏莉、わかってたんだ」


ふゆちゃんは、静かに呟いた。


「ごめん」

「謝らなくていいよ」

「ごめん」

「好きになってごめん」


もう、空気は元には戻らなかった。

時刻は深夜2時、外の交通の音すら途絶えてしまった。


始発で帰るであろう私たちは、冷蔵庫に残されたお酒に手をつけることもなかった。


各々が告白を終えて、机に大量に残ったお菓子は、少しずつ湿気を吸っていく。


「5年分の告白……5年越しの告白か。」


誰かがそう、呟いた。


「春希、好きだった」

「ごめん秋也、俺好きな人いない」

「そうだよね」

「多分俺、好きな人とかできないタイプ」

「知ってる」


2人がそんなやり取りをする中で、ふゆちゃんは言った。


「夏莉は、好きな人とかできたの?」

「できなかったね…高校卒業してから何人か付き合ったけど、やっぱりわからなかった。ねえ、好きってどんな気持ち?」


そう呟くと、ふゆちゃんは目線を上げ、私の目を見つめて言った。


「俺の世界の全てになるような、そんな気持ち」





「じゃあ、おやすみ」

「おやすみー」

「…おやすみ」

「おやす」


春希がそっと電気を消した。

フローリングの上でクッションを枕替わりに、ブランケットかけただけの私は、全然眠れなかった。

環境のせいだろうか、いや、きっと違う。

始発で帰る予定だったが、眠れそうになくて、ソファで寝てたふゆちゃんに声を掛けたりもしていた。


数時間経てば、もう始発の時間だった。

空が明るくなってきて、サヨナラを告げる合図だった。

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