第43話


「……ま、つまり、俺の告白なんて大したことなくてさ。ふゆちゃんへの気持ちを知っていながら隠して、夏莉に小さな不満を抱いていたんだ。結局バイトのことも、卒業まで教えてくれなかったしな」


ホットだったコーヒーはとっくに冷めて、常温になっていた。相も変わらず香りは高く、飲む気をそそるが、じゃあ飲もう、とは思えなかった。


「待ってよ、春希の宇野事件の時の話はないの?」


時刻は1時を回り、夏莉は珍しくクマが目立ち始めていた。手に持っている緑茶も進んでいるようには見えない……というか、全員飲み物は進んでいない。


「いやぁ……みんなが知らないことを強いて言うなら、富田に文句つけにいったくらいだよ」

「あぁ、俺が富田に言いに行こうとしたら春希が食い気味に向かってった……」

「秋也にもう関わるなって言ったんだ。お前は俺らの間に邪魔だと。そしたら、夏莉のこともあってもううんざりしてるとか言って、なんとなく話が終わったんだ」

「春希……」


あの日、富田に直接言いに行ってから、秋也と富田が関わることはなくなった。

秋也はそれを不満には思っていなさそうだった……なんて話を、話す価値もないと切り捨てていた。


「俺の告白なんてほんとくだらないもんよ。お前らと違って、誰が好きだったとかそんなんじゃない……ただ、みんなのことが好きだっただけ」

「お前らと違ってって……」


少しだけ微笑む秋也とふゆちゃんに対して、夏莉は1ミリも笑ってなかった。


「ねぇ、本当に私告白することなんてないよ」


死んだ魚の目をしていた。

いや、濁った目と言うべきだろうか。

死んだ魚ほどクリアではなかった……霞んで、もやで、ドロドロで、溶けきったようなそんな目をしていた。


「夏莉、いい加減に……」

「ないんだよ、なんにも、最初から」


濁った目を細めて笑う姿は、不気味でしかなかった。

ないわけがない、俺は知っている。俺は見抜いている。


「最初から全て知っていた、それが夏莉…お前の最大の告白じゃないの?」


目を見開いて、空の紙コップを床に落とした。


「なんで春希がそんなこと知ってんの」


夏莉の聞いたことない低い声が響いた。

人の家で出すような声量ではなく、思わず咳払いしたくなるほどの緊張感だった。ふゆちゃんと秋也がどんな顔をしているか確認する暇もなく、その濁った目に貫かれてしまいそうだった。


「見てればわかるから」


咳払い混じりにそう捻り出した。


「春希って怖いね」

「よく言われるよ」

「ちょ……ちょ待って」


この空気に待ったをかけたのは、秋也だった。


「全部知ってたってどゆこと……ていうか、なんで否定しないの、夏莉」

「…………違うって言っても、春希はわかってるんでしょ。じゃあ否定する必要もないじゃない」

「そういうことじゃなくて」

「夏莉は全部知ってたんだよ」


床にころがった紙コップを拾い上げて、お茶を注いだ夏莉は、水面に映った自分を見たあとにお茶を強く飲み込んだ。


「私の告白、全て知ってたって話」


そこから始まったのは、俺の想定内で、2人の想定外、そんな話だった。

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