第37話


春希と夏莉が去った踊り場は、冷たく静かだった。

ふゆちゃんはそっと俺に近寄って、頭をぽん、として言った。


「俺は動機は責めない。次は別のやり方でやろう」


そう、苦笑いした。

それは優しさでもあっただろうが、気づいてるぞという釘を刺された気分だった。


「俺……取り返しのつかないことを……」

「大丈夫。夏莉も治るし、春希もすぐ元に戻る、宇野にはちゃんと謝った方がいい」

「……うん」


踊り場に冬の太陽が差し込んでいた。


本当にふゆちゃんの言う通り、春希と夏莉はすぐ元に戻った。宇野も問題なく、謝ったら「おかげで素敵な人に出会えた」なんてわけのわからないことを言ってきた。夏莉のことだろうか、春希のことだろうか、不安になりつつも飲み込んでみた。

そして俺はこの件以降、一層自分の気持ちに蓋をした。数学はまともに受けなくなって、やりたいことも見つからず、そのまま受験期に入った。

受験期の夏莉と春希はまたひと味違う感じで、バチバチだった。俺とふゆちゃんは、そんな2人から目を背けた。背けてよかった。

背けていれば、この気持ちは消えると思っていた。


そして、卒業したあとも顔を合わせる度、消えないんだと理解していった。


「俺は、ふゆちゃんの仲間で、夏莉の一番の理解者で、一番の友達でいたくて、そしてそれ以上に春希の特別になりたかった。」


かなり時間が経った。オレンジジュースはいつしか空になって、紙コップの底にうっすら溜まっていた。


「春希の特別……」

「うん、特別」


静かな空間の中で、自分の鼓動の音だけが聞こえた。春希の顔は見れなかった。

誰かが深く息を吸う音だけが聞こえる。


「じゃあ、俺の話でもする?」

「え?」


春希が歯を見せて笑った。


「俺の5年越しの告白ってやつ」

「…でも、俺の気持ちは」

「いいから、秋也の気持ちは後で話そう。俺の話からだ」

「待って、私が話したい」

「夏莉」


春希が夏莉の言葉を遮ることは珍しくないが、今日だけは特別だった。


「先に行っておく。俺は夏莉の5年越しの告白を知っている。だから俺が先に言いたい」

「いやでもこれじゃあ」

「夏莉だってわかってるんだろ」

「……」


何が起きてるのかわからなかった。

ふゆちゃんも、なんだなんだ、なんて呟いている。当の夏莉は目が泳いでいて仕方がない。


「じゃ、とにかく俺が言う!!俺の告白はなぁ!ふゆちゃん、お前に向けてだ」


その言葉から春希の告白が始まる。

俺の心はドロドロに溶けきっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る