第13話 虚
「あのさあのさぁあのひょっとして眞さまが言ったのって聞いてないのぉ?」
しん様…
「あのお茶屋のさぁ昆虫のさぁおじさんがさぁあのさぁあのさぁ外へ連れてってくれるんだけど!」
昆虫のおじさん…
「それでさぁあのさぁあのあのちょっとさぁここにさぁちょっとだけ座ってさぁそれでさぁこうして…」
地面に正座をして、親指を突き出すと、チ柄の絆創膏を雑に貼られた。
「ちょっとさぁチって言ってみて!」
「チ…」
「えっとさぁもっと言って!もっともっともっと言って!」
「チ…チ…チ…」
「えっとねぇそれってもっとさぁおーきい声でいったほうがさぁいいと思うんだけど!」
「チッ…チッ…チッ…チッ…」
「そのままあのちょっとさぁちょっと!ほんとのちょっとだけちょっとまってて!」
「………チッ………チッ……チッ………チッ………」
どれ位たったのだろうか…
子供は戻って来ない…
何処へ行ってしまったのか…
放置されたまま、何処にも焦点の合わない虚ろな目で、もはや呼吸のように無自覚にチと唱え続けている。
目を開けて行う瞑想の様な、座禅の様な、或いは宇宙と繋がっているかもしれない様な状態で、トイレの前に座り込んでいた。
不意に、巻かれていたチ柄の絆創膏が、ぱらりと落ちて、意識が親指に向かうと、親指の向こう側に佇む、ミラクル狐面の姿に、焦点がじとりと合った。
「チィ…ィ………………」
いつから居たのか…
恥ず…
居たたまれない気持ちになって、どう動き出したら良いのか分からない。
親指を突き出したまま、不甲斐ない時間が流れた。
そのうちミラクル狐面は、親指を突き出して顔を赤くしている自分の横を、そろっと通り過ぎて行った。
「ぬぅぁぁぁぁぁぁぁ…」
親指を下げて、突っ伏した。
もう何やってんだ…
恥ずかし過ぎる…
子供ぉぉぉぉぉ!!!
参道の方へ探しに行ってみるけれど、相変わらず静止画の様な景色が有るだけで、誰も、何も居ない。
何処へ行ってしまったのかと視線を彷徨わせ、なんとなく御賽銭箱に目が止まった。
小銭を入れて顔を上げると、手を合わせながら自分に嫌気が差す。
此処で願い事をしても叶わない。
ついさっき、ミラクル狐面の散らかった部屋を見てきたばかりではないか…
全く何をしているのかと、自分にうんざりして御賽銭箱の前の階段に腰掛けた。
両手で目を覆って、ため息をつく。
早く柿森さんを探さなくては…
なんで…
駅でトイレに寄ればよかった…
いつもそう…
考えの至らない自分が嫌いだ。
自分が嫌い。
大体の事がうまく行かない。
今日も最悪の1日だった。
仕事で大きなミスをした。
あのミスは簡単なチェックで回避できたのに…
何故もっとよく確認しなかったのか…
元々あれは自分の仕事ではなかった。
ずるい奴が押し付けてくるのを、みんなは空気を読んで要領良くかわしていた。
自分だけが断れず、いつの間にか、やらなければならないような空気に流されて、結局ミスをして迷惑をかけて…
いつもそう…
このざわつきを体から取り除きたい…
冷や汗が止まらない。
自分の存在は迷惑だ。
みんなが簡単にやっている事が自分には出来ない。
自分だけ出来ない。
駄目なまま…
成長出来ない。
取り残されていく。
同じ様な毎日。
やれば良かった。
やらなければ良かった。
後悔の毎日。
惨めな日々を続けて何になるのか…
虚しい。
もう終わりでいい。
体が冷たくなっていく。
消えたい。
「おーい!」
上の方から声がして、顔から手を外すと辺りは真っ暗だった。
え…
日は落ちたのか…
「あのさぁあのさー!」
上を向くと、小さな空に小さな影が見えた。
どうなってる…
穴に落ちている…
いつ落ちた…
「あのさあのちょっとさぁちょっとだけちょっとまっててー!すぐ殺すからー!」
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