08
「あれ、奈央ちゃんがいない」
どこを探してもそんな感じで今度こそ立ち止まることになってしまった。
いやまあ、元々学校では他の子を優先しているから普通と言えば普通だけど今日は一緒に帰ろうと本人から誘われていたから微妙だ。
こちらが勝手に期待をして勝手に探しているだけなら特に問題もなかったけどね、その場合は一人で帰ればいいだけだし。
だからこれはまた部活に顔を出してほしいなどと頼まれた結果なのかもしれない。
「お、丁度いいところに、新井に手伝ってもらいたいことがあるんだ」
「あ、はい」
すれ違いになりませんように。
ちなみにお手伝いの内容は私にもできる簡単なことでそうしない内に教室に戻ってこられた。
それでも私の席で奈央ちゃんが寝ているとかもなかったのでここで少しゆっくりすることにする。
ただ? そんなことをすればどうなるのかなんてすぐにわかるもので、気が付いたときには完全下校時刻ギリギリで慌てる羽目になった。
やっぱり暗闇が怖いみたいなヒロイン属性はないけど時間が時間なのでお家まで走る。
「うん、やっぱりいないや」
鍵だって渡してあるからズレても困らないようにしていたのにこれだ。
別に想像通り協力をしていなくてもただ遊んでいるだけでも自分のお家に帰っていてもいい、元気な状態でいてくれれば十分だろう。
「ただいま……」
「おかえり、すっごく疲れた顔をしているけどどうしたの?」
「友達がなかなか解散にしてくれなくてね、走って帰ってきたのよ」
常日頃から走っていないと短距離でも疲れてしまうものだ、私もさっき走ってはあはあしていたから気持ちはよくわかる。
「そうなんだ、あ、いまからご飯を作るからね」
ヒロイン属性はないけどそれでも来てくれるかもしれないと考えて冷える教室で待ち続けるなんて乙女属性はあるみたいだ。
私が乙女とか自分でも笑いたくなってしまいたいぐらいでもだ。
「それより誘ったのに約束を破ってごめん」
「気にしなくていいよー……ぉお? あ、あの、これじゃあご飯が作れないよー?」
夜にもいてくれるようになってこういうことが増えた。
抱き枕でもないしいちいち心臓が活発的になるから寝るときとかに――あ、いやそれはそれで変な雰囲気に変わっていくからだったらこういう時間の方がいいのかな……?
だけどいまはご飯を作らないともうすぐに二十時とかになってしまうから駄目なのだ。
「いまご飯はいいわ、それよりもこれよ」
「ご、ご飯を作って食べてからにしようよ」
「む、それなら私が作るからあんたは見えるところにいなさい」
どこでも見えるうえに床に直接座ることになっても気にならないから下から見つめておくことにした。
真面目な顔が美しい、なんて私の方は駄目駄目になってしまっている。
でも、気になる子が自分のお家で当たり前のように存在していたら誰だってこうなると思う。
ご両親云々は関係なくてただ私といたいからあの話を出してきたとか!? なんて一人で盛り上がっていたらあっという間にご飯の時間になってしまった。
「美味しいよっ」
「んー七十点ぐらいね、もっと練習しないと駄目だわ」
これが七十点なら普段の私のソレはどうなってしまうのか、こういうときは違うと言ったところで否定されてしまうだけだから黙っておくけどさ。
食べ終えたら普段とは逆で洗い物をやらせてもらう、お風呂の方は普段と同じで彼女が一番だ。
「清乃」
「んー?」
それが終わればあとは寝るだけだけど……。
当然のように一緒に寝ることになってしまって、しかも距離が近い状態で名前を囁くように呼んでくるから本当にドキドキする。
しかもここでの問題は一応彼女も気にしているのか顔を見せてはもらえないこと、つまり背後からの攻撃を受けているわけで……。
「これでよしっと、三つ編み清乃よ」
「あ、そういえば最近はこういうこともなくなっていたねー」
「うん、私が近づいた理由は髪で遊ぶためだったのに意外よね」
えぇ、最初は「あんたに興味を持ったから話しかけたの」なんて可愛い顔で――真顔で言ってくれていたのにそんな理由だったのか……。
髪が長い女の子なんて沢山いる、だから選ばれなかった可能性も高かったということになる。
ベッドに寝転べていて温かいはずなのに途端に寒く感じ始めた。
「あとはあんたなら面倒くさい絡み方をしてこないと思ったからよ、実際は、ふふ、なんでもない」
「あ、あの、別の意味でドキドキさせるのはやめていただきたい」
こんな気持ちになるぐらいなら甘い方でドキドキしていた方が遥かによかった。
「まあ、想像していた通りしつこく絡んできたりしなかったのはよかったわよ、だからこそあともう少しで一年というところまで一緒にいられているんだから」
「春になったらまたお祝いをしないとね」
去年はシャンプー、靴下はこの前クリスマスプレゼントとして買わせてもらったから今度は……なにになるのかな?
「そういえばそうね、今度はなにを貰おうかしら?」
「私の初めて、とか?」
「それならあんたには私の友達に話しかけてもらう」
いやそれはできるけど……この場合はそうではないだろう。
「友達だって急に連れてこられても困るだけだろうから冗談よ。そうねえ、あんたの初めてなことと言えば……沢山ありすぎてすぐに出てこないわね」
「まだ私から奈央ちゃんを抱きしめたことはないよ?」
よし、ここで私が攻める番だ。
最近の私は、というか最初の頃から自由にやられすぎなのでここで戻しておきたいのだ。
なんでもそうだけど一方的なのはよくない、彼女としても刺激が足りなくなって飽きてどこかにいってしまいそうだからそれを避けられるのならなんでもやる。
「は? あ、まあ確かにそれはそうね、だからといってそんなことを求めたりしないけど」
「えー求めてよー」
「じゃあ抱きしめるのは飛ばしてキスね」
「いいよ、それならやってあげるから」
ふふ、言質は取ったぞ。
また、これでお誕生日のときに彼女が日和って逃げてもそれはそれで美味しかった。
「あんた言ったからには最後までやり切りなさいよ?」
「さ、最後まで!?」
さ、流石にそれは過激すぎやしないだろうか?
私達はまだまだこれからも一緒に過ごしていくわけで、二年生になった途端に変な感じになってしまうけど……。
「は? だからほら……なかったことにすんなってことよ」
「あ、あー……もう紛らわしい言い方をしないでよ」
「やらしい女の子ね」
ぐはっ、ではない、何故口撃されなければならないのか!
それでも攻撃をしてしまったら同じレベルになってしまうので頑張って耐えた、大好きなベッドの上なのもいい方に働いた。
「こっちを見なさいよ」と口撃からの攻撃をしてくる彼女に対してもスルーして逃げ切った。
「奈央ちゃんほら」
「ふん、食べたらすぐに出るわ」
「だったら私もいくよ」
「今日は友達と約束があるからいいわよ」
こ、このように何故か拗ねてしまったけどね。
「わーお、チョコレートがいっぱいだー」
「は? あんたとうとうボケたの?」
「いやほら見てよー」
「だからあんたが指さしているところにはなにもないわよ」
あれ、さっきまでは確かにあったのにどこにいってしまったのか。
彼女の両頬を掴んでじっと見てみても漫画やアニメみたいに口の周りを汚していて証拠が残っているなんてこともなかった。
「なんで、掴まれなきゃ、いけないのよ!」
「ぎゃん!?」
確かに彼女からしたら先に攻撃を仕掛けたのはこちらだけどだからといって顔を鷲掴みするのはどうかと思うのだ。
しかも結局チョコレートというやつはなかったしバレンタインデーなのに微妙だ。
更に微妙なのはバレンタインデーぐらいまでと言っていた彼女がお家に帰ってしまうかもしれないということで、だけど流石にご両親からも戻ってこいと言われているみたいだからわがままは言えない。
「もう帰っちゃうんだよね?」
「ん? ああ、そうね」
「そっか、だけど楽しかったよ」
学校でも優先されずにお家にもいないともなればまた一人の時間が多くなる。
今度はなるべく学校に残ることでなんとかしようと思う。
「だけどその前に、はいこれ」
「チョコレートだ!」
「あんたには先に貰ったしなによりお世話になったからね」
「ありがとう!」
「どういたしまして」
おお、最近で言えば一番いい感じかもしれない。
つい私が余計なことを言って彼女を怒らせてしまうことが多かったからこのまま解散になった方がいいな。
あともったいないから残しておきたいところだけど貰ったからにはちゃんと食べなければいけないから帰ったらすぐに食べる、ご飯は食べずにお風呂に入って寝る!
「ちなみに聞いておくけど他の誰かから貰ったりした?」
「ううん、そもそも貰えなかったから幻覚が見えちゃっただけだからね」
あの子がもし同じところにいていまみたいに彼女のおまけとしてでも見てくれている状態だったのであれば可能性はあったもののそうでもなければゼロに決まっている。
両親だっていないのだ、だったらいちいち聞くまでもないことだと思う。
「え、ぼけたの? とか聞いたけどあれはあんたなりにふざけてみせたわけじゃなくて?」
「うん、本当にチョコレートが見えていたんだけど消えちゃったの」
市販されている物がそのまま見えていただけだったけどどれも美味しそうだったなあ。
彼女からのこれがなければいまからスーパーにでもいって複数種買ってきてもよかったぐらいだ。
積極的に甘い物ばかりを好むというわけではなくても一年に一回ぐらいは揺れるときがくる。
「あんたそこまで甘い物が好きだったっけ?」
「本命から貰えていなかったからです」
「なにが本命よ、馬鹿」
うはあ、冷たい目がこう……はは。
そうか、彼女は抱きしめてきたりはしてもそこに関しては一貫しているから否定もしたくなるか。
まあ、散々こちらが期待できてしまうようなことをしておきながらではないからありがたい。
「それじゃあこれありがとう、また明日ね――奈央ちゃん?」
「やっぱり今日もいくわ」
「え、そう? なにもないから来てくれればありがたいけど」
よし、それなら不安にさせないためにも目の前で食べさせてもらうことにしよう。
そう考えて彼女が何回も止めてきたのにスルーして食べたまではよかったけど満足感がすごすぎたのが問題だった。
つまりお客さんが来ているのに最初に考えていた通りにご飯なんかどうでもよくなってしまったわけ。
それでも流石になにも作らないわけにもいかなかったから卵焼きとお味噌汁だけはなんとか用意した形になる。
「ご飯はありがたいけどなんで聞いてくれなかったわけ?」
「食べたかったから」
それしかないじゃないと彼女の真似をして言いたくなる件だ。
彼女なら逆に「すぐ食べなさいよ」と言いそうなぐらいなのに意外だった。
「それでも気になるじゃない」
「そういえば他のお友達にはあげたりしたの?」
「まあ、頼まれた子にはあげたけどそれだけよ」
こうして他のお友達にもあげたのなら尚更のことだ。
「その子も嬉しかっただろうねー」
「さあね。それより足を貸しなさい」
「いいよー」
いまが夏ではなくてよかったとしか言いようがないね。
同じように寝転ぼうとしたら駄目だと言われたからまた髪を撫でておくことにした。
四月と比べれば長く、は整えているからなっていないけど奇麗で触りがいのある髪だ。
「本命とかふざけたことを言うあんただってしつこく頼んできたりしないのにどうしてもと何回も頼まれて疲れたわ」
「疲れちゃうならやめた方がいいけどさ、あげちゃうところが優しくて好きだな」
「だってあんまりに必死だったから、それにいやと断ろうとしたら悲しそうな顔をしてくるし……」
「本気で奈央ちゃんから貰いたかったんだね」
幻覚が見えるぐらいまでに追い込まれていたのは頼んでいなかったからだ。
それでもバレンタインデー当日が平日なのをいいことに期待をして待っていた結果がこれだからそのお友達よりも喜んでいる自信がある、あと本気で貰いたかったのは私の方でしかない。
「あんたなにその顔」
「へへ、優しい顔でしょ?」
なんて、鏡があるわけでないから細かいところまではわからないけど少なくとも悪い顔ではないはず。
何故か顔の評価だけは高いからね、全く活かされたりしないのにね。
「やめなさいよ……いまそんな顔で見られるとどうしようもなくなるじゃない」
え、あれ、本当にどうしたというのか。
実際のところは私なんかよりも彼女の方が不味い状態だったのかもしれなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます