09

「な、奈央ちゃーん?」

「……なに?」

「眠たいならそのままでいいんだけどできれば顔を見て話したいかなー?」


 これだと寝ている子相手にいたずらをしようとしているように見えてよくない。

 珍しく彼女の教室に突撃していることもそう、放課後ではないのもそう、周りに彼女のクラスメイト達がいるからやりづらいったらない。

 しかもお友達だっているわけで、こんなことを続けていたら目をつけられて敵視されてしまいそうだ。

 だから表面上だけでもね、普通に相手をしてくれるのが一番だった。


「いいからなにか言いたいことがあるなら言いなさい」

「だ、だからいまのが言いたいことなんだよ」

「じゃあただ話しかけてきたってだけ? だったらこのままでいいわね」


 なんでだぁ……。

 嫌がっているのに自分勝手に先を求めてアピールをしたとかでもないのに変になってしまった。

 本当にチョコレートのことでしつこく頼んだとかでもないのに、くれたぐらいなのに何故なのか。

 後悔しているということならもうどうしようもないからあれだけど……これでは私の方がどうしようもなくなる。

 こうなった原因、理由を教えてくれなければなにか私に悪いところがあったとしても直すことすらできないのだ。


「はぁ、あんたって人が嫌がっているときにはしつこく来る人間ね」

「えぇ」

「ここじゃやりにくいから教室から出ましょ」


 ほっ、教室から出られただけでもかなりマシになる。


「あんたからのチョコ、ちゃんと当日に貰えばよかったわ、そうすれば昨日みたいなことにはならなかったかもしれないんだからね」

「そもそも奈央ちゃんはなにを気にしていたの?」


 チョコレート並みに甘い雰囲気だったのに一気に駄目な方に傾いてしまった。

 答えがわかっているのは本人だけだから真っすぐに聞くしかない、ただ聞いた瞬間に凄く怖い顔になって「馬鹿」とこっちに真っすぐのそれが刺さることになった。


「うぐはあ!?」

「はぁ、無自覚に煽ってくるところも最初の頃と全く変わっていないわ」

「そ、そうなの?」

「あっ、ちょっと来なさい!」

「えひゃあ!?」


 昨日から叫んでばかりだ、あとお友達が来たのに隠れる理由は……?


「あの子が何回も頼んできた子よ」

「可愛い子だねー」

「可愛いは可愛いけど怖い子でもあるのよ? 前なんか集合場所に少し遅れていった際に……震えてきたわ」

「はは、奈央ちゃんは最初の頃からそうだけど冗談を言うのが得意だよね」


 大袈裟気味に言うところが多くある。

 だけどそれを真っすぐに受け止めてしまうからこそだと思っているから私が直さない限りはずっとそのままだ。


「冗談じゃないわよ。そうだ、あんたも一回体験してみればいいわよ、あの子ならすぐに受け入れてくれるからね」

「い、いや、やめておこうかなーそれにいまはあの子のことよりも奈央ちゃんとのことをなんとかしたいから」

「って、近いわよっ」

「ぶへらあ!?」


 うん、これが答えだ。


「あんたってにこにこじゃなくてにやにやしていることが多いじゃない? だけどあれからはにこにこにしているように見えて駄目なのよねえ」

「に、にこにこだよー」

「駄目だ……なんでこんな……」


 あ、ちょ、そんなに苦しそうな顔をされても困るけど。

 えっと? だから私の顔が問題だというわけで、彼女のさっきの対応は正解を選んでいたことになる。

 えぇ、こうして一緒にいられても顔を見ないで会話をしなければいけないの? と一人困る羽目になった、いやこの場合は彼女もそうだから二人で困っていることになるのか。


「ちょっと触ってみて」

「う、うん――え、すごい速いよっ?」

「あんたといると最近はこんな感じなのよね、そんなに私にとって怖い存在なのかしら」


 あ、ある意味そうかもなあ!

 いやこれは本当にきたかもしれない、警戒しているから心臓がバクンバクンしているわけではないだろう。

 そもそも警戒しているのにこんなところで二人きりになっていたら自爆みたいなものだ。

 これはもう一押ししてあげるだけでなんとかなるのでは……?


「私しかいないんだから落ち着いて」


 なんてね、悪用したりはしないよ。

 とにかく普通に戻ってくれればそれでいいから落ち着かせるしかない、このままだと冬なのもあってより心臓に悪いからだ。


「落ち着きたいと思って落ち着けるならこうはなっていないでしょ」

「それなら私はどうすればいい?」

「んーそうね、あんたが頭を撫でてくれたら収まるかも」


 離れてほしいとかではないのか、意外だ。


「お、じゃあやってみるね。こうしてーどう?」

「優しすぎるわね、かといってぐしゃぐしゃされてもむかつくだけだから――そうだ、あんたにむかつけばこれも終わるわよね!」

「待って待って」


 それに怒った場合でも心臓は活発的になるからなんにも解決には繋がらないだろう。

 これは本人に言われる前に離れてあげるべきだったか、今回は自分からいってこうなっているわけだから私が考えてあげなければならなかったのに結局ずるいことをしているわけだ。


「なんてね、これ以上目を逸らそうとしても無駄でしょ。これが私はあんたに興味を持っている……気になっているって答えじゃない」

「落ち着いてほしいとは言ったけど急激にそっち方面に変えていくのもお互いの心臓にとって悪いと思うなあ?」

「仕方がないでしょ、それにはっきりしてしまえば終わる話なんだからね」


 お友達さんも彼女に話しかけるために出てきたわけではなかったのか見える範囲から消えた――というか私達が消えただけか。


「あんたのことが好きよ」

「え、私の中に好意がないことをわかってそれならよかったって言っていなかった?」

「ちなみにあんたの中に本当にないの?」

「求めても迷惑をかけちゃうから抑え込んでいただけで大好きだけど」

「はは、ならいいじゃない。それにいまので心臓も落ち着いたわ、ほら」


 当たり前のように確認をするように言ってきて当たり前のように胸に耳を当ててしまっているけど結構すごいことをしているよねこれ。

 

「うん、確かにそうだね、だけど告白的なことをされたのになんでそこで落ち着くの?」

「意外と乙女みたいなところも私にあったということよ」

「でも、細かいことはいっか」


 常にドキドキ状態では疲れてしまうだけだしこれからまだ授業があるのだからこれでいい。


「そうよ、相思相愛ってことで一件落着よ」

「よくそんなことを真顔で言えるねー」


 もし、もしもだよ? ずっとあったのに言えなくて我慢をしているだけだったとしたら可愛くてやばくなる。

 そのことでからかおうとするなんて酷いことだからあまりしたくはないけど彼女が強気に仕掛けてきたときにそれで一気に形勢逆転なんてこともできそうだ。

 上から彼女を見下ろして彼女から「み、見ないで」なんて言葉を引き出せるかもしれない。


「落ち着けばこんなもんよ、基本的に慌てているのはあんただけじゃない」

「確かに」

「だけどとりあえずは授業ね、頑張ったらまた集まりましょう」

「わかった、今日こそは一緒に帰ろうね」

「昨日も一緒に帰ったけどまあ約束よ」


 いやーそれでもここまで一気に進むとは思わなかったから驚いた。

 教室に戻ってからもなにかが抜けた状態で怒られることこそなかったものの授業に集中できたわけでもなかった。

 そして約束通り、放課後になったら奈央ちゃんと集まってお家に帰るために歩いていく。


「そうだ、両親に紹介と同時に説明したいから今日は夜までいてほしいの」

「ま、任せておけー」


 そもそもそこは避けられないところだから時間をかけることになるよりもよかった。

 待って待って、大体十九時ぐらいに彼女のお母さんが帰宅してまずは一人と話すことになった、彼女によく似ていて、ではなく彼女がよく似ていて素晴らしかった。

 お父さんの方はなしになったけど飾られていた写真を見て結構格好いい人だとわかったから吉田さん家族は高スペックが揃っていることを知った日となった。


「なんかあんた私のお母さんにドキドキしていなかった?」

「ええええ、ある意味ドキドキしていましたねえ」


 普通は相手のご両親とはなかなか話すことはないから仕方がないね。

 ましてや同性同士なのにお付き合いを始めたことも話すことになったし、うん、普通ではない。


「だけど私は奈央ちゃんが大好きですから」

「だから結局私には隠さないという約束を守ってくれていなかったということよね」

「も、もうちょっと受け入れ態勢が整っていたら私だって自分からアピールしていたさ」


 いまは自宅に向かっている状態だから着いたら逃げ場がなくなる。

 だというのにデレ期が終わってツン期になってしまったらせっかくの最高の一日が駄目になってしまう。


「本当に?」

「だって好きな子が当たり前じゃないけど当たり前のようにいてくれるんだよ? こんなことは初めてだから逃したくないでしょ」


 お友達すらいなかったのだから尚更そういうことになる。

 普段から回りに当たり前のように人がいる彼女的にはわかってもらえないかもしれないけどね。


「あー勇気を出してアピールをしてもらいたかったわねーそうすれば私はもっと安心していられたというのに」

「え、私が積極的にアピールをしていたら告白的なことをする前みたいになっていただろうから駄目だと思うよ?」


 なんて、どうせゴールへの扉が開いていてもなにもできていなかっただろうな。

 だってそういうことができるのならお友達のことで困らない。

 ただ? いまは本気を出せばやばいと思わせておいた方がいいからこのまま続けようと思う。


「……あれは忘れなさい」

「無理でーす」

「そう、なら酷い子にはこうよ」

「とりあえず中に入ろうよ、やっとなんとかなって嬉しいのはわかるけどさ」


 もちろんなんとかなって嬉しいのも喜んでいるのも私だ。


「は、はあ!?」

「ほら、周りのお家に迷惑だから入りましょうねー」


 これで謎の興奮状態も終わるだろうからゆっくりすればいい。

 あとは彼女が大好きなお菓子も出せば完璧だ、ついでに少しお高いジュースだって出しておこう。


「あの熱狂的なファンの子には教えるの?」

「んーあんたがいいなら言うわ、他の友達とは違うから勘違いをさせないためにも大事だから」

「私なら大丈夫だよ」

「そう、なら明日の朝に言うわね」


 やると決めたら早いのも彼女だ。


「お腹が空いたわね、ここで食べるなら今日も私が作るけど今日ぐらいはなにか食べにいくのもありね」

「それなら手作りがいい!」

「わかったわ、あんたはいつもみたいに寝転んで待っていなさい」

「ううん、奈央ちゃんを見ておくよ」

「ま、ここはあんたの家だし好きにしなさい」


 本人から許可が出たので迷惑にならない範囲で見つめておくことにした。

 明日の放課後はスーパーにいかないといけなくて彼女の時間も減るから、あとはやっぱり一日目だからが大きい。


「できたけどやっぱりあんたに任せるべきだったわ。私、あんたが作るご飯が好きなのよね」

「奈央ちゃんに出すときだけは真剣にやるけど基本的には雑だよ?」

「あ、いつもはふにゃふにゃしているあんたの真面目な顔が見られるのがいいのよね。ほら、いつもは別のクラスだから見られないじゃない? だからいい時間になるのよ」

「わかったっ、いまから追加で作るから待ってて!」


 彼女が見たがっているのなら見せてあげないとなあ!

 というかこのままだとただサボっていただけだから申し訳なかったのもあるから丁度いい。


「や、今度でいいわよ」

「わかった、それなら温かい内に食べよう!」

「はは、そうね、食べましょうか」


 で、結局はいつものようにダダ甘の自分に負けて終わりましたとさ。

 ま、まあ、早くしないと冷めてしまってもったいないし温かい内に食べた方がいいに決まっているからね。

 ということで顔も見せてもらえなかったときはなんだったのかと言いたくなるぐらいには温かい時間が続いたのだった。

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