06
「一緒にいたがっていたから今日も来――あ、なんで閉めようとするのよ」
「私が望んでいないからだよ」
もう年内最後の日でせっかく気分よくいられたのだからやめてもらいたかった。
あの日と同じで意地を張ったところで意味はないから自分のためにも帰った方がいい。
「よいしょっと」
「わひゃあ!?」
「はは、あんたぐらい引っ張り出すのは簡単よ。だけどそうねえ、家で遊ぶのが嫌なら外で遊ぶのもありかもね」
「だ、だから私は吉田さんといたくないんだけど……?」
「ま、そんなことはどうでもいいわよ。で、どっちにすんの?」
私はいきたいところもないからお家の中に戻った、そうしたら何故か勝手に入ってきた彼女がいる。
「なに拗ねてんの? というか寧ろ拗ねたいのはこっちなんだけど?」
「え、なんで?」
帰ってきてから丸二日は空いたのにまだなにか気にしていたらしい。
そもそも両親のことを気に入ってあれだけ三人で盛り上がっていたのに拗ねたいのはこっちとはなんなのか。
空気が読めていないのは私だったから考えて先に帰ろうとしてあげたのに残ることをやめて付いてきたのは彼女だし……。
「あんたがあの子と仲良くしているからじゃない」
「だけどちゃんと連絡をしてから出たよね?」
「でも、あの子と過ごすとは書いていなかったわ」
出た時点ではなにも決まっていなかったのだからそれも仕方がない話ではないだろうか。
また、出先であの子と出会ったからといって連絡をするのも違うと思う。
彼女だって両親と盛り上がっているときにそんな連絡をよこされても困るだけだろう。
「そういえば結局私はなにもしていなかったわよね、だったらあんたが全て悪いわけでもないか。ほら、立ちなさい」
「私は――……別にこんなことをされたって喜んだりしないけど」
立たなかったせいで頭をむぎゅっと抱きしめられてしまった。
それなのに全く苦しくなくて、だけど彼女を感じられて複雑な気持ちになった。
「はは、嘘つきね」
「嘘じゃないもん、私はちゃんと捨てるって決めたもん」
「で、どうなの?」
「ま、まあ、冬休みはまだあるんだから余裕だよね」
少なくともまだ五日ぐらい残っているからね。
昔から切り替えるのは上手い方だからそのようにやって彼女にすごいと言わせてみせる。
「ふーん、なら毎日いくわね」
「ほ、本人が来たって余裕だからねー」
「伸ばしている時点で駄目ね」
あまり好き勝手に言わないでほしい。
流石の私でも怒るときはある、そして普段は怒らない分かなりの怖さになるから体験したくないのであればやめておいた方がいい。
「……それよりいつまでこれを続けるの?」
「あんたが捨てるのをやめるまでね」
「はは、それなら我慢勝負だね――あぅ」
やばい、このままだと不味い。
そうでなくても既にこの状態が矛盾してしまっているのにこれ以上やられたら駄目になる。
私がこういうときにドライな性格ですぐに切り捨てる人間だったらよかったのに。
「素直になりなさい」
「お蕎麦のおつゆでも作るよ、それで少し早いけどお蕎麦を食べよう」
「は、はあ?」
だからここは冷静なふりをして乗り切ることにした。
あと大晦日と言えばお蕎麦だから食べないと終われないし抱き合っている場合ではないのだ。
「私は優しいからね、いきなり来たお客さんのためにも作っちゃうんだよ」
「いやあんたそんなことよりも――」
「駄目だよっ、年内最後の日はお蕎麦を食べなければ駄目なの!」
「はぁ、それなら手伝うわ」
まあまだお昼も迎えていないから早すぎるんだけど。
それでも今回もやらなければならないことがあることに救われた形になる。
あと私は彼女と出会ってから初めて誘惑に負けずに勝ったということだ。
ここで負けていたら気持ちよく新年を迎えることができていなかった、ナイスとしか言いようがないな。
「ふぅ、これで夜までのんびりできるねー」
「私はあんたと初詣にいくつもりだから夜までいさせてもらうわよ」
「初詣は知らないけど残りたければ残ればいいんじゃないかなー」
会話か寝ることぐらいしかできない空間で耐えられるのならだけど。
両親は彼女のことを気に入っていたぐらいだから「ここも半分は奈央ちゃんの家だね」とか言いそうだから。
「あんたいい加減すぎ、だったらなんでさっきは抵抗したのよ?」
「私にも意地があるからだよ、そして私は今日初めて自分に打ち勝ったのだ」
「ふざけるの禁止」
「だからいまは気分がいいんだ、そういうのもあって吉田さんがいたってフラットな状態でいられるから問題ないんだよ」
全てを隠さずに話すということも守れているのもいい方に働いている。
なんてことはなかった、寧ろこれは一人でごちゃごちゃ考える方が駄目になることだ。
「そ、ならその方がいいわ、いちいち不安定になられても困るもの」
「うん、だから一緒に過ごそう」
年内最後のお昼寝でもしようか。
多分それはこれまでのお昼寝よりも遥かに気持ちよくなるはずだった。
「ん……あれ?」
目を開けると黒一色に染まってしまっていた。
スマホは寝室に置いたままだから確認しようがない、が、吉田さんが真隣に寝ていることはわかったからとりあえず起こすことにする。
「ふぁ……私達はかなり寝てしまったみたいね、いまは……え、もう二十一時じゃない」
「はは、普通途中で起きそうなのにね」
「あんたのせいで不安定だったからだわ」
「えー私のせいなのー」
「そうよ」
ま、日付が変わる前に起きられてよかったと切り替えよう。
お蕎麦のおつゆを温めてメインを茹でてしまえばすぐに食べられるのがいい。
「少し早いけど今年はお世話になったわ、ありがとう」
「うん、こちらこそありがとう」
「というわけで二十三時半頃になったらいきましょう」
元々私の中にそんな文化はなかった。
両親のやる気がなかったのもあるしお友達もいなかったからだ。
だけどこの目はマジだ、抵抗をしたところで連れ出されるに決まっている。
だったら無駄に疲れないためにも受け入れておいた方がよかった。
「濃すぎなくて美味しいわ」
「うん、あんまりに濃いと美味しく感じなくなっちゃうからね」
「私のお父さんにも見習ってほしいわ」
それぞれに拘りがあるから合わないときがあってもおかしくはない。
ただ我慢をし続けるのも体によくないから自分で動いてしまう方が楽だと思う。
「そうだ、私はあんたのご両親に会わせてもらったから私の両親に会わせてあげるわよ」
「え、い、いいかなー」
「そう? あんたのことを知りたがっているから丁度いい機会だと思ったんだけどね」
彼女が相手なら可能でもご両親が相手となればすぐに駄目になる。
そもそも対両親のときだって彼女を取られて拗ねていたぐらいなのだから悪くなるに決まっているため私は全力でそれを避けるしかない。
「ま、いいわ、洗い物をやってくるからあんたはゆっくりしていなさい」
「じゃあお願いします」
あれだけお昼寝をしていても時間がくるし朝まで寝られるからやっぱりこのまま初詣のことがなくなったりしないだろうかと汚い私が出てき始めてしまった。
やっぱりダークな私にならないためにもやらなければいけないことがあるのは大事だった。
「さてと、私はあんたのお腹にでも頭を乗っけ――いた……急に避けるのはやめなさいよ」
「いやほら、お風呂に入らないといけないから溜めてくるよ」
私は負けない、流されない。
栓をしてボタンを押すだけだからすぐに終わった――のはよかったけど何故か現れた吉田さんに背後から抱きしめられてしまっていた。
「今日は寂しがり屋なの?」
「そうかもね」
「それならせめてリビングに戻ろうよ」
お風呂を溜めているとはいってもリビングよりも冷えるから早く戻りたい。
「駄目、ここだからこそできたことじゃない」
「え、どういうこと?」
「細かいことは知らないままでいいわ」
え、マジでどういうことなのか。
それこそクリスマスのときに動いて「今日だからできたことじゃない」と言うのならわかる。
だけど年内最後とはいえこんなところでもないとできないことではないだろう。
私にとっては変な時間が続いたせいであっという間に出なければならない時間になってしまった。
「ひょえーと言いたくなるかと思ったけど意外と温かいね」
「は? あんたおかしくなっているんじゃないの? 滅茶苦茶寒いじゃない」
えぇ……これでは私が嫌がる彼女を無理やり連れだしたみたいではないか。
流石に納得がいかなかったからやっぱり帰るとか言わせないように手を掴んでおいた。
こちらは進もうとしているのに彼女が留まったせいでびよーんとなって結構危なかった。
「やっぱりいきたくないとかなしだからねー」
「いや、いきましょ」
「うん、どうせならちゃんといって帰ってこよう」
それでお家に帰ったらまた朝まで爆睡すればいい。
起きたらお節なんかはないけど朝ご飯を食べればいいのだ。
なにか特別なことは必要ない、私はただ彼女といられるだけで嬉しい。
もう矛盾していてもどうでもよかった、素直にならなければ損をするだけだからそれこそ捨てる。
「今年もよろしく」
「こちらこそ」
それだけでこちらの手を掴んで歩いていこうとするから付いていくだけだった。
お家に着いてからもすぐに大人しく寝る――ことはせずに思いきり盛り上がる気が満々だったから付き合うことにする。
「初日から夜更かしなんて悪い子だなあ」
「初日の出のためにずっと起きている人間だっているんだから私なんてまだ可愛い方よ」
「え、流石にアラームをかけて寝るんじゃない? そんなのじゃ実際に日の出を見られたときに楽しめないと思うけど」
気持ちよく寝てしまっていけませんでしたなんてことにならなくて済むように夜の内からお友達と集まっておいた交代交代で管理をするはずだ。
「馬鹿ね、ハイになるから問題ないのよ、もちろん帰った後は爆睡だけどね」
「あ、もしかしてそういう経験が……?」
「そう、いやもうあれはしない方がいいわ」
うわあ、すごい顔をしている。
寝ることが好きな私にとっては徹夜なんて考えられないことだった。
「ん……」
うん、お互いに意識したわけでもないのに何故かドキドキする時間が続いている。
そもそも何故寝ることが好きな私の方が早く起きるのか。
ここは彼女に呆れた顔をされながらも「早く起きなさいよ」と指摘されることがベストなのにそうなっていないうえにくっつかれているから動けなかった。
顔が近いのも問題だ、あとはやけに唇が気になるのも駄目だ。
それでもぎゅっと抱きしめられていることで手でなんとかすることができないから新年早々好きな子の顔に軽く頭突きをすることになった。
流石にこれを受ければ寝られるわけがないということで「痛いわよっ」と動き出してくれた。
「は? あんたなんでこんな近くにいんのよ」
もっともっと細かいことを言うとトイレにいってここに戻った際に寝ぼけた彼女に無理やり引っ張り込まれた形になる。
漫画やアニメでもないからそんな馬鹿なと言いたくなるかもしれないけど実際にそうなったのだ。
「こう、吉田さんを見ていたら我慢できなくなりまして、寝ているのをいいことにちゅーをしようと――」
「あ、嘘ね、ということはまた私がやらかしてしまったわけね。ごめん、悪い癖なのよね」
「い、いやいやっ、私は確かにちゅーしようとしたんだけど!?」
というか寝ぼけて抱きしめてしまう癖ってなに……?
これまで彼女のお家に何人が泊まったのかはわからないけどその度にお友達に対してこんなことをしてしまっていたのだとしたら嫌だな。
「いやそこ必死になるところじゃないから。そうだ、お詫びにはならないかもしれないけど朝ご飯を作るわ」
「え、本当っ? 嬉しいなあ!」
「落ち着きなさい、使っていい食材を教えてちょうだい」
「ふぅ、任せて」
今年の目標はテンションをなるべくフラットな状態に保てるようにすることだ。
寧ろ普通すぎて彼女の方が困ってしまう、気になって指摘してくるぐらいがいい。
そうしていつしか私を求めずにはいられなくなってちゅーなんかも当たり前のようにするように――まではなくてもいいけど求めてもらいたかった。
いまのままではただの一方通行でしかないからね。
「というかさ、私のその……」
「んー?」
「いや、やっぱりなんでもないわ、もうすぐできるから待っていなさい」
「はーい」
そう、あとは私だけが全てを話すような状態から脱したい。
私を見たらなんでも言いたくなるレベルになるまで仲良くなりたかった。
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