03
この前のことで吉田さんと微妙な状態になっても教室は相変わらずいい場所だった。
だから今日も大人しく帰らずに、だけど突っ伏さずに頬杖をつきながらどんどん進んでいく時計を見ていた。
十七時になったら帰ろうと決めていたのに既に十八時半となっている。
「ほー」
物凄く退屈だった時期にこの能力があれば困ることもなかったのにーなんて考えた。
一時期、寝ることが大好きだった私でも不安で寝られなかったときがあっていまみたいに授業の時間だけが味方だったことがある。
でも、いまみたいに誰かと喧嘩的なことをしてしまったとかではなかったから不思議だ。
「はい」
「え、吉田さん?」
置かれたペットボトルなんかよりもそのことが気になった。
彼女はこちらの頭に手を置いてから「私しか友達がいないんだからそりゃそうでしょ」と言ってくれたけどおかしい。
「放課後になってから二時間ぐらい経過しているんだよ?」
「だから? あんただって残っているんだから他にもそういう人間がいたってだけでしょ」
「あ、もしかしてずっと近づきずらかったとか?」
それでわざわざジュースを買ってきてからとか、ないか、何故なら気まずく感じているのはこちらだけだろうからだ。
「は? 別にそんなのじゃないけど」
「はは、だよねー」
「はあ? あんたそれやめなさいよ」
彼女の手は物凄く冷たくて一部だけでも繋がっている状態なのに落ち着けない。
しかも彼女が来てからは時間が経つのも遅くなってしまったからそっちも期待できない。
つまり自力でなんとかしなければならないわけだから難しくなる。
「……あのときも謝ったけどこの前はごめん、だからいちいち気にして顔に出すのはやめなさい」
「えっ、顔に出てたっ?」
「うん、私が話しかけた瞬間に余裕がなくなっていたからね、多分普段は鈍感な子だって気が付くわよ」
「ま、マジかぁ」
へらへら笑って躱そうとするのも小学生時代を最後にできなくなっていたということか。
「もう少し細かく話しておくとね、あ、いや、やっぱりなんでもない」
「えぇ、そういうのが一番気になるんだからね?」
「あんただって隠そうとするときがあるじゃない、似たようなものよ。それより帰るわよ、この後は雨が降るらしいからね」
「え、そうなの? 流石に濡れたくないから帰ろっか」
ただゆっくりしすぎたらしく学校を出たところで雨が降ってきて濡れることが確定した。
そうでなくても冬ということで寒いのに濡れたことでより酷いことになってしまい……。
「それじゃあここで――えっと、なに?」
結構雨脚が強くて喋ると被害に遭うからなるべく避けたいところだ。
「いや、私もあんたの家にいくわ、もうあんまり意味もないけど傘を持ってくるから待っていなさい」
「わ、わかった」
お家の中に入っていった彼女が出てきて自宅に向かって歩いている最中、なんかこれだと傘をさしていたのに風が強くて壊れてしまいびしょ濡れになってしまった二人みたいだなと思った。
まあ、もうどうしようもないことはいいか。
「複数種あるわけじゃないから大丈夫だよね。タオルもここに置いておいたから、それじゃあ私は廊下で待っているからね」
「悪いわね」
私が放課後になったら大人しく帰る人間だったら便利なシステムを利用してお家に着くタイミングでお風呂を溜めておくなんてこともできたのにこれでは意味がない。
濡れたまま溜まるのを待っておくよりはマシかもしれないけどシャワーだけでは不完全だ、下手をしたら風邪を引かせてしまう可能性があるから怖い。
「お待たせ」
「うん、それじゃあちょっと待ってて」
「うん」
自分のときにも微妙になるのだからこれからは〇〇時には帰ると決めよう。
「お待たせー」
「うん」
お、おぅ、それはいつも私が抱きしめて寝ているお気に入りのクッションではないか。
それを私と同じようにぎゅっと抱いてそのうえでお風呂上りだからなんか、なんか……。
「い、いまからご飯を作るからね」
「よろしく」
そっち方面でも違う方面でも私をドキドキさせる天才だった。
この前のファミレスのときといい、なにか他にやることがあってよかったと思う。
「吉田さーん起きてー」
いやでも対象を寝かせる能力がすごいのはいいことだよね、このクッションを買ってもらって本当によかった。
「……もうできたの?」
「うん、食べよー」
「うん……いただきます」
な、なんだ今日は、どんどん可愛さを見せてくるやん。
おかげで全く集中できなかった、食べることも好きな私なのにいまは彼女から目が離せなかった。
これも全て私のせいだ、なにもないのに十八時過ぎまでぼうっとしていたのが悪い。
「ふぅ、美味しかったわ」
「ありがとう」
「でも、なんでか今日は凄く眠たいのよね……」
「お布団を敷いてあげるよ、あっ、急にやって来たお母さんが一回だけ利用しただけだから心配しないでね!」
母は結構いい加減なところもあるけど毎日ちゃんとお風呂には入っているしそこそこ奇麗好きだから問題はないはずだ。
あ、ただずっと押し入れ的な場所に入れてあるからそっちの方が問題かな……?
「うん……」
「わあ、歯は磨かないと駄目だよ」
「食後三十分は――」
「いや、今日は負けてしまいそうだからもう磨いちゃった方がいいと思うよ」
演技……ではないだろうけどあそこまで眠たくなったことがないから本当なのかわからない。
とにかく風邪を引かなければ私的にはそれが一番だった。
「あ、あーうん、大丈夫そうだ」
翌朝、私は大丈夫だとわかったので吉田さんを起こして確認をした結果、こちらも問題はないみたいで安心――する前に念のために体温計で熱を測ってもらったけどそっちも大丈夫だったから改めて安心した。
「はぁ、せっかく泊まったのにすぐに寝るとか馬鹿よね」
「え、なんで? 多分だけど長く起きていたら風邪を引いていただろうからあれでよかったと思うよ?」
「あんた……はぁ」
「え、何故に私はため息をつかれているのー?」
ご飯を食べても学校に着いてもお昼休みになっても回復することはなかった。
近づいてきても必ずため息をつくところから始める、目の前でそうされるのはなかなかに厳しい。
「リベンジよ」
「また泊まってくれるの?」
「あれが初めてなんて最悪じゃない、だからすぐに上書きしなければならないの」
「なにに拘っているのかはわからないけど吉田さんが大丈夫なら来てくれたらありがたいよー」
考えに考えた結果、なるべく寄り道をしないようにしたので早速今日から守れるのは最高だ。
だから荷物を持って動いたタイミングで急に引っ張られてびっくりした。
「あ、まだいてくれてよかったよ、吉田さんに頼みたいことがあったんだ。それはね、ちょっと部活動に顔を出してほしいんだよね」
部活動? 彼女は無所属なのにどうして急にそんなことになったのか。
「なんで私?」
「運動神経がいいからだよ、お願いっ、今日だけでいいからさ!」
そんな私みたいに勢いで乗り切ろうとしたって無駄だろう。
「でも、私は友達と遊ぶ約束をしているから無理ね」
「お願いだよっ、三十分ぐらいでいいからさ!」
「……わかったわよ、じゃあ三十分ね」
「ありがとっ、さあいこう!」
がっ!? なんということだ……。
彼女はこちらに「必ずいくから先に帰ってて」と残してから出ていったけどこれは普通に悲しい。
でも、本人がいくと決めたのなら仕方がないから寄り道もせずに帰ってお風呂にでも入っておくことにする。
「ふぅ、気持ちよかった」
あとはちゃんと来てくれるかどうかで変わっていく。
期待していいものか、言ってしまえば意地を張っていただけだからなくなる可能性の方が高いか。
別にこちらも過度に期待をしていたわけではないし仮に過度に期待をしていたとしたらそれは私が悪いとしか言いようがないからなくなったって別に……。
「はい――吉田さん!」
とかなんとか考えていたくせに本人が来たことが嬉しくて思わず抱きしめてしまった。
「わっ、いまは汗をかいているからくっつかない方がいいわよ」
「いやーそんなの気にならないよー」
「あんたなんでそんなににこにこしてんの?」
「まあまあ、お風呂は溜まっているから入ってよ」
「うんまあ、それは入らせてもらうけど」
今度はちゃんと入ってもらえるのもいいことだ。
冬ならちゃんとつからないと体が温まらない、少しの間だけは温かくても逆効果になって風邪を引いてしまうかもしれないからこれは大きい。
「ふんふふーん」
二日連続で夜まで一緒にいられるなんて私は運を使い果たしてしまっていないだろうか?
とりあえず一人で盛り上がっていてももったいないだけだから昨日のようにご飯を作ることでなんとかフラットな状態に戻せるようにした、少なくともなにもせずに帰還を待つよりはよかったと思う。
「久しぶりであんまり付いていけなかったわ、確実に鈍っているわね」
「なんで部活を続けなかったの?」
「ゆっくりしたかったからね。つか、部活をやっていたらあんたは一人だったんだから感謝しなさい」
「ありがとうございます」
やりたい状態で我慢をさせてしまっていたならあれだけど本人がゆっくりしたかっただけなら私はただ感謝をしておけばいい。
誘われたらお手伝いをする程度に留めてもらいたかった、あと今日みたいなのはなるべくなしにしてもらいたいかな。
「……前もそうだけどあんたのそういうところに慣れないわ、普通は抵抗するところじゃないの?」
「事実だから」
「だからあの日も言い返してこなかったのね」
「え、いや、あれは怖くて無理だっただけだよ、吉田さんにだけは嫌われたくないんだよ」
「ふふ、一人の少女の運命を私がコントロールしているみたいね、私の選択次第であんたは前に進んだり進めなくなったりするのよ」
な、何故に進めなくなると言うときだけ笑うのか。
無表情と呆れ顔のパターンに笑顔が追加されるのはいいけどいい方向のことで笑ってほしいかな。
前にも言ったものの私はMなんかではないから冷たくされて喜んだりはしない。
「はあ~これで後は休むだけね~」
「私は洗い物をしてくるけどゆっくりしてて」
「む、流石にそれぐらいはやらないと不味いかしら?」
「気にしなくていいよー」
真面目に丁寧を心がけても十分とかからない量なのにお客さんに任せるわけがない。
あとはここに来たときにひっかかることがあってほしくないからそもそもやらせないのだ。
「つかなんで暖房が効いていないのにこんなに落ち着くのよ」
「え、一人のときは寒いからすぐにベッドに寝転んじゃうぐらいだけどな」
流石のクロクロでも広いところでごろんとせずにタオルとかお布団とかそういうところに逃げ出すぐらいには冷えると思うけど。
あ、ちなみにエアコンがないわけでも両親から禁止されているわけでもなくただただ私が使わないようにいているだけだった。
「あんたがいるからならもうあんたに寝るまでくっついていようかしら」
「さ、流石にそれはちょっとねー」
「は? 嫌とか言ったらぶっ飛ばすからね?」
「い、嫌じゃないけどお家にいるのに休まらない時間になっちゃうからねー」
「なんでよ、あんた私がいればいいんでしょ?」
おいおい、彼女が鈍っているのは運動能力ではなくてそういうところではないだろうか。
このままだと全てを吐かされるような気がして慌てて背を向けた。
「なんでそっちを向くのよ、こっちを向きなさい」
まあ、いまそんなことをすれば食いついてくることは普通に考えればわかるはずなのに馬鹿なことをしてしまったけど。
「ほら、ただこの場所が落ち着くだけで私がいるとかいないとかは関係ないと思うんだ」
「はぁ、本当にこういうときは言うことを聞かない子ね、だったらそのままでいなさい」
「うん、うんっ? なんで抱きしめてくるの!?」
「あははっ、今回ばかりはふざけることもできなかったようね!」
笑っている場合ではない!
暴れてみたところでがっちりホールドされていて逃げることができなかった。
最初は落ち着いていた心臓も鼓動が速くなり始めて壊れてしまわないか心配になり始める。
「私達、空き教室とか家とかだと変なことばかりしているわよね」
「……後から冷静になるのはやめてよ」
「多分、最初から冷静な状態でいられるならこんなことになっていないわ」
と、ということはいまのこれは暴走してしまった結果……なのだろうか?
「まだ早いけどあんたクリスマスってどうするの?」
「二十五日は終業式だから学校が終わったら帰るかな」
盛大にやるわけではないけどクリスマスぐらい家族とわいわいやりたい。
でも、
「嫌よ、クリスマスはあんたと過ごしたい、だから二十六日からにして」
「わ、わかった」
彼女にそう言われた瞬間にわかったと返してしまった自分がいる。
流石に欲望に正直すぎるだろう、これではいい加減に見えてしまわないだろうか?
しかもそのうえで「約束だからね」と真剣な顔で言われてしまい完全に敗北してしまった。
「なにか買って贈り合いをするのもいいわね」
「吉田さんはいま欲しい物ってある?」
「ん-これといって……あ、靴下が欲しいわ」
え、クリスマスプレゼントに靴下……? あ、それにお菓子とかを詰めてほしいということかな?
「お気に入りの靴下に穴が空いてしまったから流石に使い続けることはできないから欲しいのよ」
「あ、そういう……」
日用品もただというわけにはいかないから買ってもらえたら楽でいいよね……。
「あんたは?」
「私は吉田さんがいてくれるだけでプレゼントみたいなものだから」
「あんたそういう恥ずかしいことを言うの禁止、なにか無理やりにでも出しなさい」
無理やり出すとすれば私も似たような物でノートとかボールペンとかかな。
カキカキしていると私の頻度でもわかりやすく減っていくから買ってくれると言うのであればありがたい。
「それならノートかな、まだ書けるけど新年になってからも使うのは難し――」
「それも駄目、残る物がいいわ」
「それなら頭を撫でてほしい」
無料のうえにいまやっておけばクリスマスはただ美味しいご飯を食べるだけで終えられるのだ。
彼女としても損なことはないだろう、絶望的に無理ならそもそもこうしてお泊まりをしてくれたりはしていないだろうし。
「それは残る物と言えるの……?」
「だって吉田さんはいてくれるよ?」
待ったっ、これはフラグにならないだろうか……?
そもそも前と違って当たり前のようにいてくれる前提でいるのも不味い。
ほんの少し前の状態に戻せばいいのだ、いまならまだそう難しくもないはずだ!
「だったら抱きしめてほしいとかでいいじゃない、なんでそこでヘタれたのよ」
「よ、欲張りすぎたら駄目かなーって思って」
「なら抱きしめてあげるわ、あと私の方で勝手になにか買ってくるからそのつもりでいなさい」
ぬぉおっ、彼女も彼女でどうして今回はこんなによくしてくれようとするのか!
だってこのままだと私が彼女に贈るのは靴下だよ? 流れでご飯を作るぐらいはするかもしれないけど出来合いの物か飲食店にいく可能性だってあって靴下だけになるかもしれないのに駄目だろう。
「待ったっ、それはあまりにも私にだけ得がありすぎるよねっ? だからやっぱり頭を撫でるだけでいいよ」
「いらないの?」
「ぐっ、だけどこのままだと不公平じゃん……?」
「ならあんたにしてほしいことを考えておくわ、あ、靴下はよろしくね」
えぇ、私にできることなんてほとんどないぞ……。
苛められて喜ぶ人間ではないからストレスを発散させるために利用されたら終わる。
もちろん、そんなに酷いことをする子ではないとわかっているけどわからない状態でずっと待ち続けるのは心臓に悪い……よね。
でも、聞いてみたところで教えてもらえなかったからこの一ヵ月は勝負の一ヵ月になることが確定したのだった。
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