02
「やばいことが起きたんだよっ」
「落ち着きなさい、それでなにがあったの?」
「クロクロの毛が凄く長くなった、あ、漢字じゃなくてカタカナでクロクロね?」
元々長毛だったからそこまで差はないけどおわと言いたくなるインパクトがあった。
高校に合わせてこっちに来てからはどうなっているのか全くわかっていなかったのも大きい。
「え、は? 黒猫の名前クロクロって名前だったの?」
「うん、お母さん命名だよ」
「そ、そう、あんたもそうだけど独特な親子ね」
「え」
私は独特だったらしい。
それからも難しい顔で固まっていたからとりあえず教室に戻った。
いやだって休み時間になってまた休もうとしたところで急に送られてきたからやばかったのだ。
私でなくてもお友達がいれば情報を共有したくなることだと思う。
「こら、写真とかないの?」
「あるよ、ほら」
「ん-この子はこういう種で元々長いだけじゃ?」
「え、私がいたときからもふっとしていたけどここまでじゃなかったけどなー」
リビングにいることが多くてクロクロもすぐに来て胸の上で休んでくれていたからちゃんと見ていなかったとかではない。
寧ろ両親とよりも一緒にいたから家族の誰よりもクロクロのことをわかっていたぐらいだ。
猫ちゃんなら狭いところが好きだろうにクロクロの場合は狭いところを嫌っていつも余裕があるところにいたとかね。
「というかこんなに可愛い猫が野生にいたっておかしくない? もしかして黙っていただけでお母さんは最初から飼っていたんじゃない?」
「え、それはないよ、だって両親よりも私はずっとお家にいたんだよ? 外で飼おうとする人達じゃないし隠そうとしていてもいつかバレるから疲れちゃうだけだよね?」
彼女は知らなくて当然だけど母は回りくどいやり方は嫌いだ、いいことでも悪いことでもなんでもストレートにぶつけてくるものだ。
いまいち雑魚の状態からよくならなかったのはそういうところからもきている、常に不安定の状態では成長するものも成長しない。
「じゃあ……どこかの飼い猫を奪ってしまったとかは?」
「首輪とかしていなかったしなーそれに妄想でもなんでもなく幸せそうだからさー」
「ま、元気で幸せそうならそれでいいか」
「弱点のお腹を晒して寝ているぐらいだからねー」
「あら、それならあんたも私の前ではそうよね」
あ、え、確かに寝ているけど大事なところは隠しているからクロクロと同じにはならない気がする。
あとせめて笑いながら言ってもらいたいものだ、冗談なのか本気なのかわからなくなる。
ただ? ここでどういうつもりとか聞くと怒られてしまうだろうからそうかもねーと流しておいた。
「空き教室にいくわよ」
「へ? なんで?」
「いいから」
おっと、こちらの手を掴んでどんどん進もうとするから留まっておくのは危なくて無理だった。
彼女は近くの空き教室に入ると「ここで寝転びなさい」とまたもや真顔で言ってきた。
「き、汚そうだからそれは避けたいかなー?」
「押し倒されるのと自分から寝転ぶの、どっちがいい?」
「だから――はい……」
な、なんだこの状況、下から女の子を見つめる趣味なんかないんけど……?
「ふっ、これでペットの気持ちがわかったでしょ? で、ご主人様の私がこうお腹をわしゃわしゃーっと撫でるのよ」
「ちょ、熱でもあるの?」
おへそらへんに手を置いてじっとしているだけ、まさか今更になってなにをやっているのかと我に返ってしまったわけではないよね?
「なにをしているのよ、早く起きなさい」
「えぇ」
起きて汚れを払っている間に「もう教室に戻るわ」と残して出ていってしまったから更になんだこれ感が凄くなった。
十一月まできてあんなことをされたのは初めてだった。
授業が始まってもなんだ? というそれが大きくて集中できず、結局なんであんなことをしたのかを聞くために再度休み時間になった瞬間にあの子の教室に突撃する。
「よ、吉田さーん?」
いつもの私みたいに突っ伏していて反応がない。
だけど真面目な彼女が授業中から寝ていたなんてこともありえないからこれはただの寝たふりだと判断して起こすために努力をしていたら「うるさいわよっ」と対象が起きて両頬をむぎゅっと掴まれた。
「さ、さっきのはなにがしたかったの?」
「あんたがMだと思ったから恥ずかしい格好をさせたかっただけ」
「えぇ」
苛められて喜ぶような人間ではないゾ……。
「は冗談だけど、あんたが自分の言いたいことだけを言って戻ったからね」
「ああ、だって考え事をしたかったみたいだから」
「あんたそういうの最低だからね、他の人に怒られないようにするためにもいまから気を付けなさい」
空気を読んで離れてもちくりと言葉で刺されることが増えそうだった。
でも、いまみたいにしつこく絡んだら絡んだで文句を言われそうだ。
なかなか難しいところもあるのが吉田奈央さんという女の子だった。
「あれ?」
不味い、どっちがどっちかわからなくなってしまった。
同じ飲み物を飲んでいたのも不味かった、しかもごちゃごちゃ機械の前で悩んでいたせいで吉田さんが来てしまうという最悪の流れだ。
「は? どっちかわからなくなったから戻ってこなかったの? アホねえ、別に間接キスぐらいでわーわー言う歳でもないし間違えていても全く問題ないわよ」
「え、えー」
同性同士だからセーフとか言うつもりなら誰にだって当てはまるわけではないことを今回の件でわかってもらいたい。
「はい、注いで戻るわよ、というかこれを飲んだらもう帰って勉強をしましょ」
「あ、うん」
実際、飲み終えたところでお会計をまとめて済ませて出ようとしたから付いていくしかなかった。
「大体ね、別にグラスに直接口をつけていたわけじゃないんだからそっちでいいじゃない」
「あ、確かに」
「あんたって変なところで考えすぎてしまうところがあるわよね」
これ以上続けられると恥ずかし死するからやめてもらった。
あとお勉強と言ってもテストのためにではないからその点でも楽でいい。
「ただいまー」
「お邪魔します」
課題を終わらせてしまえばあとはいつものようにごろーんとしておけばいいからしっかり切り替え頑張ることにした、のに……。
「吉田さんはやらないの?」
「うん、いまはちょっとお腹がいっぱいだから」
誘ってきた主がこんな感じでなんとも気が抜けてしまいそうだ。
それでも更に切り替えて集中した結果、十七時までには終わった。
ファミレスに寄ってきたのも含めてこれだからなかなかにいいのではないだろうか?
「いつかクロクロに会ってみたいわ」
「それなら今週の土曜日にいく? 帰る予定はなかったけど帰る口実ができるから私としてはありがたいぐらいだけど」
冬休みまでは帰らないつもりだったけどお友達がいきたがっているのなら合わせるだけだ。
「え、流石にそれはね……だってクロクロに会うということはご家族とも会うことになるわけだし……」
「夕方にならなければ帰ってこないから大丈夫だよ」
事前に苦手だから云々と話しておけば意地悪をしてくるような人ではないから大丈夫。
「……一人にしない?」
「え、しないけど」
「な、ならいいかもしれないわね」
「よし、じゃあ決まりだねー」
まだ木曜で早いけどもういくことを伝えておいた。
仮に当日になって彼女がやっぱりなしということにしてもいくつもりでいる。
だってあのもふもふに私も触りたいから。
「地元の友達とか紹介してよ」
「地元のお友達かー」
「女の子の友達ぐらいはいたでしょ?」
「それがねー」
彼女に対しての私のように自分らしく存在していたら呆れられて離れられてしまった過去がある。
協調性がないつもりはなかったから自分にできることを頑張ろうとしていたもののそんなときに投げつけられた使えないという言葉が……うっ、心臓に悪い……。
「あ、任せてよ」
「うん、お願いね」
ふふふ、それでも私にもお友達と言える存在がいたよ、それはクロクロのお友達の猫だ。
クロクロを飼い始めてから三ヵ月ぐらいが経過した頃に庭にやって来始めたお客さんのことで、よく窓越しににゃーにゃー鳴いてやり取りをしていたため試しに外に出てみたら逃げられるどころかこちらに頭をぶつけてくるような存在だった。
夜風に当たるために外に出てゆっくり座っていたら突然現れて足の上に座ってくるぐらいだからお友達と言っても過言ではないだろう。
「さて、さっさと私も終わらせるかな」
「うん、頑張って」
私の方は最初に決めていた通り床と一体になっておくことにした。
エアコンも稼働しているから寝転んでいるだけで気持ちがいい、眠りそうなほどではないけどなんとなく普段と違う感じで彼女を見つめていると「見すぎ」と言われて顔を隠されてしまう。
「下から見つめてもいいってわかったよ」
「うるさい」
「ごめんなさーい」
ここにも猫ちゃんがいてくれれば私はその子を抱きながらもっとゆっくりできた。
猫ちゃんに構いすぎて彼女に嫉妬される、なんてこともあったかもしれない。
おお、となれば実家に帰ったときにクロクロばかりに構えばそうなる可能性も――なんてね。
連れていっておきながらいい加減なことはできないしそもそも彼女がそれをして私がもやもやするだけだろうから。
「終わり、少ししかしていないけど疲れたわ」
「肩でも揉んであげようか?」
「それならお願いしようかしら」
よしよし、帰るまで頑張らせてもらうことにしよう。
えっさほいさと肩を揉んでいると「気持ちがいいわ」と普段とは少し違う言い方をされてドキドキした。
私達が恋人同士なら後ろから抱きしめてそのまま頑張ってちゅー……なんてのもありえたけど私達はただのお友達同士だからできない。
くぅ、だけどこう首を見ていると本当に……。
「血が飲みたい」
「そういうのいいから」
「うわーん、ちょっとぐらい付き合ってくれてもいいだろー?」
「調子に乗らない」
お家なら普段よりも緩くなっていいぐらいなのに逆に警戒度が高まっている気がした。
結果、私はなんとも言えない気持ちを抱えつつ肩を揉むことになったのだった。
「ただいまー」
「お邪魔します」
今回は逆バージョンになる。
お部屋はまだあるけどいったところでという話なのでリビングに突撃、残念ながら一発目でクロクロと遭遇することはなかった。
待ってもらっている間に探してみたものの一階にはいなかったから二階へ移動、そうしたら換気のために開けられていた私のお部屋の中にいて抱き上げた。
「お……おお? あれ、写真で見たときほど長く感じないなあ」
暴れたりする子ではないからそのまま一階まで運んだけど、つまりあれは盛っていただけなのだろうかと考える羽目になった。
「はい」
「と、とりあえず下ろしてあげないと可哀想よ」
「そう? じゃあこうしてー」
さ、どうするのか。
「えぇ……いきなりこんなにお腹を見せるのは大丈夫なの?」
「あはは、吉田さんが全く怖くないんだろうね」
「でも、流石に触るのは――え、これも大丈夫なの……」
「クロクロはそういう子だから受け入れてー」
窓に張り付いてお友達を待っていてもやってくる気配はない。
いまは完全に彼女にごろごろ喉を鳴らしていて忙しいみたいだから今日は期待できなさそうだ。
「ふぅ、満足できたわ、だけどこれ以上はストレスになってしまうからやめておきましょう」
「うん」
「さ、次は友達を紹介してちょうだい」
「あー実はクロクロのお友達の猫ちゃんを紹介しようと思っていたんだけど来てくれなくてね」
私達でもひゃーとなるのだから外にいなければならない猫ちゃんにとっては厳しい季節なのだ。
それに既に飼い猫がいることからあまり野良の子に触らない方がいいのも確かなことだ。
「はあ? 普通友達と言ったら人間のでしょうが」
「そ、それは吉田さんにとっての普通でしょ? 私にとっては違うんだよ」
「あ、わかったわ、あんたいまみたいに生きていたから呆れて友達がどこかにいってしまったんでしょ」
ぐさりと胸の中心に深く刺さった。
でも、それならどうして彼女はいてくれるのだろうという疑問が出てきてなんとか耐えた。
「やっぱりまだ心配してくれているから? 私がしっかりすれば吉田さんは消えちゃうの?」
「なんでよ、しっかりしたら安心して側にいられるじゃない」
「ならいまの私には――」
「その話はいまいいでしょ。じゃあいいわ、友達はともかく思い出の場所でも教えてちょうだい」
「……わかった」
と言ったのはいいけど思い出の場所ってどこだ……?
ご飯を食べて学校にいって頑張ってご飯を食べてお風呂に入って寝るを繰り返していただけだから教えられるようなことはなにもない。
「ごめん、それもないんだよ」
「いや一つぐらいはあるでしょ、一人なら一人でよくいった場所とかないの?」
「意外と思われるかもしれないけど寄り道もせずに帰るか学校に残るかだったから特には……」
とにかく寝ることが好きだったから自由に寝転べるお家が好きだったのだ。
だけどいまは逆になった、だから結局心のどこかでは誰かを求めておいて叶わない現実を前に逃避していただけなのかもしれない。
いま学校に残るようにしているのはやっぱり放課後の教室が落ち着くからなのもあるしワンチャン彼女が同じように残ってくれるかもしれないからだ。
「あんたもしかしていまの学校には逃げてきたの? リセットしたかったとか?」
「ううん、だけど特にこれといった理由もないんだよね」
「はあ? あんたそういうの一番駄目だから」
「だから真面目に選んでやって来た人は偉いよ」
いや、なんで休日なのにこんな話をしているのか。
「も、もう帰らない? あ、こっちかあっちでご飯ぐらいは奢ってあげるからさ」
「ま、もう帰ることになってもいいけど」
「ごめんね、だけど許してね」
最後にわしゃわしゃーと頭を撫でてからお礼を言って実家をあとにした。
飲食店を見つけても寄りたいとは言ってこなかったから公共交通機関を利用し帰還、ただ流石にそこからは彼女に任せるために足を止める。
「ふぅ、どうする?」
「それならいつものファミレスにでもいきましょ」
「うん、ちゃんとお金は払わせてね」
自分のせいとはいえ今日は彼女のことが怖く感じる。
だから顔を見られないように隣に座りたかったけど言葉で刺されたくもないから大人しく対面に座った。
あっちにもこのファミレスはあってここでなら頼む物が決まっているから時間をかけて迷惑をかけるなんてことにならなくていい、注文はまとめて彼女がしてくれるからその間は少し気まずいけど。
「ジュースでも注いでくるよ、吉田さんはなにがいい?」
「私もいくわ」
「わかった」
早く料理よ来ておくれ、なにもない時間を増やさないでおくれ。
ジュースがあるからまだいいけどそれがなければ今日はここでも気まずい時間になる。
「あんたは駄目ね」
「え?」
「私からしたらリセットしたくて来たようにしか見えないわ、それなのに同じように続けてどうするの? せめて少しは変えなさいよ」
「え、あー……別に不都合なことはないし……」
静かにしていれば先生はなにも言ってこないし一人でいてもこれもまた小、中学生時代とは違うからなにも言われない。
なにか言われていたら雑魚の心がここまで耐えられるわけがないのだ。
「私がいるからなんとかなっているだけでしょ?」
「それは……そうかもしれないけど、え? だから嫌だってこと? 本当はいたくないのに我慢をしてくれているだけってこと? だったら……無理をしなくていいよ」
これ以上重ねられなければ今回の件だって耐えられる……はずだ。
「はあ~ごめん、なんかイライラしてた」
「あ、謝らなくていいよー」
休日にイライラさせてしまってごめん。
自分から誘うからこういうことになるということならやめるだけだった。
複雑な状態でも運ばれてきた料理は温かくて美味しくて涙が出そうになったけどなんとか抑えて味わったのだった。
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